【10】かつての大戦

村の騒動を解決し旅を再開した僕らは、本来の目的の為に山を越えていた。

比較的緩やかな山道であるが、所々に崩れた部分や木の根による凹凸が見られた。


「いや〜山越えは大変だね」


僕がそう言うと、前方にいるイズモは振り向き答える。


「そうじゃの。そんなに無理をしてもいかんしここらで今日は野宿じゃな」


「そうだね」


歩くことに集中し気づかなかったが、既に山には茜がさしていた。

早速野宿の準備をすることにした。

岩肌に面した部分を見つけ、薪に使えそうな木を探し、周囲の安全を確認している内に魚を4匹掲げたイズモが見えた。


「さかなじゃぁぁぁあぁぁあぁ!!!!」


凄い元気だな……!?

色々あったにも関わらずあの元気とは見習いたいものである。

満面の笑みでこちらに向かってくるイズモは、採ってきた魚を火にかけ僕の対面に座る。


「ふぃ〜沢山採れたの〜!」


「そうだね。ありがとう」


「なんのなんの!」


ドヤァ……!

そんな効果音が出そうな程楽しそうであった。


「そうじゃクオン」


「どうかした?」


突如静かになったイズモは僕に重要なことがあると言って話し始めた。


「丁度良いし色々話しておこうかと思っての」


「なるほどね」


そう言い僕達は現状の整理をする。


「まず市女笠の女についてじゃ。クオン、心当たりはあるか?」


「全く無いね。イズモは?」


「ない。じゃが向こうは此方に面識がある様じゃ」


「不思議だね」


「そうじゃな…。しかし更に気になる事がある」


「ん?」


「わしが言うことでは無いかもしれんがわしは強い。妖の中でも上位に入る。どんなに鈍い生物であろうが相手との差が分からぬ奴はおらん。それでいてあの女は怯む様子も何も無かった。もしわしがあの女に何かしようとも対処出来るという余裕があったんじゃな」


「かなり強いって事だね」


「そうじゃ。敵か味方か分からんが警戒するに越したことはない相手ということじゃ」


「なるほどね。あっ、僕からも1つ良い?」


すると不意にイズモが下を向く。


「良いぞ。じゃがちょいと待て。魚が良い感じじゃぞ!食べながら話すかの」


「そうだね」


そうして僕らは綺麗に焼きあがった魚を一つづつ取り頬張りながら話す。


「して話したいこととはなんじゃ?」


「イズモの事なんだけど」


「わしの事?」


「うん。イズモは前に僕を助けてくれた時に自分は九尾の狐だと言っていたけれど、尻尾を見た事ないなって」


「ふむ、確かにな」


そう言うとイズモは夜の暗闇には不釣り合いな程美しい尻尾を1尾出した。


「あれ?1尾?」


「む?言ってなかったか?わしは"今は"1本しか尻尾が無いんじゃよ」


「どうして?」


「昔のわしはそこそこの神となら渡り合えるほどの力を持っていた。しかしある時に大きな戦いが起こったのじゃ」


「戦い?」


「そうじゃ。妖と神との大戦。今では祓異大戦と呼ばれておる」


それを聞いて僕は驚いた。神。神との大戦といったのだ。僕が遭遇した時動けもしなかった程の相手にイズモ達は戦っていたのだ。

しかし気になることがある。


「前に神は思考も何も理解ができないって言ってたよね?なんでそんな戦いになったの?」


「"理解ができない"とは言ったがある程度の目的を持って動いている様じゃ。それは『森羅万象の平衡を保つ』ことじゃ」


「つまり力の差とか生物の量を保つってこと?」


「そうじゃ。あの頃は妖の時代と言われる程に妖が跋扈しておった。それ故に神は神として必然的であり合理的な判断を下した。…酷い戦いじゃったよ。何人もの同胞が息絶え去っていった」


そう言うイズモの表情は暗雲が差し掛かった様に暗かった。抗えない不条理を悲観するように。


「戦いはどっちが勝ったの?」


「勝ったのは神じゃ。ある一定数まで妖が減ったのか突然攻撃を辞めてな。そこで戦いは終わったが、この大戦で失ったものは数え切れん。そして尻尾のことじゃが、神と対峙した時にわしも負けてな。殺されそうになったが自分にかけておいた術のお陰でなんとか生き残ったよ。代わりに自身の力の殆どを失ってな、力の喪失と共に尻尾も消滅したという訳じゃ」


「そうだったんだ…」


ん?待てよ?力殆ど失った状態でこんなに強いってこと?これイズモが力全部取り戻したらどんなレベルになるんだよ。それでいて勝てない相手が神か……よく生き残ったな。

僕は心底そう思った。


「まぁ普段から尻尾を出しておくと人間が驚くからの。面倒事に巻き込まれないためにも普段はしまっておるのじゃ」


「なるほどね」


「他に何かあるかの?」


「僕は無いかな」


「そうか。ならばわしからも1つ良いかの?」


「何かあるの?」


そう言うとイズモはまさに不思議そうな顔をして僕に質問をする。


「先程言ったように力の差はそうそう隠せるものではないのじゃ。なのにお主はわしに出会った時や村で怪異を祓う時も怖がったりしなかったのが気にかかっての」


「ああ、そういう事ね。うーんと、僕の家はお世辞にも良い家庭とは言えなくてね。いつも酷い目に合わされていたよ。その事のせいなのか僕には人として、言い換えれば『人間性に侵されたヒト』としての感性が無いみたいでね。生きる為なら何でもする合理的で非道な人間になったんだってよく言われたよ」


「なるほどのぅ。お主にも色々ある様じゃの」


「お互い様だね」


「そうじゃな」


ほんの一瞬であったが同じ災難を経験した者同士の気持ちの繋がりが見えたことが嬉しかった。

事や大きさは違うかもしれないが、同じ不条理に悩まされてきた事は同じだった。

そうして色々話しているとイズモが切り出した。


「さて、そろそろ寝るとするかの。護符も既にわしらを護っておるし、明日も頑張らないといけないからの」


「そうだね」


話し合い、イズモとの関係も縮まり知見も広がったと思う。

共に旅をする仲間として大切な事を出来たことに満足し、眠りについた。

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