【13】コトハ
私に幸せな記憶は無かった。
早く死ねばいい。どうしてお前なんかがと親に何度も殴られた。
顔を、腹を、脚を、首を、純潔が奪われた日さえ思い出せない。
毎日苦痛に耐えながら生きた。
その日はいつもよりも殴られた。
そこからの記憶が無い事を考えるに、私は親に殴り殺されでもしたのだろう。
嗚呼、死んでこの世界に来てからも良いことは結局無かった。
……狂おしいほどに願った人並みの安寧。
そんなもの私には訪れないのだろうか?
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誰かが話し合っている声がする。
小さいが灯りも薄く見える。
私は痛む身体をゆっくり起こす。
そうして辺りを見回すと、顔に布を被せた変な人と、綺麗な狐耳を生やした妖がいた。
私はその人達に見覚えがあった。
朧気ながらも思い出せる記憶によると、私はあの化け物に操られていた所を助けて貰ったらしい。
「あっ起きたよイズモ」
面布の男がそう言うと、狐の妖も反応する。
「起きたかの。今お主の分の鍋も作っておるからな」
意識はまだ朧気だったが、私は気になっていた事を訊ねる。
「……ここは?」
「ここは僕らが借りてる宿だよ」
「ん……あなたは?」
「自己紹介がまだだったね。僕はクオン、でそこの狐の妖はイズモって言うよ。まだ意識が朦朧としているみたいだけど大丈夫?えーと……」
「コトハ…」
「え?」
「私の名前……コトハって言う」
「コトハね。よろしく」
どうやら悪い人間では無いらしい。
少なくとも殴られることは無さそうだ。
「自分が今まで何してたかとか覚えてる?」
「私が……?」
そこで私はハッとする。
自らが殺した人間の悲鳴、苦悶に満ちた表情、全てを思い出し震える。
「わた……私……私が…あれを……」
罪悪感から呼吸が重く早くなる。
頭を抱えうずくまる事で何とか発狂はせずにいた。
全身の震えは未だ収まることを知らない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
涙を浮かべそう呟いていると、不意に狐の妖に抱擁される。
「ほれ、そう気負うでない」
「で、でも私……私が…」
「お主は操られていたんじゃろ。生命は再起しないし過ぎたことはどうにもできん。だからお主はこれから何を成すかでせめてもの償いをするがいい。それに、この世界は死は普遍で絶対のものじゃ。お主の事を伝えたらの。『貴方は悪くない』と言っておった」
「…え?」
「あやつらはお主のことを恨んではおらんよ。全てあのクソ蛇がやった事。じゃから、今は何も考えず休んでいるとよいぞ」
「そう……ですか…。ありがとう…ございます」
罪悪感は消えない。しかし、その一言で救われた気がした。
そうして泣き疲れたのと安心したので急に眠くなった私は、イズモ達に言われた通りに休むことにした。
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コトハが寝た事を確認した僕達は、また先程まで居た場所へと戻り、作っておいた鍋を食べた。
「……うん!美味しいね。野菜にもしっかり染みてる」
「美味じゃの。しかしクオン、コトハについてなんじゃが、この後はどうする?どうにも完全には罪悪感が消えてないようにも見えるがの」
「そこは本人の問題だからね。多分時間が解決してくれるんじゃないかな。にしてもコトハ…荒んだ目をしてた」
「……たしかにな。まだ若いおなごがして良い目ではなかった。何があったのかのぅ…」
「思い当たることは色々あるよ」
イズモが不思議そうに僕に聞く。
「ほう。何故そんなことが分かるんじゃ?」
「……昔の僕と同じ目をしてたから」
「…前に言っておったの。家庭がどうたらと」
「うん。僕も結構"訳あり"だったから」
「…何があったか聞いても良いかの?」
「イズモはこの話聞きたいの?」
「そうじゃな。共に旅をする仲じゃ。何か助言を出せるかもしれんからの。ただわしが言わないのでは不公平じゃな。お主が言ったら、わしも一つ教えるとしよう。仲間として、隠し事はない方がよいじゃろ」
「そうだね」
そう言い僕は食器を床に置く。
他人にこの話をするのは初めてだ。
あの事を思い出す。あれを……。
……今僕の目は凄まじく荒んでいるんだろう。
だって目の前のイズモも少し驚いているのだから。
「じゃあ話そうか」
そう言って僕は昔の話。僕がまだ別の世界にいた時の話を始める。
夜はいっそう更けていく。
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