【12】大蛇と蜘蛛
眼下に町を発見した僕らは、そのまま真っ直ぐと向かっていった。
着くのに時間は数時間とかからなかっただろう。
遠くから見ると小さな町に見えたが、意外と大きな町であった。
そこは木造建築物が建ち並ぶ宿場町であった。
町の入口であろう門には"最端の町『灯籠町』"と彫られた木の看板が立てかけられていた。
最端?海も何も無かったのに?
不思議に思ったがまずはやる事がある。
そう。温泉があるかどうかだ。
いや待て。分かるぞ?なんで温泉ってなるだろ?
ただ考えて見てほしい。
いくら僕達が川沿いに歩こうとも温泉は無い。
そして旅の途中に川に入ろうにも冷たすぎる。
そう冷たすぎるのだ。
だから今すぐに温泉に入れる宿を探さねばならない。
「よし。泊まれる所でも探そうか」
僕がそう切り出すと、イズモも同意する。
「そうじゃの。少し歩いてみるか」
そういうとイズモは妖術で尻尾と耳を隠す。
「おお便利」
「まぁな。人里を歩く時には必要じゃからな」
そして歩き出すと、すぐにレトロな町並みが連続して現れた。
そうして町を見ていくうちに、町の端に落ち着いた風貌の宿を見つけた。
「ここでいいんじゃない?」
「そうじゃの。移動にも困らんだろうしここで良い」
僕らはその宿の女将さんに挨拶をし、無事に宿を借りることが出来た。
どうやら近くに温泉を経営している店もあるらしく、明日はそこに入ってから出発しようと決めた。
その夜の事だった。
昼間に聞きたかった事を思い出し、イズモに聞いてみることにした。
「ねぇイズモ。ここの入口の看板に最端の町って書いてあったんだけれど、最端ってどういうこと?」
「ん?あぁ知らんのか。ちょっと待っておれ」
そういうとイズモはどこからともなく大きな地図を取り出した。そしてその地図の右端と左端を指しながら話し始める。
「この世界は中心に人の住む区域がありわしらは今そこにいる。わしらが今まで歩いてきたのは全てこの人間世界の外"神域"と呼ばれる場所じゃ」
「神域…」
なんと。今まで歩いてきたのはこの地図のたった数センチの線で表せる部分だったのだ。
「この区域は簡単に言えば神々が住まう場所じゃ。何がいるかはわからん。しかしたまに良いものを見つけることもある。文字通りハイリスクハイリターンな場所じゃ」
「そんな場所があったんだ。じゃあここは安全な場所なんだね」
「いや。そうとも限らん」
「え?」
「たまにじゃが神域や数々の魑魅魍魎達が村や人の住む地域に降りてくることがある。」
「どんな感じのものが来るの?」
「それは分からん。妖は多いものでな」
「そうなんだ」
「ああそうじゃ。クオン、ちょっと頼みたいことがあっての」
「なに?」
「お主に妖力があるのは前に言ったじゃろ?それについてなんじゃが、わしがお主に妖術を教えるまでちょっと妖力タンクになってくれぬか」
「え?……なるのは良いけど、妖力の渡し方とか知らないよ?」
「それは大丈夫じゃ。勝手にこっちが貰っていくからの」
「そ、そうなんだ…。まぁ確かに今僕の役割は
殆ど無いからね。それでいいよ」
そんな応答をしていると、突然外が騒がしくなっていることに気づいた。
「何だろう?」
すると突然部屋の戸が開き、この宿の女将さんが姿を現した。
「夜分遅くに大変申し訳ありません。旅人の御二方」
「どうかしました?」
「"血蜘蛛"が出たのですが、我々では手に負えないのです。どうかお力添えをお願いしたく」
「あの…血蜘蛛ってなんですか?」
