叙爵
結界の範囲がどの程度広がっているか、俺たちは確かめる。
田畑はおろか近くの森すらすっぽりと覆うほど広範囲に渡って結界が広がったことがわかる。
半径でいうと五倍ほどだろうか?
ちょっと付与しただけで実に国の領地が二十五倍になってしまった。
周りの国の領地を奪っているのでは、と思われがちだが、王国はかなり特殊な立ち位置で、結界の範囲が国の領地、ということになっていた。
結界の広さが変わらない、という前提で設定されていた国境線だったのだが……。
「これはかなり広いな。これだけあればいくらでも畑が作れそうだ」
俺は実際に開拓のことを考えていたのだが、リンガイア国王はまるで違うことを考えていたようだった。
「この距離……、確か魔族がいたのは……」
「何か気になることでもあるのか?」
「あっ、そ、そうだな。少し危険だが確かめないわけにもいかないな。テオドール殿も一緒にきてもらえるだろうか?」
「……? もちろん構わないが?」
「では行くとしよう」
リンガイア国王についていくとそこにあったのは大量の魔石が転がる謎の平野だった。
しかも通常の魔物からとれる魔石よりだいぶ大きいものばかりである。
原作で言うならボス級の魔物を倒した際に得られるものと同程度。
そんなものがいくつも転がっているのはおかしすぎる。
いかにも何か罠があります、といっているような場所だった。
ゲームではフィールドで罠はなかった気がするが、現実ならあり得るのだろう。
「やはりそうか……」
ゆっくりとした足取りで魔石へと近づいていく。
そして、そばに落ちていた一つを拾い上げる。
「これだけの数の魔石……。野営をしていたような跡……。残された武器……。おそらくは……。カイエン、すぐに誰かを使者に送るぞ!」
「はっ。すぐに手配いたします」
「テオドール殿、まさかここまでしてくれるとは。とりあえずここの魔石はそなたがもらってくれ」
流石にこれだけの量となると一大資産になりそうなのだがいいのだろうか?
「そもそもそなたが結界の
「……そういうことなら半分は受け取らせてもらおう。結界が原因ならばもう半分は王国が受け取るべきものだからな」
「し、しかし……」
「復興にも費用がかかるのだろう? ならそれに充ててくれたらいい」
「ありがとう。では大切に使わせてもらう」
こうして魔石の分配は無事に終わると俺たちは一度王国の城へと戻ることになったのだった。
◇◇◇◇◇◇
城に戻るとリンガイア国王は国の重鎮たちを集めていた。
元々小国ということもあり、その人数はかなり少ない。
ただその誰もが俺を訝しむ表情で見ていた。
「忙しい中、よくぞ集まってくれた」
「国王様、どうしてこのように集められたのでしょうか?」
基本的に重鎮の貴族たちはそれぞれ国を守っている。
戦いのまっただ中で呼び出しを受けるなどただ事ではない、とそれぞれが思っていた。
そこでリンガイア国王の隣にいる俺の存在である。
今までで見たことのない相手がいれば警戒するのは当然だった。
「まさか他国に下ろうなどと思っておられるのか!?」
実質アルムガルド王国の属国扱いされているのだけど、それはあくまでも王国側から見たイメージだったのかもしれない。
リンガイア王国は全くそのつもりがなかったのだろう。
「いや、悪い報告ではない。あとここに居るテオドール殿のことを悪く言うのは私が許さん!」
有無を言わさない威圧で他の貴族たちが押し黙る。
「で、ではその方はどうしてここに?」
「この方は我が国にある
「ほ、本当なのか!?」
「た、確かに今日は魔族が襲ってこないと思っていたが」
「それが本当なら恩人で済ませてはいけないぞ? 滅亡を助けてくださったのだから」
もう少し反対意見が出てくるのが貴族の集まりのはず。
権力に固執しており、いかに他人を蹴落とすかを考えている者が大半だったアルムガルド王国の貴族たちと違い、リンガイア王国だとむしろ感謝の意見ばかりが出てきて逆に恐縮してしまう。
「皆も同様の意見だと思っていたぞ。だから私はこのテオドール殿に男爵の位を授けようと思う」
ちょっと待て。準男爵って話だったのではないか?
勝手に爵位を上げたら反発が起きるのではないか?
そんな俺の不安をよそに大半の貴族たちが頷いていた。
しかし、俺の予測通りに反論を述べる者が現れる。
ただ、予想外の方向に……。
「お待ちください、国王様。それはさすがに――」
「どうした? 不服なのか?」
「我が国を救っていただいた大恩人ですよ? それが男爵程度の
「なるほど、そなたの言いたいこともよくわかる。では子爵を授けることにしよう」
俺が必死に首を横に振っているのを当然の如く無視して、勝手に子爵位を与えてくる。
「もちろんこれだけで恩に報いれるなんて思っておらん。そこで此度の結界強化によって広がった領地の一部を授けようと思う。もちろん、領地を授けるとなると今の地位でも物足りんな。ということで領地と共に伯爵位も授ける。今までは結界外で荒らされた地になるので復興は大変だと思うが頑張って欲しい。皆も伯爵を助けてやってほしい」
リンガイア国王がにやりと微笑む。
すると、周りの貴族たちから歓声が上がり拍手喝采がおこる。
だが、流石にこれはやりすぎだ。
俺はすぐさま反論する。
「ちょっとお待ちください。子爵位だけでも過分な評価をいただいております。それが伯爵位など分不相応にもほどがあります」
「しかしな、そなたも申していたではないか。結界の強化が原因の事柄は、国とそなたで按分する、と」
「それは魔石の話で……」
「まさかそんなことは一言も言ってないぞ? とにかく約束を違えないためにも今回広がった領地の半分はそなたに渡す。先ほど無理やり魔石を渡してきたのだから断らないよな?」
リンガイア国王が笑みを浮かべる。
魔石を渡したときからここまでの流れを考えていたのだろう。
いや、もしかするともっと前からか?
とにかくすでに他の貴族からも歓迎されている以上、これを断る手段はなかった。
「領地の件はわかりました。しかし、それに合わせて
「リンガイア王国よりも広い領地を治めるのだぞ? さすがに子爵のままだと問題になる。最低で伯爵はいるのだ」
「……わ、わかりました。謹んでお受けします」
もはや何を言ってもダメな気がした俺は諦め口調で承諾するのだった。
「安心すると良い。いきなりそなた一人にかの広大な土地を任せるなんて突き放す真似はせん。ちゃんと
「……なんだかニュアンスが違う気がするが?」
「気のせいだろう」
こうしてアルムガルド王国を捨てたはずの俺がリンガイア王国で伯爵の地位を得てしまうのだった。
◇◆◇◆◇◆
テオドールが魔族を倒したそのとき、聖女たちは未だに王都近辺にいた。
「どうして俺たちがあんな弱い魔物に苦戦してるんだ!」
「あなたが無駄に突っ込んでいってダメージを受けるからですよ」
憤慨するジークハルトにミハエルが冷たく言い放つ。
そして二人の喧嘩が始まるのはもはやいつものことであった。
そのことで周りはすごく迷惑をしていたのだが、相手が第二王子に宰相の息子、更には聖女までいては何も言い返せずに黙っているしかなくて不満が溜まっていた。
特に彼らが泊まっている宿の女将は眉間にしわを寄せながら笑顔で接していた。
そもそも禄に金を払わない相手である。
その辺に生えている草一束を渡してきて一晩泊めろなんて言ってくる相手。
一応その草は薬草になる種類で店売りだと銅貨八枚程度になるものであった。
これで食事を……なら安い食材ならばできなくもない。
しかし、これで一泊なんて金額がゼロ一つ足りない。
それでも泊めてあげている理由、それは彼女が聖女であることに他ならない。
宿の女将も魔を払う聖女の噂は聞いたことがあった。
平民の少女が神の信託を受けた、と。
今まで戦ったことのない子が突然王の命令で旅に出さされる苦労。
しかも薬草一束しか手に入れられないほどお金に困っている様子。
宿の女将もさすがにかわいそうに思い、一人薬草一束の金額で良いですよ、と言ったのだ。
完全に大赤字であるのだが、このくらいしか彼女の助けになれないから。
それが始まりの街で宿代が安い理由で、距離が離れていくにつれて高くなる理由でもあった。
完全に相手の善意である。
しかし、それを当然のように享受する第二王子たちにさすがの女将も苛立ちを隠しきれない。
思えば嫌われ王子が居たときの方がよかった。
確かに敢えて鼻につくような言動をしていたし、人を見下すような態度もとっていた。
ただ、それで何か不利益があったかというと、こんな直接的な被害は一切なかった。
むしろ何か被害が出そうな時は裏で国が補填してくれていたのだ。
さすがにあの国の動きが第三王子の指示だった、なんてことは考えすぎな気もするけど、今回全く損害が保証されるどころか被害が拡大している。
あの聖女も最初はすぐにでも旅に出るのかと思ったら、ずっとこの街に居座っている。
しかも仲間たちが暴れるのを仲介するわけでもなく、好き勝手させている。
さすがに苛立ちを隠しきれなくなった女将は暴れる第二王子たちに向けて言う。
「あんたたち! そのくらいにしないと宿から出て行ってもらうよ!」
「はぁ? 誰に向かって言ってるんだ?」
「宿代はしっかり払わせていただいてますよ? それなのに追い出すおつもりですか?」
威圧してくるジークハルトと蔑んだ目で見てからミハエル。
「それなら次からは正規の値段を請求させてもらうよ! 大銅貨八枚。嫌なら出ていっておくれ」
「はぁ? なんでいきなり値段が十倍になるんだよ!」
「もういいじゃないですか? こんな最悪な店、こっちから願い下げですよ」
「……眠い」
男たち三人はそそくさと出て行ってしまう。
「あっ、ま、待ってください。そ、その、失礼します」
ミリアは一礼だけすると宿から出ていくのだった。
それから王都で販売されている物は全て割引されずに本来の値段で売られるようになった。
大体が十倍以上の値上げである。
ただ普通の人たちはその値段で買っており、聖女一行だけが優遇されていただけだったのだが、そのことに気づいていない第二王子などが声を荒げて文句を言ったことで、彼らの評判は更に落ちていくのだった。
「くっ、これもテオドールの仕業か。なんて姑息な真似をするんだ!!」
「なるほど、かの嫌われ王子ならこの程度のこと、してきてもおかしくないでしょうね」
「……ギルティ」
「そ、そんなことありませんよ。きっと話し合えばそのテオドールさんって方もわかってくれますよ」
そんな明後日な方向の話をしながら追い出されるように王都を出た聖女一行は次の街へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます