結界の拡大

 たまたま成功しただけ、という可能性もある。

 倍の魔力を消費することもわかっているのだから、それ前提で上級回復魔法フルヒールを使用する。

 すると古代魔道具アーティファクトは瞬く間にHPが全回復していた。



「絶対に私、ここにいますから! テオドール様も力を貸してくださいますし」

「それはならん! テオドール殿も危険に晒すことになるんだぞ! 命の恩人にそんなことをして良いのか!?」

「まだ結界の力は残っていますし」

「もう一回か二回防げるだけの結界だぞ!?」



 言い争っている二人に対して、俺は申し訳なく思いながら言う。



「すまない、ちょっといいか?」

「テオドール様、少しお待ちください。今このわからずやの口を塞ぎますから」

「待て、お前のそれは本当に洒落にならん。それにお前にはテオドール殿と行動を共にしてもらいたいと思ったから言っただけだ」

「えっ? それって……」

「あぁ、これほどの力を持つお方だ。きっと偉大な成果を上げるに違いない。その時にお前が傍にいればきっと王国再建も容易にできるであろう?」

「お父様……」



 なぜか感動的な感じで締めようとしていた。

 ただ俺は別に何かをなそうとしているわけではないのだがな。

 むしろ破滅展開と面倒ごとから逃げ出しただけだし。



「ところでテオドール殿。先ほど話そうとされていたことはなんだろうか?」

「あぁ、つい結界の古代魔道具アーティファクトを治してしまったのだがよかったか?」

「はぁ? ……言っている意味がよくわからないのだが?」



 国王は困惑の表情を見せている。

 当然だろう、俺自身も何が何かさっぱりわからない。


 ただ一つだけ判明したことは支援魔法を使えば道具すらも回復することができる、ということだった。



「とりあえず結界を見ればわかるんじゃないか?」

「そ、それもそうですね。行ってみましょう」



 窓からでも十分に見えると思うのだが、病み上がりに鞭を打って国王が杖を突いて立ち上がる。

 そんな国王とリフィル、俺と護衛にカイエンが付き従って結界が守っている城門付近へと向かうのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




「どうだ、リフィル。直っているのか?」



 結界傍までやってくるとリフィルがそっと手を当てて結界を確認する。

 そして、すぐに目に涙を浮かべて頷いていた。



「た、確かに同じ古代魔道具アーティファクトとは思えないほどに正常に動いています。これならすぐに壊れることもないです」

「ほ、本当か……」



 国王は思わず膝をついていた。



「よかった……。これで我々は助かる……」



 それから国王はすぐに立ち上がり、俺の手をギュッと握りしめてくる。



「テオドール殿、本当に助かった。貴殿にはいくら礼をしてもし足りないくらいだ」

「ぐ、偶然できたことだからそこまで礼を言われるようなことじゃない」



 むしろ色々とゲームとの違いを調べられて俺の方が助かるほどだった。

 しかし、国王はそれで納得してくれなかった。



「いや、我が国を助けていただいたのだから礼を言うのは同然のことだ。結界が完全に復活したとなれば魔族を追い返すことは容易。そうなれば再び国を立て直していくこともできるだろう。これも全てはテオドール殿のおかげ。本当にありがとう」



 確かに大通りにはたくさんの飢えた人が並び、商店もほとんどない。

 田畑はさすがに内に収められなかったようで結界の外にある。


 そのせいもあってか、魔物に襲われ、魔族に踏み荒らされ、更には元々不毛の地ということもあり、作物がほとんど育っていない。

 こうして戦いになるとすぐに民が飢える環境になっていたのだ。



「確かに早急に立て直す必要があるだろうな。今のままでは税も碌に取れずに兵を維持することも大変じゃないか?」

「……テオドール殿は国の予算を触ったことがあるのですか?」

「い、いや、このくらい常識じゃないのか?」



 人を雇う以上金をかかるのは必然である。

 それでは莫大な金がかかる上に遊ばせている時間も増えるために有事のみ雇うという日雇い兵、という形をとることもある。


 ただそれをすると練度に問題が出てきてしまう。

 期間的な徴兵で集めてもいいが、そもそもそれだと農家から人を集めることになる。


 食糧事情に問題がなければいいが、今だとむしろ集めることで暴動が起きかねない。

 もしかするとゲーム中に雑魚敵で多数の盗賊がいたのもそういった裏事情があったのかもしれない。



「それが常識とわかってくれる人間が何人いるのか……」



 国王が遠い目で空を眺める。

 もしかしたら兵は畑に植えれば生えてくる、くらいの認識を持った親族でもいたのかもしれないな。



「とにかく、テオドール殿にはお礼をしたい。何が欲しい? 爵位か? リフィルか? 権力か? リフィルか?」



 まだ本調子じゃないのかもしれない。

 同じことを二度も言っている。



「い、いや、礼をもらうようなことは何もしてないぞ……」

「そんな欲のないことを言うものじゃないぞ。無欲は罪だ。下の功績を得たものに示しがつかんだろう? 貴族たるもの、もらうべきものはもらうべきだ」

「俺は平民なのだが……」



 国王の言い分もわかる。

 俺としては偶然の産物なのだが、確かに俺がもらわなかったらリフィルを守っていたカイエンとかも何ももらえなくなってしまうのだろう。


 それだと申し訳ない。

 ただ、こんな国の状況で何かをもらうということも……。



「なるほど、平民であることが気になる、と。確かにそれはあるな。では我が国の侯爵……」

「さすがにいきなりそんな位を渡しては他の貴族に示しがつかないだろう?」



 なぜ俺が説明する側に回っているのだろうか?



「うーむ、しかしだな……」

「お父様!」



 リフィルが笑顔で頷く。

 それを見た国王も同じように頷いていた。




「わかった。そなたに準男爵の位とリフィルとの婚約を許可しよう。これなら平民である、という悩みはなくなるだろう?」



 国王は満足げに頷いていた。

 ただ、どうしてこうも簡単に娘を渡すことができるのだろうか?



「と、とにかくまだ魔族が攻めてくるんだよな? 報酬の話はそれからでいいだろう? そもそも王女の婚約者にするにしても爵位が足りないだろ? それに俺はリフィルの気持ちを無視して報酬にもらうような真似はするつもりはないからな」

「リフィルの気持ちがあればいいということだな。言質はいただいたぞ? 詳しい話は後からするとしよう。それで私はこれから魔族への反撃を考えようと思うが、テオドール殿はどう対処すべきだと思う?」



 国王が俺に対して意見を求めてくる。



 ただ結界が正常に動くようになった以上、魔族の侵攻自体は食い止めることができるんじゃないだろうか?



 もともとリンガイア王国はかなりの小国。

 所有戦力なんてたかが知れている。

 それなのに魔族を相手に引けを取らなかったのはこの結界があるからに他ならない。


 つまり魔族の侵攻はこの結界を壊すことが目的だったと予測できる。

 結界の古代魔道具アーティファクトがいくらでも直せるとわかると計画の練り直しが必要になってくるはずだ。

 少なくとも俺が将ならそうする。


 ただ相手が弱っているわけではないのだから、反撃しようものなら返り討ちに遭うだけだ。



「いや、ここはまず内政に力を入れるべきだな。結界が存続している限り魔族がこの国を襲うことはできないのだろう? なら今は国力を高めるべきだ」

「だが、結界内しか安全なところはないのだぞ? 田畑を増やそうとするとやはり魔族を退ける必要が――」



 そういえば追加付与はまだ与えられるんだったよな?



 俺は結界に効果拡大の付与魔法を使う。



「これでちょっとは有効範囲が広がったんじゃないか?」

「ほ、本当にものすごく広がってます……」

「お、お主は一体……。いや、それは聞かないでおこう」



 リフィルの言葉を聞き、リンガイア国王は驚きのあまり口を開けていた。

 ただ、それと同時にテオドールの扱いについて頭を抱えることとなる。



(これほどの逸材、アルムガルドが手放すとは思えん。


 しかし、本人が平民を名乗る以上、第三王子の地位は捨ててしまった、と考えるのが妥当。

 それならばこの国にいてもらうためにはリフィルと婚約してもらうのが一番いい。

 当人も完全に拒否をせずに答えをはぐらかした以上、芽はあるのだろう。


 あとはリフィルにもっと積極的になってもらうしかないな。


 一応、アルムガルド王国に使者を送っておくか。


 許可を取っている間に、仲を深めさせて……、あとは彼には領地の一角を与えて好きにやらせた方が良さそうだ。


 発想が常人から外れすぎてて、おそらく誰にも理解できないだろう。

 そこで止まっていては国の発展を妨げることとなる。


 本来なら国そのものを任せたいが、それは追々リフィルとの婚約が決まってからだな)



 リンガイア国王の不穏な笑みを見て、俺はなんだか嫌な予感がした。。

 それと同時にまるで大量の経験値が入ったのか、急激に能力が上昇していた。



 ――何も倒してないはずなのにどうしてだ?



 不思議に思うのだが、その答えが出ることはなかった。




 ◇◆◇◆◇◆




 リンガイア王国を攻めている魔族軍はすぐ近くの平野に陣を敷いていた。

 数にして数百人の魔族。

 魔族の四天王も繰り出されており、ほぼ全勢力といっても過言ではなかった。


 数で言うならあまり多いとは言えないのだが、それでも魔族の精鋭であること。

 元々魔族の能力は人間の三倍から五倍と言われていること。


 それらを鑑みると弱小の王国を攻めるのに十分すぎるほどの戦力であった。


 ただかの国には忌々しい結界がある。


 魔や闇、悪への特攻性能があり、直接触れてしまうと大ダメージを受けてしまう。

 中に取り込まれようものなら瞬く間に消滅してしまうであろう。


 それを壊すには遠距離からの他属性による魔法しかない。

 当然ながら魔力も人よりはるかに高い魔族である。


 時間はかかってしまうものの回数を重ねれば壊すことは容易である。


 そして、時間をかけてようやく壊すまであと一歩になったその瞬間……。



「ど、どうしてこの場から引くのだ!?」

「あの腐った王が自分たちであの国を滅ぼしたいそうだ」

「し、しかし、あそこまで弱らせたのは俺たちで――」

「別にどこが滅ぼしても同じことだ。あの国さえなくなれば他の国に攻め入るのも容易になる。これ以上いたずらに兵を消耗させる必要もない」

「……わかった」



 不服そうにしていた四天王の一人だったが、此度の魔王軍遠征の指揮を執っている宰相であるバランの決定は覆らない。

 そもそも魔族は実力主義。

 バランに挑めばいくら四天王の一人といえど自分の方が消されることがわかっているために反論はできないのだ。


 バランが先に魔王国へと帰っていったあと、男は周りのものに不満をぶつけていた。



「どうして人間の悲鳴ごちそうが目の前にあるのにお預けを食らわねばならん。あと一回じゃないか!」

「バラン様にはなにか考えがあるのではないでしょうか?」

「どうだかな。大方、王子の子守をしすぎて頭がおかしくなったのではないか?」

「そ、そんなことを聞かれては我々ごと消されてしまいますよ」

「はっはっはっ、やつはもう国へ帰った。とにかく命令だ。撤退の準備を。苛立ちは結界の外に出たくそ人間で晴らすと良い!」



 そういった瞬間に突然白い光が押し寄せてくる。



 何かの攻撃か!?



 と戦闘態勢を整えた男だったが、光の正体は結界であり、それは魔族軍を取り込んだうえで更に広がりを見せていった。



「ぐ、ぐおぉぉぉぉぉ……。ま、まさかバランはこれを予想して……、ち、ちくしょ……」



 四天王の一人といえど聖の結界に取り込まれてしまえばひとたまりもない。

 ろくに身動きできずに人知れず結界に取り込まれた魔族軍は誰にも気づかれることなく壊滅し、後には大量の魔石だけが取り残されるのだった。

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