【11】神休めの神樹
朝珍しく早く起きた僕は登り始めた朝日を欠伸をしながら見ていた。
先日は暗くて良く見えなかったが、意外と高い場所に居たらしい。峠道から下を見下ろすと、どこまでも続く緑色の雲海を目にした。
ぼんやりとした空には見たこともない鳥や生物が空を舞っていた。
着けている面布を撫でるように風が通り過ぎていく。
こういう時人は望郷の思いに駆られるのだろうが、あいにく僕にはそんな感情は湧かなかった。
少しして、イズモも起きてきた。
寝相が悪かったのか金色の耳の間にアホ毛が出来ている。
「ふぁ……なんじゃ早いの」
「まぁね」
一言会話を済ませると、僕らは朝食と出発の準備をした。
すると突然イズモが不思議そうに呟いた。
「妙じゃのう。気の流れが良すぎる」
「ん?」
同じく不思議そうに僕は首を傾げる。
「いや気にするでない。ここがたまたま良いだけじゃろう」
そういいながら早々に食事を済ませると、僕らは出発した。
頂上まではそこまでかからなかった。
広がる深緑の景色を堪能し、また歩を進める。
それから2つ進み3つ目の山に登る所だった。
それまで特に何も異常を伝えなかったイズモが突然立ち止まった。
「待てクオン」
「どうかした?」
「やはり変じゃ。2つ前の山からここに来るまでずっと気の流れが良い。いや、良すぎる。どんどんと強くなってる様じゃ」
「気って?」
「大地に流れる力。この星そのものの生命力とでも言おうか。妖力や忌々しい力とは別の力じゃよ」
「それが強いって何かまずいの?」
「わしが妖力を使うように世には気の流れを使うものもいる。そして気を使うのは低級の神だけじゃ。それが近くにいる可能性が高い。警戒しながら進むぞ」
「分かった」
そうして僕らは周りを警戒しながら歩き続けた。
そうして山道を歩く途中で気づいた。
「あれ?」
「どうしたクオン」
「いやこの山さ。変に高くて急勾配じゃない?」
「言われてみると確かにのう。よし、ここら一帯を調べてみようかの」
「了解」
そうして叢の中などを捜索していると、登れない崖の近くの木々の間に隠れた小さな石の鳥居を見つけた。
小さいと行っても大人一人位は通れそうな大きさで、鳥居の奥には穴が続いていた。
「なにこれ」
「ふむ…この先から気が充満してきておる、どうするクオン、向かうか?」
「行ってみよう」
僕らは鳥居を潜り、奥へ奥へと穴の中を進んだ。
そうしていると、突然視界が開けた。
「む?広い所に出たようじゃの……なんと。クオン、周りを見てみよ」
「ん?」
そうして辺りを見渡すと、そこで山の中とは思えぬほどに不自然に広がった空間と足元に満たされた水の上に立つ島の箱庭を見た。
天を仰ぎ見ると、そこには大きな穴が空いておりそこから降り注ぐ光は壁から生えている枝葉を通り過ぎ暖かい色となっていた。
木だ。ここは巨大な木の中だ。
不意にそう思った。イズモは見たことがあるのか「神樹…じゃがこれは余りにも…」と声を漏らしていた。
そんな不可思議な空間に一つ異様なオーラを放つものが座っている。
丁度中心の島の上に見えるそれはただ一頭の鹿であった。
「何だあれ…鹿?」
その言葉に反応したのか、鹿は目を覚ましこちらを振り向いた。
続けざまに僕らはゾッとした。
その鹿の目は目が眩むほどに深い太陽の様な黄色の目をしていた。
それを見たイズモがすぐさま反応し刺激しないように静かに話しかける。
「クオン、低級の神じゃ。今のわしらでは勝てん。何もするな。敵対はしないはずじゃ」
目の前のそれは間違いなく鹿だ。ただ人として、生物としての本能がどこかでそれを否定していた。
見合わせていた時間は須臾の時だったはずなのに、鳴り止まぬ鼓動と不安感が無限に時間を引き延ばしていた。
すると突如鹿の存在が歪み、溶けるようにして景色の中へと姿を消した。
それを見たイズモが安心した様子を見せる。
「ふぅ…どこかへ行ったようじゃの」
「もしかして…あれも神なの?」
「いや。それは少し違う。あれは神の力によって作られたものじゃ。実際の神より力が弱いから"低級"などと呼ばれておるが油断はできん相手じゃ」
「なんでこんな所にいたんだろうね」
「ここは気の流れが良い。神じゃろうと力は有限じゃからな。休養でも取っていたんじゃろう。なんにせよ、何事も無くて良かった」
「そうだね。そういえば、さっき神樹って言っていたけれど何か知っているの?」
「んん?ああ聞こえておったのか。これは『神樹』と呼ばれる樹じゃ。星の力そのものを吸い大きくなる。じゃがここまで大きな樹は初めて見た」
「そんな樹がなんで折れているんだろう?」
「さぁの。わしにも分からん。まぁそんな事は良い。さっきの神が戻ってきても厄介じゃ。さっさと調べて退散しようかの」
「了解」
その後一通り中を調査し、何も無いことを確認すると僕らは荷物を持って外に出た。
既に日が暮れていたが、気が巡っているここら辺ならば悪いものは出ないだろうと判断し先へ進んだ。
そこからは特に何も無く旅を進めた。
野を超え山を超えを繰り返し、3つ目の山の頂上に着いた時にイズモがあることに気づいた。
「ん?クオンよ」
「どうかした?」
「町がある」
「え?」
そう言われ下を見ると、確かに遠くにぼんやりと町らしき影が見えた。
「どうしてこんな所に…」
見たところ他には何も無く、ただただ緑が広がるのみであった。
「クオン、わしらの進行方向にあの町はあるし、避けては通れぬぞ」
「わかった。前のように面倒事に巻き込まれないといいね」
「そうじゃの」
そう言い僕らは町へと歩き出した。
面倒事はごめんだが何もしなければ大丈夫だろう。
この時はそう思っていた。
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