忍ぶれど恋
ぷーすけ
第1話
しのぶれど 色に出でにけり わが恋(こひ)は ものや思ふと 人の問ふまで───
私は筆を折りました。
喩えではなく、本当に折ったのです。
どんなにいい物をと探しても、貴方に見せられるような綺麗な言葉が出てこないのです。
大学の偉い先生方に聞いたら八面玲瓏な一言でも教えて貰えるのかもしれませんが、それを恋文に使うなどとどうして打ち明けられるでしょうか。
人が思うと書いて偲ぶとはよく言ったものですが、今の私は世間の目から隠れてまるで忍んでいるよう。
使い物にならなくなった筆をくずかごに捨てて、私は机に頬杖をつきました。
甘いものでも食べたら、少しは言葉も出てくるかしら。そう思って、袴に着替えると、家からほど近い甘味処に羊羹を買いに行ったのです。
「芋羊羹ください」
私が言ったのと同時に、誰かが後ろから同じ事を言いました。
振り返った私の顔が無花果のように赤くなったのは何故でしょう。ええ、それはさっき迄書いていた恋文の宛先が、そこにいたからなのです。
貴方は少し驚いて私を見てから、太陽が優しく照らすような笑みで言うのです。
「おや、君も好きなのかい?」
私は、できる限りお淑やかに、平静を装って、微笑み返しました。
「ええ、好きですよ」
羊羹が、とは言いませんでした。いいえ、貴方が好きなのです。
けれど、貴方は羊羹がと受け取ったのでしょう。
「一緒に、食べていくかい?」
私の心臓は今にも口から飛び出してしまいそうに跳ね上がりました。
忍ぶのです。
私は口に手を当ててにこりとひとつ笑みを零して言います。
「ええ、是非」
考えていた恋文の内容は、すっかり頭から消えてしまいました。
忍ぶれど恋 ぷーすけ @puusukepuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます