エルフの隠れ里

 リフィルが切ってくれたたくさんの木を運んできた俺たちはまず住むところを確保するために小屋を作り出していた。


 ただ所詮二人の子供、できることは限られている。


 木を運ぶことができたとしても組み立てが中々うまくいかなかった。


 ただの丸太をそのまま使うわけにもいかない。


 なんとなく頭の中では前世の家が想像できるもののどうやって作るのか、その方法まではわからなかった。


 すると、そんなときに俺たちに近づいてくる青年がいた。


 背中に弓を背負い、長めの金髪をした整った顔立ちの男。

 そしてなんといっても特徴的なのは先の尖った眺めの耳である。



「……さっきの風魔法はお前たちが出したものか?」



 エルフの青年が倒れた木々の方を指差す。



「えっと、それは私が――」

「いや、俺が出したものだが?」



 ほぼ全滅しており物語に絡まないエルフは、どんな奇抜な行動をしてくるかわからない。

 一応婚約者であるリフィルを守るように俺は彼女を背中に隠して前に立ちふさがる。



「お前は違うな。『支援』属性だ……」

「っ!?」



 まさか鑑定持ちか!?



 プレイアブルスキル『鑑定』は、ゲームだとプレイヤーが。おそらく現実になったこの世界だと転生者が使えるものと思われる。


 敵役だった第三王子である俺が使えるのだからこの予想はあながち外れてはいないだろう。


 そして、それを前提に考えるとこの青年も転生者である可能性が出てくる。

 ただ、それを否定するようにリフィルが言う。



「エルフの人は精霊の目を持っているって聞きます。おそらくはそれかと」

「精霊の目?」



 初めて聞くワードが飛び出してくる。

 エルフ特有のものだから彼らが滅んだから聞かなかったと思われる。

 おそらく鑑定に近い効果を持っているのだろう。



「精霊が教えてくれる。『風』属性はそいつだな」



 エルフの青年がリフィルのことを指差してくる。



「それでさっきの風魔法がどうしたんだ? 文句でも言いに来たのか?」



 確かに大量伐採を行ったのだから文句を言われても仕方ない。

 ただ、青年が言いたいのはそんなことではないようだった。



「お前たちがエルフの里を襲っていた魔族を倒してくれた。そのお礼に来た。本当にありがとう」



 青年が頭を下げると俺やリフィルは首をかしげる。


 俺たちは特に何もしていないはず。

 もしかすると木を間引きしてほしかったのだろうか?


 そんな見当違いなことを考えていると青年は真っ赤な魔石を取り出してくる。



「魔族から出てきた魔石だ。受け取ってくれ」



 それを聞き、なんとなく状況を察する。

 信じられない。信じたくはないが、さっきの伐採がたまたまエルフの隠れ里を襲うはずの魔族を倒してしまった、とかだろうか?



 世界樹の力を吸収したらかなり強くなっていたが、実際はそれほど強くなかった、とか?



 それはそれでありそうだった。



「あまりに威力が強すぎて結界ごと世界樹も壊れてしまったけど……」

「あっ……。ご、ごめんなさい」



 リフィルが頭を下げる。

 ただ青年はすぐ首を横に振る。



「みんなが無事なのが一番だからな」

「あっ、それならテオドール様の配下に加わるっていうのはどうですか?」



 まるで名案とでも言いたげにリフィルが提案する。



「……いいのか?」



 青年が信じられない、と言いたげにじっと俺のことを見てくる。



「エルフは常にどの種族からも狙われる。俺たちを庇うということはお前たちも狙われることになるぞ?」

「もちろんですよ。ですよね、テオドール様?」



 リフィルは俺がエルフを助けると信じて疑っていない様子だった。

 でも、原作だと滅びてるエルフを配下に加えると俺の領地すら滅びかねないのではないだろうか?


 そんなことを思いながらリフィルを見る。


 ゲームだと悪役王女となる運命の少女。

 しかもリンガイア王国も本来なら滅びてしまうはずだった国。


 そこまで考えるともう今更に思えてくる。



「ちょうど人手も欲しかったところだからな。守る代わりに領地の力になってもらうぞ?」

「あぁ……、あぁ……。本当に助かる……」



 青年な涙を流しながら喜んでいた。




 ◇◇◇




 本来なら何もない平野に館を作ろうとしたのだけれど、この際なのでエルフの隠れ里も含めて街を作ることにする。

 そのためには一度エルフの村も見に行く必要があった。



「自己紹介がまだだった。俺はルーウェル」



 若く見えたが、案外年上なのだろうか?