「近頃この付近で騒がれている妖の名前です。妖とは言っても血蜘蛛は人型ですがね。その血蜘蛛が最近この辺りで道行く人を殺して物と死体を奪っていくのです」
「なるほど…。イズモ」
僕の声に反応するようにイズモがこちらを向く。
「分かっとる。助けたいんじゃろ?好きにするといい」
「ありがとう。それで、その血蜘蛛の特徴とかは…」
「特徴ですか……。実は血蜘蛛は夜に人を襲うので顔を見たものはいないのですが、この辺では全く見かけない『明らかにおかしい服』を来ていると言いますか…」
「おかしい服…?」
「はい。それがなんと言えばいいのか…。顔を隠すための服でしょうが、なにぶん初めて見る服なので。でも特徴的なものは黒い服です。それも足の方まである小袖のような長い服です」
「見たことがない長い服……まあ実際に見るまではなんとも。探してみますね」
「お力添えに感謝します」
それから少しして、僕らは村の入口に戻った。
「よし。ここから道沿いに歩いてみようか。それにしても、こんな急な事だったのにありがとうねイズモ」
「なぁに。ちょいとおかしい服とやらがどのようなものか気になっただけじゃよ」
「……よし。行こうか」
そうして僕らは森の奥へと歩き始めた。
暗い森の中、夜風に紛れて虫の音だけが聞こえる。
それから数十分は歩いた頃だった。
唐突にイズモが小さな声で僕に語りかける。
「……ん。何か来ている」
「え?」
「しかも中々強い。これでは確かに村人では対応出来んな」
「僕には何も感じないんだけど……」
「また後で教える。今は目下の予定に目を向けよう」
そう言うとイズモは立ち止まり後ろを向く。
「おい!付けてきているのは分かっておる!出てこい!」
するとイズモが見据える先から声がした。
「……バレちゃった」
その声と同時に、僕らの四方から無数の糸が鋭く飛び出す。
その糸が僕の肌に触れそうになった瞬間、青白い紋章が出現し盾となった。
「…危なかった。ありがとイズモ」
「礼には及ばん」
また奥から声が聞こえる。
「……防がれた。1000年生きた大樹でも切り倒せたのに」
それを聞くと少しイズモは自慢げに言う。
「ハッ!わしの妖術とそこいらの木を一緒にしてもらっては困る」
するとイズモの見据える先、その横の草むらから女の子が気だるそうに出てきた。
「……なら本気で殺すまで」
夜に溶け込むためであろう漆黒のロングコートに付いているフードを深々と被り込むその女の子は、少し力の籠った言い方をした。
ここで僕はある事に気づいた。
……ロングコート?
"この世界に?"
この世界でロングコートを見るのはおかしいのだ。なんせここまでの人々の殆どが甚平や着物を着ていたからだ。
ロングコートを着るどころか、そんなデザインの服のイメージすらこの世界の人々は湧かないだろう。
それなのに、それなのにだ。
目の前にいる女の子は足元まで伸びるロングコートを着ている。しかも若い。僕と同じくらいではないだろうか。
明らかにこの世界観にそぐわないその女の子は、ゆっくりと僕らを見据える。
透き通るような蒼い瞳と目が合った。
「狐の人と面布の人。恨みは無いです。けれど死んでください。私の為に」
そう言うと女の子はフィンガーレスの手袋を付けた手を引く。
すると僕らの両脇に生えていた木が根元から割れて宙に浮き、僕らを挟むように放たれた。
「ちょっと借りるぞクオン」
その声とともにイズモは両の手を突き出した。
突如として轟音が響き、気が付くと飛んできた木は粉々に吹き飛んでいた。
「まぁこんなもんじゃろ。妖力を撃ち出すだけじゃが、やはり楽で手っ取り早い」
いや粉々なんですが。これが楽とは?
