悪役王女を助けてみた
国を出る覚悟を決めたあと、俺は最低限の私物を持つとすぐにまっすぐ王都にある商店へと来ていた。
国を捨てて一人で行動するとなると俺自身の戦闘手段が皆無になってしまうのだ。
一応兄たちに「王子らしく……」と言っていた以上、自分もそれなりには鍛えていた。
ただ、適性がないと能力が上がらないようでまるで強くなった気がしていなかった。
その反面、支援魔法と治癒魔法に関しては王国でも十指には入るであろうほどの腕を持つに至っていた。
それならば俺が国を出て行くことを止めるものが居そうなものだが、むしろ能力を持つものが居なくなって精々した、と考えるものしかいなかった。
すでに国の中枢は腐りきっていたのだ。
もちろんメインキャラのストーリーでは「上昇志向の強い兵たち」とだけ書かれていた。
言い方であまりにもガラッと印象が変わるものだ。
とにかく国の外へ出ると色んな危険がある。
場所によっては魔物がいるし、治安の悪い街道とかには賊もいる。
さすがに戦闘力皆無の俺が手ぶらで歩けるようなところではなかった。
直接戦闘ができない俺でも戦える方法。それは……攻撃系アイテムを使用する事だった。
戦闘力皆無でも当てると固定ダメージを与えることができる。
ゲーム中なら必中だったが現実だとそこまで万能アイテムではないだろう。
それでも俺でも戦闘ができるようにするには必要だった。
ただ、消費アイテムである以上買える数にも限りがある。
それを解消するには……自分が作れるようになるしかない。
ということで、俺は商店へと足を運ぶのだった。
◇◇◇◇◇◇
「……ちっ」
店に入った瞬間に店主には舌打ちをされる。
彼には直接何かしたわけではないのだが、一方的に嫌われているようだった。
正直、客に対してこの接客態度はどうなのだろう?
「嫌なら出て行くが?」
「……何をご所望でしょうか?」
渋々聞いてくる。
いくら嫌っていようとも第三王子である。
名前を名乗ることを禁止されたとはいえ、そのことはまだ広まっていない。
このような態度を取っていては不敬罪を受けることもありうるのだが、そのことはわかっているのだろうか?
もちろん俺はそんなことしたりはしないが。
「ここに書かれているものを用意してくれ」
前もって必要な道具を書いていた紙を店主に渡す。
おそらく出してくるのは粗悪品だろうけど、この際仕方ない。
各種属性攻撃系アイテム。
属性玉と呼ばれるそれらのアイテムはビー玉くらいの大きさで、それぞれの属性に応じた色をしていた。
火属性である火玉なら赤色。
水属性である水玉なら青色。
といった感じだ。
そこに魔力を流した上で衝撃を与えるとその属性効果を発揮するのだ。
その威力は性質に関わらず一定。
しかも、通常攻撃や魔法の方が威力が高いためほとんど死蔵してしまうものである。
というのがゲーム上の仕様ではあった。
もちろん現実になると大なり小なり威力が変わってくるものだが、それは実際に使ってみないことにはわからない。
「……ご用意しました。こちらでよろしいでしょうか?」
店主が持ってきたのは煤こけた大鍋とその中に入れられた属性玉であった。
やはり予想通りあまり状態は良くなさそうである。
「それで構わない」
俺は店主に金を渡し、大鍋を受け取ると店を後にするのだった。
◇◇◇◇◇◇
道具が揃った俺は早速国外へ向けて出発するのだった。
ただ大国であるアルムガルド王国はいくつかの国に囲まれている。
北には仮想敵国であるライゼンフィード帝国。
強大な軍事力を保持しており、特に武力に優れている。その反面、魔法技術はまだまだ発展途上の国でもある。
東にはマディラ砂漠が広がり、その先にアラハ王国があった。
砂漠の真ん中にありながらも貯蔵された水の魔力は圧倒的で孤高のオアシス、なんて言われていた。
南にはナノワ皇国がある。
ここは兵力では帝国や王国には叶わないものの特筆した魔法技術により、
西はラフィス大森林が広がっており、多種族の集落が至る所に存在している。
排他的種族も多く、下手に足を踏み入れると問答無用に襲ってくるのだ。
そして、南西に位置するのはリンガイア王国。
ほかの国々に比べるとかなりの小国で形式上は王国の属国となっている。
兵の数は少なく、南西という裏鬼門に位置するために土地に瘴気が混じり作物もあまり育たない。
いつ滅んでもおかしくないような国だった。
――そういえば先日も救援依頼が来てたな。
常に危機が迫っているにもかかわらずに国として成り立っているのは、かの国に設置されている結界の魔道具によるところが大きいと言われている。
大昔に大賢者と呼ばれる人物が魔族たちに睨みを効かせるために設置したと言われる
リンガイア王国のさらに南東は不浄の大地と呼ばれる魔族の領土があった。
そして、そこを治めるのは圧倒的な武力と魔法力を誇るラスボス、魔王サタンである。
人よりも強靭な魔族たちや無数の魔物を付き従え、人族を滅ぼし世界を支配しようとしている、と言われている。
ただ、結界のおかげで魔族たちはリンガイア王国を超えて襲ってくることは比較的少ない。
防波堤的な役割を担っているのだが、そのせいで何度も侵攻に遭い国はかなり疲弊していた。
――原作だと開始時にはすでに滅んでる国なんだよな。
俺同様に敵キャラの一人、悪役王女と呼ばれるリフィル・リンガイア。
