【14】意外と……

さて、まずは最初の記憶だ。

玉響家は中々歴史が長い名家の一つだった。

そんな長い家ともなると色々な風習がある。

服装から風水的な家具の選び方置き方等その種類は数多に渡った。

そして家名に恥じぬ実力も身につけるように言われた。

物心がついてからの最初の記憶は弓道場で僕を殴る父親の姿だった。

大方僕に才能なんて無かったんだろう。

出来損ないで一人っ子だった僕にアイツはよく怒っていた。

一人っ子だということから来る焦りもあったのだろう。


「どうしてお前は!」


アイツの口癖だった。そして僕が聞いた最期の言葉だった。

大雨の日、山道での運転で道を外れたことによる落下死だったらしい。

……普通、親の葬式では泣く人が殆どらしい。

では泣かず、動揺せず、不動を貫いた僕は人としても出来損ないなのだろう。


「あの子、親が死んだってのになんで泣かないのかしら」「気味が悪い」「気持ちが悪い」「父親も浮かばれないでしょうに…」


そんな声も聞こえた。

僕に同情する声なんてひとつも無かった。

そしてその日から、今度は母親が狂い始めた。

母も父親からの名家の態度の強要に疲れていたのだろう。

起きたら殴られ、寝ていても殴られ。

変貌した母によるそんな生活が数日続いたある日、連れ出された散歩の途中で突然母親が僕を殺しにかかった。


「お前のせいで。お前さえ居なければ」


そういう母は見た目で分かるほど狂気に満ちていた。

包丁を持ち半狂乱で襲いかかる母親を僕は諌める事は叶わなかった。

気づいた時に広がった景色は、一面に広がる血の海とその中で倒れる母親、そして立ち尽くす僕だった。

血の海に立ち、濁るほどに彩った自分の手を見て、すぐに父から教わった武術が役に立ったと気づいた。

しばらく呆然としていると警察が僕の所に来た。

そこからの記憶は無かったが、事情聴取などをされていたんだろう。

次に思い出せる時は母親の葬式であった。


「あの子、人殺しなんでしょう」「恐ろしい」「悪魔の子なのよ」「奥様…かわいそうに」


誰も僕に同情しない様子を見た時、初めて自分は生まれた頃から孤独だったことに気づいた。


……どうしてこんなにも。

どうしてこんなにも世界は無情で苦しいのだろうか。


そこからの記憶はまた曖昧だった。

僕は未成年かつ精神的に不安定な事、平常時から虐待を受けていたこと等が判明し、罪については問われなかったそうだ。

……どうせなら殺して欲しかった。終わらせて欲しかった。

様々な事があった事により、僕は住む場所を変えることになった。

都会とまではいかないものの、自然溢れる豊かな土地だった。

そこで新しい学校に通い始めたが、当たり前ながら友人関係の構築は望めなかった。

しかしながらその場所ではある事が違った。

僕のことを気にかけてくれる人がいた。

彼は自身のことを「浅野」と名乗った。

どうやら教授をやっているらしい。


「こんにちは。君が玉響久遠くんかな?」


「……え。そうですけれど…何か用ですか?」


「ああいやそういうのじゃなくてね。ちょっと気になってたから声をかけたまでだよ。今時間いいかな?」


「良いですけれど。浅野教授が僕みたいなのに話しかけたらイメージ悪くなるんじゃないですかね」


自分でも分かるほど気だるそうに答えた。


「いやいや良いんだよ。私が話したいだけだから」


「はぁ…そうですか」


変な人だな。心の中で僕はそう思った。

今まで僕に話しかける人なんていなかったし、僕のことを見るだけで悲鳴をあげる女子もいた。

ネットワークが確立されたこの時代では、僕のようなヤツの情報も沢山入るようだ。

それなのに、僕の事を知っている筈なのに、何故この人は僕に話しかけるのだろうか。

そんなことを思いながら浅野教授との会話は始まった。

内容は至極普通で、大学での生活はどうかとか、友人関係はどうかとかの話をした。

どこをどう見ても普通の会話だった。踏み込まれた質問も、他人の事を顧みない質問も来なかった。

そこで思いきって聞いた。


「浅野教授。なんで僕みたいなのに関わったんですか?」


すると教授は少し困った顔をした。


「うーん……強いて言うなら僕には人を見る目があるって事かな」


「……はい?」


「あぁごめん。分かりづらかったね。私はまず平和が好きなんだ。出来れば何も争う事無く生活したい。そして平和の為には人との関わりが大切なんじゃないかなって」


「なる…ほど?」


「色んな人に関わっているんだけど一つ確信していることがある」


「…なんでしょう?」


「君は優しい子だってことだ」


「でも僕は…」


言いかけた所で教授が被せるように話す。


「ハッキリ言っておくが私は君が悪いとは全く思っていない」


それは言われたこともなければ自身で考えた事もなかったものだった。


「あくまで自衛だったんだろう?なら君が気にすることなんて無い。自分を守るのは当然だ。そして、死という概念はどんなものよりも一番近い存在だ。それに、私には見る目があると言っただろう?君は我々人生の先輩が多少無理にでも責任をもって対応すべき人間に見えたからね」


その時視界が晴れるようにスッキリした。

いや、独りよがりの感情だったのかもしれない。

だがどうでよかった。

たった少しの会話だったが、救われた気がした。

それからの会話はなんとも変え難い楽しい会話だった。


やっと人としての生活を手に入れたような気がした。


その次の日に、車に轢かれるなんて誰が予想出来たのだろうか。

どうやら神様はどうやっても僕に不幸でいて欲しいようだった。

……はは。考えれば考える程に神というものは何とも理不尽で傲岸不遜何だろうか。

僕は死ぬ間際そう考えていた。


「まぁ、こんな感じかな」


「それは何とも…すまん。嫌な事を思い出させてしもうたな」


「いや気にしないでいいよ」


言葉に反し依然としてクオンの表情は暗い。


「慰めにすらならんかもしれんがな。お主は悪くない。置かれた環境によって如何様にも変わったであろう結末の一つじゃ」


「そうだね。ありがとうイズモ」


「さて。約束通り次はわしか?」


「そうなるかな」


「何を聞きたい?できる限りの事は教えよう」


「うーん。それじゃイズモ、妖力を使った戦いを教えて」


「ん?わし自身の事は聞かなくていいのか?」


キョトンとしたイズモはそう問う。


「今のままじゃただの足でまといだし、少しでも役立つ良い知識が得られるなら嬉しいかな」


「ほうほう。それは殊勝な心がけじゃな。よし、それじゃ二つ教えてやろう。妖力と遺物について」


「遺物?」


「そうじゃ。クオン、クイナ様を覚えておるか?」


「覚えているよ。お面に宿った神の残滓だっけ?記憶とか何とか」


「そうじゃ。その記憶が宿っていたお面自体が人と手では作りえぬ神代の傑物。遺物と呼ばれるものじゃよ」


「なるほど…」


ん?待てよ?人が作れないなら誰が作ったんだ?


「イズモ…それ誰が作ったの?」


「無論神に決まっておる。旧神しかいない時代に作られたんじゃからな」


「えぇ……クイナ様って一体……」


「さぁな。ただ全能神に近いものらしいぞ。まぁ人では理解出来ぬ領域の話じゃな」


「流石旧神を全員治めただけはあるんだね…」


「ただおかしな所もある」


「おかしな所?」


「あぁ。普通旧神やその他の神は何かを形取り最初から神として君臨するものが殆どじゃ。しかしクイナ様は旧神を治める直前まで一切記録や神話にも登場しない謎多き神なんじゃ」


「記録に登場しないって……急に出てきたってこと?」


「そうじゃ。だからクイナ様の出自には数多の説がある。じゃからわしはそれ等が知りたくてこの旅をしておる。ただ……」


「ただ?」


少しだけイズモは険しい顔をする。


「前にも言った通り神は何を考えているのか分からん。人間や妖の思考の領域でものを考えておらんからな。それ故の理不尽さ、残酷さなのじゃがな」


「確かに鹿神は凄かったね…」


「思考が違うどころか価値観さえ違う相手じゃ。向こうからしたらわしらの命なぞ指先で転がして遊ぶ程度のものじゃろうな。捨てられた玩具の行く末なぞ話すまでもあるまい」


「恐ろしいね……」


「まぁな。そしてクオン、お前には有り余るほどの妖力が備わっておるが少し変でな」


「変?」


そう聞くとイズモは訝しげな顔をする。


「うむ……何と言うか、妖力はあるのじゃがどうにもそれを出せない感じでな。ちょうど栓をされているかのように」


「え…?なんでだろう?」


「そこが分からん。例えどんなに強く技術に長けた者でも妖力は少しづつ漏れ出ていくものじゃ」


「じゃあもしかして僕はイズモみたいな妖術使えない感じ?」


「そうなるのう。ただ…」


「ただ?」


「クオン、ちょっとこれを持ってみろ」


そう言ってイズモは自身が持っている御札を僕に持たせる。


「えっとイズモ?これで何が…」


「ふむ。やっぱりじゃ。クオン、お前遺物を持ってる時だけ妖力が出ているぞ」


「……へ?」


思わず変な声が出る。


「いや前に村で怪異を祓ったじゃろう?その時には出ていたから不思議に思ってな。元より妖力を出せないと遺物は使えぬし」


「ん?ちょっと待ってイズモ。遺物って神代の時に神に作られたものなんだよね?なんでイズモがそんなもの持ってるの?」


「ああ言ってなかったかの?まぁ色々あったんじゃが、これは昔神が書いた陣を書き写したものだからの。しかしこれまた不思議なことにわしとわしが認めた者しか使えぬ。まぁ不便はないが」


「へぇ〜じゃあもしかして僕は遺物だったら武器にできるのかな?」


「まぁそうなるのう」


「いいね。少しだけでも戦える希望が見えたよ」


「なら良い」


そうしてその後数刻を会話に費やした。

すると横で寝ていたコトハが起きる。


「う、ううん……」


「あっ起きた」


「起きたのう」


コトハはゆっくりと体を起こすと、眠たそうな目でこちらを見る。


「どうかの?ゆっくり眠れたか?」


「はい、おかげさまで……」


まだ警戒心は解けてはいないようだ。大丈夫。イズモがそれを解いてくれるはずだ。


「コトハ」


「はい…?なんですか?」


「戦うぞ」


「………はい!?」


眠たそうな目から一転、驚きに満ちた瞳になったコトハと僕をよそに、イズモは続ける。


「色々確かめたいこともあるからの。戦うのが手っ取り早い」


「えっいやでも………」


少し引いてるコトハの目の前に行き、イズモは満面の笑みでコトハの顔を覗き込む。

……最早ホラーである。


「さぁ行くぞ!村の裏にちょうどいい広場があるからのー!」


「えっえっ!?えーーー!?」


そう言ってコトハを引きずって攫っていくイズモに、僕は思った。


「……イズモって意外とバーサーカーなのかな?」


そう一人呟いてからあとを追いかけた。

何だかちょっと面白くなってきた。

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