僕と同じく、ロングコートの女の子も驚いている様だった。
「……嘘。こんなに強いのがいるなんて」
「そうじゃろそうじゃろ?降参するなら今のうちじゃぞ」
「無理」
イズモの忠告を聞かずに、その女の子は何度も何度も糸を放つ。しかしどんなに糸を放とうとも、イズモは涼しい顔をしてそれを防いでいった。
そんな時間が十秒ほど続いた頃だろうか、急に攻撃の手は止んだ。
「おっやっと降参するかの?」
「いえ。どうやら私では勝てない様なので、逃げます」
そう言うと同時に、何かが空から落ちてきた。
地面と激突する重い音を出し、土煙を吹き上げたソレは、恐らく10mはあるであろう大きさの鴉であった。
ひょいっと軽くその鴉に乗ると、女の子は呟く。
「はぁ……今日は収穫無しですね。神様に怒られちゃうな」
来た時と同じく土煙を一気に吹き上げると、女の子を乗せた鴉は天高く飛び上がっていった。
イズモはその間何もしようとしなかった。
「いいの?逃がしちゃって」
僕がそう言うと、イズモは顔をこちらに向ける。
「何を言っておる。敢えて逃がせば敵の拠点まで案内してくれるじゃろう?さぁクオン。見失わぬ内に追うぞ。」
「なるほど、了解」
そう言って僕らは走って鴉を追った。
そしてその道中イズモが変なことを言ってきた。
「そう言えばクオンよ。あやつ何かに操られている様じゃがどうする?」
「え?」
「本当に操られているのかは分からんが何かしらの干渉は受けておる。まぁろくなものではないのは確かじゃ」
「操られているのか……意外と話せば分かってくれるかな?」
「分からんがやるだけやってみろ。あやつの攻撃じゃどうせわしらには当たらん」
そう言いながら森の中を駆け回る。
それから数十分走った頃、急に視界が開けた。
そこは横幅5m程の大きな滝が切り立った崖から流れていた。
そしてその滝つぼには点々と石が飛び出ており、中心部分と思われる所には小さな祠が、滝つぼの端には石を切り取って作ったのであろう鳥居が建ててあった。
「うわぁ…綺麗な所だね」
「そうじゃな。しかし変な気も漂っておる。気をつけるんじゃぞ」
僕らが話していると、何処からか声が聞こえる。
「…まさかこんな所まで着いてくるなんてね」
声の方向を察知し上を向くと、先程の女の子と鴉が空から落下するように降りる。
「私じゃあなた達を殺せない。だからオロチに殺してもらう」
「……は?」
今までに聞いたことがない明らかな憎悪の念を込めてイズモがそう呟く。
同時に、森が、山がざわめき始めた。
まるで、大地が恐怖で身震いするかのように。
その直後、滝つぼの中から何かの影が見える。
「……なんだ?」
ドォオォオオンと轟音が鳴り響き、滝つぼから大量の水しぶきが上がる。
水が雨のように降り注ぐ中、だんだんとそれは姿を現した。
それは八つの首を持ち、深い緑の鱗を持つ蛇。
僕が知るものと照らし合わせて言うならば、古くから伝えられる《八岐大蛇》そのものであった。
「さぁ八岐大蛇様。存分に」
そう言うと大蛇は当たり前かのように話し始める。それは深い深淵から登ってきたかのような低い声だった。
「…ほぅ。妖力も高いな。これは良い獲物だ…」
そう言う大蛇をイズモは静かに、しかし怒りに満ちた目で睨んでいた。
「……クオン」
「どうかしたの?」
「アイツはわしが確実に殺す」
「…イズモ?」
ここまでの道中で感じた事がない"本当の怒り"が漂っていた。
「……んぅ?」
大蛇はイズモと目が合うと同時に、狂気の笑みを浮かべた。
「これはこれは…誰かと思えばイズモではないか。こんな辺境の地で出逢えるとは何たる幸運。貴様を食らえる日をどれほど待ちわびたことか」
「……忌々しい。わしの同胞を食い散らかしたクソ蛇が。よもやこんな所で身を潜めているとはな」
「もう何百年も前の事じゃないかァ……ククク…しかしまぁ、かつての仲間に裏切られ食われていった奴らの顔は見ものだったぞぉ?」
「わしに一度も勝てなかったから同胞を狙ったクソ蛇如きが。口だけは達者になったようじゃな?」
「………面白い」
そう言った直後、八岐大蛇の体が光り輝き始めた。そうして光が止むと、八つ首の大蛇は消えており、代わりに緑の髪をして、荘厳な服を着た男が立っていた。
「貴様にはこの姿の方が印象に残っているだろう?安心しろ。すぐに殺して食ってやる」
そう言うと男は手をこちらにかざす。
すると男の周りの土が盛り上がり、蛇のような形を作って僕らの方へと襲いかかった。
「……ふん」
そう言いイズモは、糸を防いだ時のように攻撃を防御する。
すかさずイズモは懐から人の形を象った紙人形を取り出す。
「往け。ヒトガタ」
そうイズモが言うと、紙人形は青く輝き、男となった大蛇へと鋭く飛んでいく。
紙人形は男にぶつかると即座に爆発し、土煙を吹き上げた。
イズモは止めずに何度も何度も紙人形を撃ち込む。
しかし土煙が消えると、そこには土煙で出来た壁があった。男は嗤う。
「クハハハハハッ!無駄だ!我は大地の神!我を相手取るということは、この大地そのものと対峙すると思え!!」
僕らの周りの地形が盛り上がり、今にも僕らを押し潰さんと威嚇をする蛇のような形をとる。
「クハハハハ!!大地の力の前にとってはどのような力も些事に過ぎぬのだ!さぁ死んで貰おう!そして貴様らを食らい更なる高みへと向かおう!」
「……はぁ。つまらぬ」
突如として隆起した壁が全てホロホロと雪のように落ちだし、男の周りに黒い膜が張って包んでいく。
「な!?」
「大地の神じゃったかな?随分と傲慢に語ってくれたがのぅ。お前の目の前にいる妖はな、幾千幾万の妖を従えてこの世界そのものである神に刃向かった大妖怪じゃぞ」
イズモの気配、恐らく妖力であろうものが膨れ上がり、大気を震わせる。
「バカな…!?こんな筈では…」
「それじゃあの。『残りの首』も次は逃さぬぞ」
「クソがぁ!貴様ら……ッ!」
「「次は絶対に殺す」」
時を同じくしてイズモと八岐大蛇がそう言うと、イズモは男を覆っていた膜を潰した。
グシャッ。
中に入ったものを潰すと、黒い膜はスウッと地面へと溶けていく。
「はぁ。すまんかったなクオン。柄にもなく怒ってしまった」
「いやいいんだよ。何か事情があるようだし」
「すまんな。ところで、アレはどうする?」
「アレ?」
イズモは入口の鳥居の付近を指す。
そこにはあの女の子がもたれ掛かるように倒れていた。鴉はどこにも見えなかった。
「干渉していたものがいなくなったからのう。起きそうか?」
「ちょっと確かめてみるね」
そう言い僕はぺしぺしと優しく女の子の頭を叩く。
しかし女の子は唸るだけで反応はなかった。
「気を失ってるみたい」
「そうか。ならば話を聞く為にも一度町に連れ帰った方が良さそうじゃの」
「そうだね。僕が担いでいこうか?」
「いや。その必要は無いぞ。またわしの紙人形の出番じゃな」
イズモは紙人形を四つ取り出すと、宙に浮かべて命令する。
「ヒトガタ。この者を町まで運べ」
すると紙人形は女の子の下へ入り込み、その体を持ち上げる。
「小さいのによく持ち上げられるね」
「そりゃわしの妖力を沢山詰めたからな。元々コレを作った時に入っている妖力でも十分なんじゃが、もしかしたら道中目を覚まして暴れるかもじゃからな。用心するに越したことはないじゃろ?」
「確かにそうだね」
その後は町でやりたい事や食べたいものを話したりしながら帰ったが、宿に寝かせるまで女の子が起きることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます