【9】その村には
雪が流れる暗闇の中、僕は新しく出来たという階段を登る。
元々は険しい山道であったが、今では立派な石階段が作られている。
1番上まで着くと、沢山の人が火をくべて待っていた。
嗚呼、残念だよ。けれど仕方ない。
僕が皆を救うことが出来るのだから…
そ
う
お
も
っ
て
た
の
に
な
・
・
・
______________________________________
どうやら僕らの旅には苦難が付きまとうらしい。
目の前のそれは依然として黒い子供の風貌を保ちながら怨念や呪言を吐き、ゆっくりとこちらへ迫ってくる。
『お"……ぇ"…?シィ…ね…あ"ぁ"』
それを聞きイズモが反応する。
「…ここまでの怨念を人っ子1人が持っているとはの……」
そうしていると突如黒いそれは形を変えた。
スルスルと出てきたそれは蛇であった。しかしそれも同じように黒いもので出来ており、小さな身体に巻きついている様に蠢いていた。
「…何あれ」
僕は訝しげな表情でそれを見つめる。
「わしも知らぬな。少なくとも原因の一つに変わりはなかろう。ほれ、来るぞ」
言い終わると同時に、黒いそれは形を忘れ獣のように襲いかかってきた。
すぐさまイズモが御札を前に突き出すと、黒いそれは薄青い壁に衝突した。
「うぉ!?」
驚く僕とは対照的に、イズモは冷静にそれを観察する。
「ふむ。どうやら蛇が黒いものの原因の一つと見て相違ないのぅ。人に憑依しておるのか…いやそれにしては結び付きが強いし怨念も凄まじい。しかもこの蛇、恐らく亜神じゃな」
「亜神?」
「完全な神ではないもののそこそこの力を付けたものの事じゃ。油断するなクオン。神ではないにしろ妖力は強い」
何度も壁にぶつかる黒いものを見て思う。
「どうにか蛇と子供を離れさせられないかな」
「方法ならあるぞ」
「どうすればいい?」
「殺せ」
「……え?」
唐突にイズモから飛び出た言葉に唖然とする。
そんな僕を気にも止めず話を続ける。
「アレはもう結び付きが強すぎて離せん。かといってこのまま放置しても苦しめるだけじゃ。ならば楽にしてやるのが1番じゃ。どの道やらなきゃこちらがやられるからの」
淡々と話すイズモを見て実感する。
ここは自分がいた頃の世界とは違う事を。
温かく、血の匂いさえしない世界では無いことを。
「人間の社会で作られた勝手な倫理や道徳」など、「本物の世界」には通用しないということを。
そして目の前にいるのが、共に旅をしているのが伝説の大妖怪であることを。
「…この世界で生きるなら、それが普通かな?」
「そうじゃの。言っておくがクオン。人が作ったものに勝手な創作物以上の価値は無い。それがどんな綺麗事であろうと、人は死ぬし世界は死ぬか生きるかじゃ。そしてもう1つ。人は獣以上でもそれ以外でもない。分かるか?」
「そうだね…」
イズモが言うことは確かにそうである。
僕が生きてきた世界の全てが勘違いしていることだ。人の本質は獣の筈なのに皆が自身は神の使いか何かだと信じ、自分だけが救われる世界を想っている。
今こうやってこの世界に来て、様々な危機に陥りようやく理解する。
人とはどこまで行っても死にゆく儚い命の1つでしかないことを。
「さて、そろそろ時間も無くなってきたが。どうするクオン、お主がやるか?」
「え?」
「全部終わった後に妖力の使い方を教えると言うたが今でも良いじゃろ。それに、生きるか死ぬかの場面はこれからもある筈じゃからの」
「……どうすればいい?」
そう言うとイズモはニタリと笑う。
「覚悟を決めたようじゃの。なに、難しい事では無い。お主は元々妖力は異常なほどあるからの。それ程難しくは無いじゃろう」
そういうとイズモは黒い紙に赤色の文字で書かれた御札を取り出して僕に差し出してきた。
「これを持ちアレに真っ直ぐ向けたら一言でいい。『祓え』というんじゃ」
「分かった」
「よし。今結界を開けるから準備しておくのじゃぞ」
そういうとイズモは結界を解く。
結界がほつれた紐の様に解けていくと同時に黒いそれが僕に向かって走ってくる。
僕は言われた通りに御札を真っ直ぐに出して叫ぶ。
「祓え!」
その瞬間、御札は燃えるように消え、地面から赤い液体が溢れ出したと同時に、黒いそれを覆い尽くした。
この技には見覚えがある。1番最初にイズモが助けてくれた時に使っていた技に似ていた。
黒いそれは苦しむ様な仕草を見せながら赤色の液体に包まれた。
その直後、突如襲いかかってきた脱力感と共に気が遠くなって倒れた。
あれ?
