世界樹の苗木

「おい、まさか俺が気絶している間、ずっと頭を下げていたのか!?」

「世界樹を再生できる人は俺たちの中だと神も同然。そんな人に噂だけを頼りに汚い言葉を吐いてしまったんだ。このくらいは当然。むしろ足りないくらいだ。本当ならこの命を差し出したいほどなのだが……」

「そこまで言うならお前の命を俺に預けてくれないか? これから先、お前の力が必要になる」

「こ、こんな俺のことも必要だと言ってくれるのか? 任せてくれ! どんなことでもこなしてみせるぜ!」



 大男は自身の胸を叩いていた。



「俺はガンツ。主に狩りを担当している。力仕事なら任せてくれ」

「見た目通りで良かったぞ。その筋肉で『引きこもってます』なんて言われたら全力でツッコんでいたぞ」

「はははっ、中々面白い冗談を言う奴だな、お前は。こんな人間がいるなんて思わなかったぞ」

「人間にも色々いるからな。良い奴も悪い奴も。それはエルフも同じだろう? 第一会ったことのない相手を疑いすぎだ」

「いや、人間は昔にあったことあるんだ。なんて言ったかな? ら……、り……、いや、ルーベントみたいな名前の奴だな。さすがにこれだけじゃわからないだろうが」



 いや、すごく聞き覚えがありすぎて俺は苦笑してしまう。



「ルーベルト・フォン・アルムガルド、って名乗ってなかったか?」

「おぉ、そいつだ! 知り合いなのか?」

「アルムガルド王国の第一王子だ。そうは見えないけどな」

「あいつが王族だと!? とても信じられない。エルフの女たちを奴隷にしようと追いかけてきた奴だぞ? いったい何人奴の餌食になったか……」



 なるほど。ルーベルトが人間の基準になっていたら確かに恨まずには居られないかも知れない。


 俺は全く知らなかったが、何人も誘拐していた、とあってはなおさらだ。


 もちろんそんな説明は一切なかった。

 それどころか、滅びたエルフの国から救ったことになっていた。


 でも、先に無理やり連れてきていたのなら話は変わってくる。



「大丈夫だ。そんなことは俺がさせない」



 ただ、人間たちにはそういうことを考える人物もいるかも知れない。

 それならば領地を守る兵士もなるべく早くに集めるべきかも知れない。



 領民が安心してくれる兵士……。



 ちょうど目の前にいかにも強そうな肉体をした男がいる。

 俺は無言で彼の肩を掴む。



「ど、どうかしたのか?」

「さっき、どんなことでもしてくれるっていったな?」

「あ、あぁ……」



 急に人が変わったように見えたのか、ガンツは若干匹気味だった。



「で、でも、俺にもできないことはあるからな?」

「もちろんわかっている。お前に頼みたいのは他でもない。俺の領地で兵をまとめて欲しい」

「お、俺が兵士をまとめる? そんな重要な役職を任せてくれるのか!?」

「状況を考えるとお前しかいないからな。とは言ってもまだ兵なんていないから集めるところからやってもらわないといけないが」

「わかった。任せてくれ」



 自信ありげに胸を叩くガンツ。

 するとそのタイミングでルーウェルが入ってくる。



「テオドール様、お体は大丈夫ですか?」

「……あれっ? その口調は?」

「世界樹を治してくれたお方ですよ? さすがにあの口調ではいられないですよ」

「……俺は気にしてないんだけどな」

「それにこれからお仕えするのですから、ここはちゃんとしておかないとダメですよ!」



 ルーウェルにとっては引けないところのようだった。

 気になるだけで別に違和感はない、


 本人がそう希望するのならこの話題はそれで終わりだった。



「それよりももうご無事そうでよかったです。テオドール様の調子が戻ったら呼んでほしいと長老に言われていますが」

「わかった、今から行こう」

「んーっ、テオドール様、もうお目覚めなのですか?」



 まだまだ眠たいのか、瞼を擦りながら聞いてくるリフィル。



「心配かけて悪かったな。もう大丈夫だ」

「わかりました。私もついて行きますね」

「……付いてくるのか? 無理しなくてもいいんだぞ?」

「いえ、大丈夫です。私が行きたいからついて行くだけですから」

「わかったよ。それなら一緒に行こうか」



 リフィルが起き上がるのを待って、俺たちは長老のところへ行くのだった。




◇◇◇◇◇◇




 長老は以前と変わらない様子で目を閉じていた。

 ただ、その腕には何かの苗木が持たれていた。



「来てくれたか」

「あぁ、なにか用なのか?」

「これをお主に託したくて待っておったのじゃ」



 長老は俺にその苗木を渡してくる。



「もしかしてこれが……?」

「あぁ、世界樹の苗木じゃ。そなたのおかげで生まれ変わったものじゃ」

「これはここに植えなくても良いのか?」



 一応今までエルフの里にあったものだ。

 さすがに勝手に持って行くのは気が引ける。



「大丈夫じゃ。我々もそなたについて行くと決めたのじゃから、そなたが植えたところが新しい我々の住処じゃ」

「わかったよ。それじゃあありがたくもらっていく。一応領地の場所も目星はつけてて木材も集めていたところだ。ただ、人手がまるで足りなくてな」

「そこは我々も手を貸そう。皆そのつもりだからな。あと、お主の配下に加わったお祝いで今晩はパーティーをするつもりじゃ。もちろん参加してくれるじゃろ?」

「もちろんだ。ぜひ参加させてもらう」



 こうして俺たちの領地にエルフたちが加わることになり、皆を連れて結界の魔道具に守られた何もない更地に行くことになったのだった。




◇◆◇◆◇◆