 エルフ族は数百年生きると言われている物語が多いためにそんなことを考えていた。



「俺はテオドール・ガルドだ。一応ここ一帯を任されている伯爵だな」

「私はリフィル・リンガイアです。リンガイア国王の娘でテオドール様の婚約者です」



 嬉しそうに腕にしがみついてくるリフィル。

 その様子を微笑ましそうにルーウェルは見ていた。



「仲がいいのだな」

「えぇ、当然です!」



 嬉しそうに頷いて見せるリフィル。

 歩きずらいから離してほしい、なんて言えずに俺たちはルーウェルの案内の下、エルフの隠れ里へ向かっていく。


 本来ならば迷路のような大森林ダンジョンを右往左往して行くはずが、ほぼ一本道。

 一切迷うことなく里へとたどり着いていた。


 里には外敵から身を守るような壁はなく、世界樹の結界が全てだったことがすぐにわかった。


 村の中央に折れた世界樹が立っており、その場所を取り囲むように様々な家が作られていた。

 ただ、その家はすでに古く屋根に穴が開いていたり、柱が腐っていたり、住むには危険な場所も多く見受けられる。



「世界樹がなくなって逃げ出すものも結構いるんだ。どこにいってもエルフは迫害されるのに」

「て、テオドール様はそんなことしません!」

「わかっている。だからこそここに来てもらったのだからな」



 ルーウェルが案内した先にあったのはひときわ大きな家であった。



「ここがエルフの長老が住む家だ。では行くぞ」



 ルーウェルが入っていく姿を見た後、俺たちもそれに続くのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




「に、人間っ!?」



 長老の家に入った瞬間、大男のエルフが声を上げ、俺たちに向けて剣を突き付けてくる。

 ただ、一番年配のエルフは落ち着いた様子でルーウェルに視線を向ける。



「彼が?」

「はい、魔族を倒してくれた方々です」

「ど、どうして人間が!? どうせ俺たちを奴隷にでもするつもりで……あいたっ」



 大男は長老に杖で叩かれる。



「お前は黙っていなさい。……ふむっ」



 長老は今度は俺のことをじっと見てくる。



「変わった資質をお持ちのお方じゃな。『支援』と『回復』か」

「そ、そいつ、アルムガルド王国の嫌われ王子って奴じゃないのか!? あいたっ」

「だからそなたはだまらっしゃい。本質は噂なのでは測れんものじゃ」



 長老の言葉に俺は好感を覚えていた。



「し、しかし……」



 大男は何か言いたそうだったが、長老の耳にはもはや入っていなかった。



「それでどうして我々を配下にしようとしたんじゃ?」

「っ!? どうしてそれを?」

「その程度のこと、言わなくてもわかるわい」



 もしかすると心を読めるのだろうか?



「安心するといい。心までは読めんからな。そなたは表情でわかる」

「そういうことか。俺たちだけで来たわけじゃなくて、ルーウェルが案内して連れてきた、ということから支配しようとしているわけではない。つまりはこの里を守る代わりに配下に加える交渉があったと考えたわけか」

「ふぉふぉふぉ、これでもエルフ族の長。この程度ができぬようでは多種族に滅ぼされてしまうからな」

「それじゃあ、先ほどの答えだが、俺たちは人手を欲している。別にそれはエルフでなくても構わない。その対価として俺の領内にいる奴はどの種族であろうと俺が守ってやる。これでどうだ?」

「それは世界樹の守りがなくなった我々からしたら喉から手が出るほど欲しいものじゃな。しかし、魔法の腕はあってもたかが子供に儂たちを守れるのか?」

「俺一人じゃ無理だな。そもそも俺の能力は直接戦闘に向いていない。それはお前もわかるだろう?」



 精霊の目がどこまで見られるのか判断するために俺は相手に質問で返す。

 すると長老は楽しそうに笑い出す。



「ふぉふぉふぉ、なるほどのぉ。これはなかなか愉快なお方じゃ。安心するといい。精霊の目は相手の体から湧き出る魔力の質から属性を把握する目のことじゃ。そなたが持つすべてのスキルを把握できるわけではないぞ」

「なるほどな。魔法の適性しかわからないわけか。でも俺の属性がわかればどうして人手を欲しているかわかるだろう?」

「……わかった。そなたなら信じられるじゃろ」

「ちょ、長老!?」

「ルーウェルも信じておるようだしな。ただそれだけではこやつのように信じられない奴もおる。そこでそなたの力を見せてくれないか?」

「……何をしたらいい?」

「簡単なことじゃ。世界樹に回復魔法を使ってほしい。それがそなたの領地に行く条件じゃ」




 ◇◇◇◇◇◇




 俺たちが世界樹の前にやってくると興味本位で里のエルフたちが集まってきていた。

 当然のように大半が大男のエルフのように俺たち人間を訝しんでいる様子だった。



「もうすでに治せないと思うが、それでも回復魔法を使うのか?」



 軽く鑑定してみたが、世界樹のHPは0になっていた。

 それでも長老は頷いて見せる。



「世界樹は何度でもよみがえると言われておる。自らの身を任せるに相応しい者が現れたら新たな苗木として再び生を得る、と。世界樹の守護者たるエルフとしてはこれほど配下に加わるに相応しい者はおるまいて」



 不思議なことに長老はなぜか俺がこの世界樹を治せると確信している様子だった。



 まぁ、人間みたいに状態は載っていないけど、蘇生魔法を付与すればいいんじゃないだろうか?



 そんな甘い考えをしながら俺は世界樹に魔法を使う。

 国王のときも気絶したことを忘れて……。


 するとそれなりに高い魔力を持っているつもりだったのだが、それが瞬く間に吸われていく。


 俺の魔力がほぼ空っぽになり次第に意識が遠くなっていったその時、世界樹から「ありがとう……」という声が聞こえた気がするが、確認する間もなく俺は意識を手放してしまうのだった。


 次に目が覚めると俺は長老の家の床に寝かされており、俺にもたれかかるようにリフィルが寝ていた。


 そして、なぜか俺の目の前には土下座をし続ける大男のエルフの姿があった。

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