悪役王女

 テオドールに助けてもらう少し前。

 ナノワ皇国へと出向いていたリフィル・リンガイアは大きくため息を吐きながらリンガイア王国へ戻っていた。


 アルムガルド王国に援軍を拒否された先の戦いで、リンガイア国王は怪我を負ってしまった。

 その代わりにリフィルがナノワ皇国に助力を請いに来ていたのだ。


 実はリンガイア王国にある結界の魔道具が徐々にその力を失っていた。完全に力を失ってしまっては魔族の侵攻を防ぐ手段がなくなってしまう。

 そんな危機的状況だったからこそ魔道具作りに関しては圧倒的なナノワ皇国にその修理を頼みに来たのだが――。



「まるで話を聞いてもらえませんでした……」

「元気を出してください、リフィル様。まだ交渉を始めたばかりですので」

「そ、そうですよね……」



 騎士団長に慰められるリフィル。

 ただ、リンガイア王国にそれほど時間が残されていないことをリフィルはよくわかっていた。


 すでに結界の古代魔道具アーティファクトは限界に近い。おそらく一回か二回で結界の魔道具は壊れてしまう。


 だからこそ確実に力を借りたかったからこそリフィルが直接出向いたのだが、結果は芳しくない。


 結界の修復が望めないとなると魔族の侵攻を防ぐにはよその国から兵を借りるしかない。

 しかし、一番近くにある国であるアルムガルド王国には既に断られている。



「結界がもう持たないことを話せばきっとわかってくれますよね」



 淡い期待を抱きながらナノワ皇国からアルムガルド王国へと向かうのだった。



 しばらく進んでいると突然騎士団長が立ち止まる。



「リフィル様、あとをつけられています」



 追跡者は巧妙に気配を消しているようで騎士団長に言われてリフィルは初めて気づく。



「私たちに用なのでしょうか?」

「殺気を見せながらやってくる用事は一つしかないでしょう」



 騎士団長は剣を抜き、追跡者に鋭い視線を向ける。



「ここは我々が食い止めます。リフィル様はお逃げください」

「し、しかし……」

「大丈夫です。奴らを捕らえたらすぐに追いかけますので――」



 騎士団長に言われるがままリフィルは一人、逃げ出す。

 見つからないようになるべく気配を消して……。



 ――きっとすぐに迎えに来てくれるはず。



 一応王女のリフィルを守るために王国の精鋭を連れてきていた。

 盗賊とかが襲ってきたとしても簡単に返り討ちにしてしまうだろう。


 そう安心していたのだが――。



「ひっひっひっ、なんだあの雑魚どもは?」



 リフィルが連れてきた兵士たちはみんなこの盗賊たちに倒されてしまったようだ。

 あまり時間を稼ぐことができずにすぐに盗賊たちは襲いかかってきた。


 追い詰められるリフィル。

 じわじわと迫ってくる盗賊。


 必死に逃げていたのだが、石に躓いてしまいその場で倒れてしまう。



「追いかけっこはもう終わりか? ならそろそろ別の遊びでもやろうか」

「た、助け……」



 誰も助けてくれる人がいないとわかりながらも声を出さずにはいられなかった。

 すると――。


 突然、目の前に炎の渦が現れて盗賊たちを飲み込んでしまった。



「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」

「えっ、な、何が!?」



 困惑しながらもすっかり腰が抜けてしまい身動きが取れない。

 そのおかげで炎の渦に巻き込まれなかったのだから、逆に良かったとも言えるだろう。


 すると今度は同威力の水の渦が巻き起こっていた。


 何が起こったのか、正直リフィルにはわからなかった。

 ただこれだけは言える。



「わ、私、助かったの……?」



 未だに信じられなかったが、目の前で倒れている盗賊たちが先ほどの出来事は夢ではないと訴えかけてくる。


 そうなると自分を助けた人間がいるはず。

 そう思ったリフィルは周りを見回していた。


 すると、そこにいたのは同じ年くらいの少年だった。

 信じられないがどうやらこの少年が助けてくれたようだった。


 リンガイア王国の精鋭すら倒してしまう盗賊たちをあっさり一人で……。


 感謝のあまりリフィルは少年の手を握りながらお礼を言うのだった――。




 ◇◆◇◆◇◆




 ジッと目を見られながら素直に手を掴まれてしまうと流石に照れてしまう。

 それが可愛らしい少女が相手だとなおさらだった。



「た、大したことはしていないから気にしなくていいぞ」

「そんなわけにはいきません。あなたは命の恩人なのですから、何かお礼をしないと。あっ、でも今私は何も持っていなくて……」



 リフィルは肩を落として落ち込んでいた。

 むしろそんなことよりも今は自分のことを気にして欲しい。


 至る所擦り切れているドレスは目のやり場に困るものとなっており、俺も視線をなるべく向けないようにしていた。



「それよりもどうして一人でこんなところにいたんだ?」



 理由はわかっているが、ここは聞いておいた方が自然だろう、と質問をしてみる。