 聖女たちは這々の体で、なんとか王都の南にある小さな村へとたどり着いていた。

 魔族に支配されているという属国、リンガイア王国まであと数日歩けばいい、というところまで来ていた。


 とはいえ、自分たちの力で来たわけではなく、無理やり王都で冒険者を雇い、連れてきてもらっただけなのだ。


 しかも王国の権力を使い、ほとんど金を払っていないために冒険者たちからは不満が出ていた。

 もちろん直接王子たちに言うことはないし、冒険者組合の長から「ランク査定をプラスにしておくからなんとか頼む」と頭を下げて頼まれたのではやる以外の選択肢はなかった。


 そんな裏事情を知らない王子たちはさも自分の力のように勝ち誇った顔で先に進んで行く。


 なぜこんなに自信ありげなのかさっぱりわからない。


 しかもわざわざ声を上げて魔物を帯び寄せるなんて真似もしてくるせいで普通の護衛より大変だったのだ。


 プラス査定がなければ全く割に合わない仕事である。

 正直に言えば商人とかでも守っていた方が楽である。


 なんで聖女なのに禄に魔物を浄化できないのか。

 そもそも魔物相手に一騎打ちをしようとする第二王子はいかがなものだろうか?

 フレンドリーファイアーしかしない魔法使いもあり得ないし、危険が迫らない限り眠っている剣士もどうなのか?


 冒険者である自分たちからしたら信じられないようなメンバーである。

 王国もどうしてこんなメンバーにしたのか疑問しかない。


 ただ、聖女の話を聞いた上で危機感を抱くのはよくわかる。

 まさか王国が魔物に乗っ取られていたなんて思わなかった。


 確かに貧しい国であるために冒険者である自分たちが行くことはほとんどない。

 それでも大賢者が作り上げた魔道具に守られている国である。


 あの魔道具が壊れない限りあの国が魔族に占領されることはないし、もし占領されてしまったら、魔族たちはすぐさま王国へ攻めてくるはずである。


 魔族は一人を相手にするだけでも名うての冒険者数人がかりでかろうじて、という相手である。

 そこにこんな新人以下の聖女たちを送り込むなんて、ただ殺したいだけにしか思えない。



「俺たちが戦い方を教えるしかないのか……」



 こうして、チュートリアルが始まったのだが、すぐにその決意を後悔することになるのだった。




◇◇◇◇◇◇




「おいっ、宿代が銀貨一枚ってどういうことだよ!! 王都の宿は銅貨八枚だったぞ!!」



 第二王子が切れ気味に宿の女将に文句を言っていた。



「おや、そうなのかい? どんな馬小屋に住んでたのかは知らないけど、うちは一人銀貨一枚だよ! 食事をつけるなら更に大銅貨一枚もらうよ」

「俺たちは聖女一行なんだぞ!?」

「そうかい? でも相手が誰でも値段は変わらないよ」



 宿の女将が行っている値段は極めて普通の値段である。

 むしろ食事代を考えると良心的とも言える。


 それを子供のお駄賃程度の値段にしろなんて、とても王子が言う台詞に思えない。

 もしかするとこうした常識を伝えることも仕事に入っているのかもしれない。



「宿でこの値段は普通だ。なんだったら安いくらいだ。とにかく人数分頼む。男と女の二部屋だな」

「何を馬鹿なことを言っている。個室に決まっているだろう」



 当然のごとく言い切ってくる第二王子。



「部屋を分かるなら一部屋銀貨一枚、追加でもらうよ」

「こんなクソみたいな宿に泊まれるか! おいっ、行くぞ!」

「私も同意見ですね。金のことばかり考えて客のことを考えないこんな宿に泊まる必要はないですね」

「……寝れたらどこでも良い」



 好き勝手に言う男連中。

 自分が止める時間もなく宿から出ていってしまう。



「あぁ、そうかい。それなら外で寝るといいよ」



 宿の女将は吐き捨てるように言っていた。

 その様子を見て、何かいうわけではなく申し訳なさそうに一礼だけして、聖女も宿を出て行こうとする。



「待て」

「どうしましたか?」

「あの第二王子バカどもに言ってくれ。こういった小さな村には宿は一つしかない、ということを」

「かしこまりました」



 それだけ聞くと聖女もそそくさと出ていく。

 その様子を見て、自分は思わず頭を押さえるのだった。




◇◇◇◇◇◇




「くそっ、なんだあの宿屋は。即刻営業停止にしてやる」

「賛成ですね。宿が一つくらい潰れても対したことないですしね」



 王子と宰相の息子が不安な話をしている。



「あ、あの、あのお方にも何か事情があるのですよ。あまり不穏なことは言ったらダメですよ」



 聖女が明後日な方向のフォローを入れる。

 平民だった彼女は今まで宿なんて使ったことがなかったし、王子たちが言っていることが全てだと信じて疑わなかった。



「あと、冒険者さんが言うにはこの村には宿があのお店しかないそうです。私は野宿でも大丈夫ですけど……」

「そんなわけにはいかないだろ! これも全てここの村長のせいだ。奴の家に乗り込んで無理やりにでも泊まるぞ」

「それが良さそうですね。断るようなら追い払いましょう」

「……眠い」

「あの、平和的にお願いします……」

「あぁ、任せておけ」



 拳を握りしめる第二王子。

 結局、村長の家でいくつかのものを壊した結果、無料で泊めてもらうことになった。


 ただし、王位継承権のある第二王子にむちゃくちゃされた結果、王国に反発し、村の住人全員で隣国へ脱出しようと決めている、なんてことは王子や聖女はまるで気づいていないのだった。

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