【8】相見えるのは。

突如告げられた村の秘密。それはまさに普通ではない「異常さ」であった。

そして今迫り来る「なにか」。轟き続ける怨嗟の様な声。

これはやばいと思った時だった。

一切の音が凪いだ。

声も、響き続けていた地響きでさえも唐突に全ての音が消えた。

その状況に一同は唖然とする。


「……何が起きた?」


僕がそういうとミハヤが答える。


「……分かりやせん…こんな事は初めてで…」


コンコンコン…。

音が凪いだ筈のその空間に、ノック音が響いた。


「え?」


その場にいる全員が困惑する。

間髪入れずミハヤが周りに聞く。


「誰か欠けたもんはおるか!?誰かおるなら言うてくれ!」


しかしその質問に答えるものはいなかった。

それは村人が全員この場にいること、そして今戸を叩いたものが村人以外の「なにか」であることを示していた。


「よし。あっしが見てきやす。みなはここで動かないでいてくれ」


突然ミハヤが言う。そしてそれを聞いた村人から声が上がった。


「何を言うんだよ村長!そんな危ない事させられるか!第一よりにもよって"今日"なんだぞ!」


「それはそうじゃが…」


ミハヤ達が言い争っている中、僕は声を上げる。


「僕らが行っても?」


ミハヤが驚いた表情を見せた。


「何を言うんですかクオン様!客人にそんな危険な事はさせられません!」


「大丈夫です。危険な事はしませんし、ちょっとその『なにか』に心当たりがあるもので」


「ですが……」


「イズモ?大丈夫かな?」


「まぁ別に良いぞ。もしもの時の備えくらいあるからの」


イズモからの承諾を得ると、僕はミハヤの方を見て言う。


「ということなんですけれど。良いですかね…?」


僕がそういうと、ミハヤは諦めたような顔をする。


「…分かりました。ただ御二方、何があったのかを伝えること、そして無事に帰ってくることを約束してください」


「うん。分かった」


そういうと僕とイズモは立ち上がって玄関口を目指した。

このようなことがあったからだろうか。

入った時よりも暗い印象を受ける。

慎重に戸口に近づく。


「それじゃ、開けようか」


「のうクオン」


「ん?どうしたの?」


「何かあった時の為じゃ。わしからは離れるでないぞ。この場所を調べ終わったら妖力の使い方を教えてやるからの。今は時間が無いから出来ぬがそれまでは気をつけるのじゃぞ」


「了解。気をつける」


一通り話し終えると、僕は戸を開けた。

先々に広がるは自身の希望さえも飲み込みそうなほど深い闇。

しかしそこには誰も居なかった。


「あれ?誰もいない?」


「……いや。確かに誰かがいた形跡があるのぅ」


「え?…何も見えないけれど」


「お主にはまだ見えなくて当然じゃ。戸のすぐ先に妖力の形跡がある。どこかへ繋がっておるようじゃの…行ってみるか?」


「もちろん」


そうして僕らは深い闇に誘われるように消えていった。


______________________________________



仄暗い森の中。ポツンと置かれた鳥居の中から僕らは出てきた。


「なんか凄いところに出たね」


そう言いながら僕は僕らが出てきた鳥居を見る。本来この後ろに無くてはならない村があるはずだが、そこには延々と続く森があるだけだった。


「これまた奇っ怪な場所じゃの。さて何が…………のうクオン」


「どうかした?」


「奥」


そう言われて僕は振り返り先を見る。

そこには何千段にも積まれた苔むした石階段と、それを取り囲み奥へと続く杉並木があるだけだった。


「おお…これはまた凄いな。奥へ進めと言わんばかりの階段だね」


「そうじゃの。まぁここまで来たからには進むしかないの」


そうして僕らは階段を登り始めた。

進みながらこの場所のことを考える。

村にあった鳥居は村の端にあったはずだ。その先は無いはずだ。

なのにこうして何千段もの階段を登れている。

もしかしたらここは別の世界なのかもしれない。

そんなことを考えながら歩き続ける。

約1時間程歩くと、遂に頂上が見え始めた。


「あれ?あの場所開けてるね。頂上かな?」


「その様じゃの。早く登るとするか」


そうして僕らは歩を早めた。

階段を登りきると、人1人分ほどの大きさの小さな祠とその横に立つ1本の枝垂れ桜があった。


「祠と…枝垂れ桜だけかな?なんの祠だろう?」


「さあの」


そう言った時だった。


ア゙ア゙…


祠から唐突に何かの声が響いた。

それと同時に夜さえも飲み込んでしまいそうな程黒い人型のものが這い出てきた。


「穢れ人!?」


「……いや違うの。似ているがあれは確かな自我を持っておるな。それに…凄い憤りを感じるの…」


言い合う間にも、その黒いものは着々と人の姿を模していく。


「ほんとに何なんだアレ」


僕らが目の前の怪異に立ち合ったその時だった。


チリンチリン……


透き通るような綺麗な鈴の音が響いた。

僕らは驚き振り返る。

するとそこには市女笠に鈴を付け垂らし、白と赤で彩られた綺麗な着物を着た1人の女が居た。

僕らはそれを見て、即座に反応する。

それは神の記憶に出てきた市女笠の女性だった。

イズモと僕は驚く。


「お主は…」


イズモがそう言いかけると同時にその市女笠の女性は綺麗な声で話し始める。


「……あら。私が誰だか分からないのね。……そう…残念ね。早すぎたのかしら」


僕らは困惑する。


「…?お主さっきから何を…」


「まぁ仕方ないわ。またいつか会えるでしょう…」


そう言ってその女性は踵を返そうとした。


「おい待て!お主何処へ行く!」


イズモが呼び止める。市女笠の女性は顔を少し横に向け話す。


「いつか分かるから。焦らないでね。それと…早くしないと危ないわよ?」


そう言われハッとした様にイズモは異形の方へと振り返る。

それは今にも完全な人型となりつつあった。


「クッ!こっちもか!仕方ないクオン!こっちをまずは対処するぞ!」


そう言われ僕らは異形へと体を向ける。

そうして数秒経つと、それは完全な人型となったと同時に、急激に小さくなり子供と同等の大きさになった。


『あ……あァ"…?ア"ウ……』


それは嗚咽のような声を漏らしていた。


イズモがそれを見て、表情が険しくなる。


「クオン!見た目に惑わされるでないぞ!見た目以上にまずい怨念を持っておる!」


そう言い終わると同時に、それは僕らに向かってゆっくりと迫ってきた。


確実にヤバい。

それだけはわかる。強いイズモがまずいと言ったのだから。

……でも何もしないのは違う。やるからにはとことんやる。そう決めたのだから。


僕は覚悟を決めた。

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