確か、リフィルがナノワ皇国に救援依頼を出した際に盗賊たちに襲われて、絶望の淵の中で国へ戻ると、その国自体も滅びていた、という何とも胸糞な物語である。
そこでリフィルはこの世の全てを恨み、世界滅亡を企む。
ただ、原作主人公の聖女にそれを止められ、第二王子によって城の地下へと幽閉されて、失意の中で息絶える。
原作だとリフィルと戦うときは化け物のようなイラストが使われていたが、元々はすごく可愛らしい少女だった、とも書かれており、それは現実となった今でも伝え聞くことであった。
メインキャラである王子たちがひどい性格であることはよくわかっている。
そんな王子たちのために原作を守る必要なんてどこにもない。
ここが現実だというのならそんな胸糞エピソードも壊すことができるのだ。
悪役で嫌われ王子たる俺が国からいなくなるくらいなのだから、もう一つくらい原作をぶっ壊してしまっても問題ないだろう。
そもそも原作が進んでしまうとメインキャラの誰かが聖女とくっつき、王国の重鎮となる。
ゲームだと幸せそうに書かれていたが、現実と考えるなら、あのキャラたちが重鎮になってしまうと王国の破滅に直結することが容易に想像できる。
むしろ、原作は進んで壊すべきだろう。
俺の安寧のためにも。
それなら向かう国は――。
「ナノワ皇国だな」
リフィルが襲われるのをまず防がないといけない。
それなら襲われる場所であるナノワ皇国へ向かうのが一番だった。
そう考えた俺は早速行動に移すのだった。
◇◇◇◇◇◇
ナノワ皇国に向かいながら俺は属性玉の性能を確かめていた。
やはり商店で買った属性玉は弱い魔物の代表格であるウルフやスライムなどを追い払う力はあっても倒せるほどの威力は出なかった。
ゲームの固定ダメージでは倒せていたので、やはり威力の変動はあるようだった。
あと、ほとんど逃げなかった魔物たちもこの世界だとダメージを負ったらすぐに逃げ出していたのは収穫点だった。
命の危険を感じても襲ってくるなんておかしすぎるからな。
あと一撃受けたら死ぬような状態で通常攻撃をしてくるようなAI的攻撃をする魔物はいないということだ。
これは色々と戦略を組みなおす必要がある。
でもなによりの収穫点は属性玉を錬成できたことである。
煤こけた鍋を購入した理由がまさにここにあった。
大量に購入してもいずれなくなるなら自分で作るのが一番だと思っていた。
もちろん、ゲーム通りの素材で作れるのかは賭けだったし、作り方もただ鍋に放り込むだけじゃないことはわかっていた。
それでも比較的手に入りやすい素材で作ることができるため、何度も挑戦することができたのだ。
もちろんまだまだ出来は粗悪品である。
商店で買ったものと同威力程度しか出せないので改良の余地はあるのだろう。
「そういえば魔法って道具にも使えるのか?」
基本的には戦闘中に使うってイメージが先行していたが、この世界は様々な魔道具で溢れている。
これらも一応魔法の道具ってことになる。
そう考えると普段から魔法を使えるのは不思議ではない。
それに対象も敵ばかりでなく、他のものに使えてもおかしくない。
一撃で魔物を倒せない火玉もちょっとバフを盛ってやれば……。
支援魔法も極めれば使用者の魔力に応じて最大で二割くらいまで上昇することができる。
そこに更に他の能力に制限をつけることで倍近くまですることは可能ではある。
ただあまりにも威力が低い属性玉だとその効果が実感できないかもしれない。
王女襲撃イベントの前に色々と試しておきたいと思っていたのだが、そんな時に遠くの方から悲鳴が聞こえてくる。
「た、助け……」
可憐な少女に迫る数人の盗賊たち。
少女は悪役の時の姿とは少し違い、鋭い目つきではなくどちらかといえば優し気なたれ目をしているが、栗色の長い髪や整った顔立ち、小柄な体つきなどはそのままである。
どうやら彼女が悪役王女、リフィル・リンガイアなのだろう。
――しっかり準備をしてからイベントに臨みたかったな。
心の中で悪態をつきながら俺は手に持った属性玉を投げつけていた。
従来の威力なら焚火程度の火が表れて一瞬で消えるのだが――。
目の前には巻き上がる炎の渦。
一瞬で消えるどころか周りにいた木々や草まで燃え上がっている。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」
どこから聞こえる叫び声。
あまりにも高すぎる威力に盗賊だけではなくリフィルにも被害が出たのでは、と心配になった俺は慌ててそちらに駆けつける。
「だ、大丈夫か!?」
火が消えたあとの場所へと向かうとリフィルは腰が抜けたようで、その場に座り込んだまま茫然と倒れている盗賊たちを眺めていた。
――どうやら彼女には当たらなかったようだ。
俺はほっと溜息を吐く。
「わ、私、助かったの……?」
リフィルはまだ呆けている様子だった。
「よかった。ギリギリ間に合ったようだな」
俺が彼女に手を差し出すとようやく俺のことに気づいた様子だった。
「あ、あなたが助けてくださったのですか? ありがとうございます」
手を取ったリフィルは頬を染め、笑みを見せてきて、思わず俺も心臓の鼓動が早くなる。
その姿は悪役王女と言われた面影はまるでなく、聖女と言われても不思議ではないほどであった。
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