次に目を覚ますと、僕は浮いていた。
死んでは……いないな。それは何故か分かる。
そうして周りを見ると、そこは先程居た祠ではなくミハヤ達がいる村だった。
しかし明らかに違う点がある。
それは村が一面の紅葉ではなく雪がゆらりと舞う冬のような季節感を見せていたことだ。
なんだこれ?
そう思っていると、突如声がする。
「これは昔の村の姿だよ。遠い遠い過去のことになってしまったけどね」
僕は驚いて振り向く。
そこには僕と同じく浮いている1人の子どもがいた。
見た目こそ違うものの、姿、形、大きさ。
全てに見覚えがある。
間違いない。さっきの黒いあれだ。
「そんなに構えなくていいよ。何もしないから」
僕が少し警戒すると、それを悟ったのか子どもはそう言った。
「君は?」
「うーん。誰なんだろう?」
僕がそう問いかけると、少し困ったように子どもは答える。
「僕は確かにあの村の住人だけれど、亜神と同化しすぎてもう人かどうかも怪しいんだ」
「そうなんだ。で、これはなに?」
「僕の記憶だよ。多分君が使った術は対象の記憶も食べて取り込める様だね。君と一緒にいたあの狐の人は玉藻前かな?にしても凄い術だね。"あってはならない術"だ」
「?」
「ああ、分からないなら大丈夫だよ。それよりほら、僕の記憶が進むよ」
そう言われ周りを見ると、いつの間にか夜になっていた。そして、この子供が喋ると同時に時が進んでいく。
「この村には昔から僕に神に生贄を捧げる決まりがあったんだよ。僕はその生贄として捧げられた子どもだった。ただ、僕らが捧げていた相手は神ではなかった」
「え?」
「さっき君も聞いたでしょ?亜神は神のなり損ない。神とは全くの別物だ。だけど僕に取り憑いていたあの亜神は力を持つ神のように振舞って人を食べていたんだよ。僕は贄に捧げられた時にその事を言われてね。ホントに悔しかったし、今までに犠牲になった人のことを考えると怨みしか出なかった。だから抵抗した。肉がちぎれ、骨が折れ意識薄れるその時に思ったんだよ。『噛み付いてやろう』って。そして噛み付いたら混ざりあっちゃったんだ。この蛇を留めておく対価として村の季節を貰ったんだ」
「そうだったんだ…」
僕はその壮絶な出来事を聞き、どうとも言えない気持ちになる。
すると間髪入れずに子どもが衝撃なことを告げる。
「あとごめん。僕嘘ついた」
「え?」
「何もしないって言ったけど、あれ嘘なんだ。僕は何もしないけれど、僕に同化していた亜神が逆に君を乗っ取ろうとしている。乗っ取られたら死ぬから頑張って。ごめん。それしか言えない」
そう言うと、僕は現実に戻ってきた。
直後、息が苦しくなる。
「ぅッッ!?」
「どうしたクオン!?」
イズモが僕に寄ってくると同時に状況を理解する。
「クオンから2人目の気配を感じる!お主乗っ取られかけておるな!?気を強くもて!」
苦しむうちに意識だけがまた薄れる。
黒い空間に来た。まだ息苦しい。
気づくと目の前に蛇がいた。
蛇は僕に喋りかける。
「オマェ…おぉもしろいなぁ?2回目の人生ならもう1回死んでも大丈夫だろぉ?!??ひゃァァァはははははは!!!」
僕は苦しいのを我慢して立ち上がる。
もう死ぬのはごめんだ。
「死なねぇよ…!絶ッ対に死なねぇ!!!何度も転生できるんなら人は死なんて怖くねぇよ!!!!!」
苦しみの中そう叫ぶと空間全てが光り出す。
「な"んだァ……?」
そう蛇が言うと、突如蛇が燃え始めた。
「グギ"ァァアア"ァ"!?も""えるぅぁ!!?ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?」
そう叫びながら蛇は燃え尽きた。
同時に目を覚ました。
「今度は……現実かな?」
「ああ、現実じゃぞクオン。よく跳ね除けたの」
もう息苦しくなかった。
「そうじゃクオン。お前が起きる前に変な童がこれをお前に渡して欲しいと言っていたぞ」
そう言われ僕はハッとする。
「子ども!?その子はどうしたの!?」
「消えていったよ。清々しそうな顔をしながらな」
「そうなんだ。それで、渡されたものって?」
「この文じゃ。中に何が書いてあるかは分からぬが、表面に『村で開けて』と書いてあるぞ」
「分かった。ありがとう」
「話はあとでゆっくりとしようかの。ほれ見てみい。朝日じゃ」
僕らが横を向くと、そこには紅葉よりも紅い美しい朝日が指していた。
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村に戻ると、ミハヤや村の人々が揃って僕らが帰りを待っていた。
「おお!お2人とも!ご無事で!!!」
「うん。戻ったよ」
「どうでしたか?中で何がありました?」
僕は事の経緯を全て伝えた。
村の人は終始驚きの表情を見せていた。
「昔の村でそんな事が……」
「うん。子どもが教えてくれたよ」
「そうでしたか。ありがとうございました。本来は我々がやるべきでした。今ここに誓いましょう。もう二度と!無用な犠牲は払わないと!!」
そう言うミハヤの表情は言い表せぬ覚悟が見えていた。
「あと、これを貰ったよ。ここで開けなければならないみたいだけれど」
「なるほど。手紙ですか。開けてみましょう」
僕が手紙を開くと、中から白い何かが噴火するが如く溢れ出したと同時に踊り舞う様に降り積もり出した。
「これは……雪?」
そう言うと、村人の間で歓声が上がった。
「雪だ!」
「初めて見たよ!!!すげぇ!!!」
興奮が抑えきれない様子だった。
ハッとして手紙の中身を確認すると一言。
『季節は返すよ。そしてありがとう』
それだけ書いてあった。
あの子どもはようやく開放されたのだ。
誰かを苦しませようとする悪しきものを封じ込めるという役目から。
「ゆっくり休んでね」
思わず口から漏れた言葉だった。
「それじゃぁワシらはもうそろそろここを発つことにしようかの」
「ええ!?もう行っちまうんですか!?」
ミハヤが驚いたように言う。
「まあまあお世話になったからの。それにワシらも目的があるから旅をしておるのでな」
「そうですか……」
「クオン、どこにいる?」
「どうかした?」
「お主が喋っている間にもう荷物はまとめておいたぞ」
「ありがとうね。それじゃ行こうか」
「うむ」
「皆さん!お世話になりました!またいつか!」
そう言い僕らが歩き出すと同時に後ろから声が聞こえる。
「また来いよ〜!」
「達者で〜!!」
「お二方〜!本当にありがとうございました〜!」
僕は少しだけ後ろを向いて手を振りながら村を去った。
もうあの村は大丈夫だろう。過去の過ちを知り、もう二度と悲劇を繰り返さないようにするはずだ。そうでもしないとあの子が報われない。
それにまだまだ僕らの旅も始まったばかり。
さぁ次はどんな出会いが、別れがあるだろう?
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巡り巡る季節により姿を変え色を変える村があるという。
そこは昔大きな過ちを犯した。だが今は違う。有能な村長と共に過ちを後世へ伝え、正して今はどこよりも平和な村になっているという。
そして無名だった村には『蛇無村』という名前がつけられ、村の出口にある看板には今も誰も書いていないはずの「ありがとう」と言う言葉が刻まれているという。
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