「あっ……。そ、そうでした。私を逃すためにカイエンさんたちが……」



 どうやら付き人がいたようだ。

 それならその人のところまではついて行った方が良さそうだ。



「とりあえずそこまで行こう。案内できるか?」

「は、はいっ。ついてきてください!」



 先を案内しようとしているリフィルにそっと上着を被せる。



「流石にその格好のまま人と会うのは良くないだろ?」

「あ、ありがとうございます」



 リフィルがギュッと上着を握りしめると足早に進んで行くのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




「ひ、ひどい……」



 リフィルに案内された先には壊れた馬車が横転しており、兵士たちが倒れていた。



「り、リフィル様……、ご、ご無事でよ、よかった……」



 息も絶え絶えになりながら兵士の一人が話しかけてくる。



「こちらの方に助けられたのです。それよりももう話さないでください。今助けを呼んできます……」

「自分のことは自分がよくわかります……。もう助からない……」

上級回復魔法ハイヒール



 今にも命を落としそうだったので、話している途中ではあったが俺はその兵に対して回復魔法をかける。

 すると、兵士の傷が瞬く間に治っていた。



「えっ?」

「一応治療できたと思うが、痛むところはあるか?」

「いえ、大丈夫……ですが――」



 兵士は信じられない目で俺のことを見ていた。

 ただ他にも今に命を落としそうな兵が多数いる。

 そちらを優先しないといけないだろう。



「それじゃあ他の人も治療してしまうぞ?」

「え、えぇ、お願いしてもよろしいですか?」



 幸いなことに回復が間に合ったようで命を落とす兵はいなかった。

 ただ傷は癒せても体力は回復しない。兵たちはまだ倒れたままであったが。


 ただ、兵の代表であろう最初に回復した男だけは俺の前に座っていた。



「本当に助かりました。私はリンガイア王国騎士団長のカイエン・レイリッツと申します。リフィル様を助けていただいただけではなく、我々まで助けていただけるなんて、感謝してもしたりません」



 カイエンに合わせるように寝たきりの兵士たちも顔だけ上げて頭を下げていた。



 一体何年振りだろう?

 少なくともこの世界に転生してからは一度もこうして素直にお礼を言われたことがなかった。



 それをリフィルやカイエンといった位の高い人たちが見ず知らずの俺にしてくる。

 嫌われ者人生を歩んでいた俺にとってそれだけで感動ものだった。



「き、気にするな。当然のことをしたまでだ」



 実際にアルムガルド王国では傷を負った兵がいれば何も言わずに治療することを強要されていた。

 もちろん当然の義務だからそれに礼を言う人間などいない。


 俺自身がそっけない態度を取るとリフィルは再び俺の手を握り、感謝を告げてくる。



「そんなことありません。一度ならず二度までも、本当にありがとうございます。本当なら国に招いてお礼をしたいところではあるのですが……」

「リフィル様、急がないと……」

「そ、そうでした。で、ですが……」



 リフィルは俺とカイエンの顔を身比べていた。



「国の一大事なんじゃないのか? 俺のことはいいから行ってくれ」



 リフィルは俺の目をジッと見てくる。



「あの……、お願いがあるのですけど」

「……なんだ?」

「私たちの国を助けてくれませんか?」



 リフィルは本当に申し訳なさそうに言ってくる。

 カイエンたちも驚きながらも反対意見は出ていないようだった。


 確かに紛争中なら回復魔法の支援は助かるだろう。

 ただ俺自身、戦う能力はない。

 兵の治療とか、支援魔法を使うくらいしかできないのだ。


 属性玉も固定ダメージだからこそ人には強大な力を発揮したと思われる。

 リンガイア王国に力を貸すと言うことは相手は魔族や魔物である。


 ゲームだとメインキャラたちと比べると魔物達のHPは高かった。

 だからこそ属性玉も効果が少なくなるはず。

 せっかく道具に支援魔法を使うという奇策が使えなくなるのだ。


 そうなるとリフィルが期待しているほどの力を発揮できないのでは、と俺は少し迷っていた。


 俺のことを正当に評価してくれたのは彼女たちが初めてである。

 だからこそそれに報いたい。



 リフィルが盗賊に襲われる、ということは防げたが王国滅亡が防げないイベントだったら結局リフィルは悪役王女になってしまうのではないだろうか?



 彼女を悪役にしない。

 原作を壊す、と決めた俺が今ここで動かない理由はなかった。



「俺にできることは少ないぞ? それでもよかったら手を貸そう」



 俺のその言葉に断られると思っていたリフィルは目を大きく見開き、涙を流しながら嬉しそうに「ありがとうございます……」というのだった。


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