【7】もてなし

看板を後にし15分ほど歩いていると、村人の家であろう家屋の前に出た。


「なんで春なのに紅葉があるんだろうね」


僕がそう聞くとイズモも同じような旨を話した。


「分からん。まぁこれ位の不思議なんぞそこまで大事では無かろう。面が喋るのじゃからな」


「たしかに…」


そう言い話していると奥から何かの影が見えてきた。


「なにか来てる」


よく見るとそれは人であった。村人であろうそれは田んぼ仕事をした帰りの様に見え、衣服に泥が付着していた。

そうして数秒程村人を見ていると、村人もこちらに気づいたようで話しかけてきた。


「んん?見かけねぇ顔ですな。どちらさんで?」


「え、ああ。ちょっと旅をしている途中でして」


そう言うと村人は納得したかの様に答える。


「ああ〜どおりで。ところでお二人さん、今日の宿はお決まりで?」


「え?あ、いや、決まってませんけれども…」


「そうですか。ならわしらの家に泊まっていきやせんか?」


それを聞いて僕は驚く。


「え?いえ、でも今会ったばっかりでそんな…」


「いいんですよそんな事は!今日は年に1度の宴会の日でしてね!人は多い方が賑やかで良いですわ!その方が安全ですし!」


村人はにっこりと笑いそう話した。


「宴会があるんですか?」


「ええ。まぁこんな小さな村ですから。村人の安否確認とかも含めてのですがね」


僕らは顔を見合わせ、少し考えた後答えた。


「じゃあ、1日だけお願いします」


そう言うと村人はにっこりと優しげに笑う。


「はい!こんな村ですから客人が来るなんて言ったら皆喜びますわ!それじゃ、宴会場に案内しましょう。こちらへ!」


そう言い村人は歩き出した。その後を僕らも着いていく。するとイズモが僕に耳打ちしてきた。


「のうクオンよ。なんでついて行くことにしたんじゃ?」


「ん?あぁ。村の人に色々結界とかの事が聞けるかもって思ったからね。結構ここ変だし」


「なるほどの」


そんなことを話しながら村を歩きながら見る。

畑仕事をしている者や 田んぼ仕事をしている者が多く見えた。

そうしてイズモと話している途中、ふと視界の端に何かが映った。村の端、山の入り口にある真っ赤な鳥居。しかしその鳥居には注連縄が何重にも巻き付けられ、鳥居の傍らには木の看板があり墨で書いた様な字で斜めに大きく


______________________________________


     これより先入るべからず

______________________________________


と書いてあった。


(ん?何だあれ?)


疑問に思ったが後々分かるだろうと思い気にしないことにした。

そこから数分経っただろうか。奥に大きめの家屋が見え始めた。村人が僕らに言う。


「さぁ、あそこです。もうすぐ着きますから」


村人は楽しげに言いながら家屋へと歩を進める。1階建て、縁側や茅葺き屋根が使われている古き良き古民家であった。玄関口に着くと、村人は扉に手を当てて何かを唱え始めた。


「我、御魂の恩恵に預かる者。我、無尽の罪を継ぐ者なり」


その言葉に呼応するように扉が開いた。村人が振り向いて優しげに話しかけてくる。


「開きましたよ〜!ではでは中にお入ってお待ちくだせぇ!もうすぐで他の村の人間も来ますんで」


「ありがとうございます」


「へい!それでは一旦ここで失礼しやす!」


僕らはそう言うと中に入る。

中には玄関があり、入口の戸の真正面に襖があり、左右に廊下が続いている様だった。

僕の後にイズモが入ると同時に何かに気づく。


「……のうクオン。ここ何か変じゃぞ」


僕は首を傾げる。


「何が?」


「それがの…この家屋の間取りが異様なんじゃ」


「と言うと?」


「目の前に襖があって左右に廊下が続いておるじゃろ?その廊下な、繋がっておるんじゃ。しかもここには1つの部屋しか無い。そしてその部屋を囲む様に襖が続いておる」



「えぇ…何それ…」


「分からんが何かしらの結界の類いじゃろうな。しかもかなり古いものじゃ。昔何かから身を護る為に張ったものじゃろ。とても強い結界じゃな」


うん。どうしよう。謎増えた。

しかも何かから身を護る為に張られたものと来た。絶対なにかあるじゃんこの村。

しかもイズモ中に入っただけで家屋の間取り分かってたよね。空間把握能力でも持ってるのかな。まぁ持ってても不思議じゃないか。


「警戒はしておいた方が良さそうだね」


「そうじゃの。まぁここで話していても仕方ない。部屋に入るとするかの」


そうして僕らは襖の奥へと歩を進める。

襖を開けるとそこには宴会場でありがちな長いテーブルや座布団等が敷かれていた。


「ここかな?」


「恐らくそうじゃろな。端の方に座っておくか」


「そうだね」


僕らは端に座り、他の村人の到着を待った。

15分程で外から人の話し声が聞こえたと思うと、ガラガラと玄関から戸の開く音が聞こえ、沢山の村人達が入ってきて座布団に座っていく。

その中に、先程の村人が顔を出して僕らに言った。


「お~お客人!いやぁ~意外と時間がかかっちまいました」


「いえ、大丈夫です」


「そこまで待っておらぬ」


「そうですか!では宴会を始めましょうか!」


そう言うと、村の全員が合掌をして何かを唱え始める。


「御魂よ御魂。憐れなる我らを、無尽の罪を継ぐ我らを許したまへ。そして願わくば、静かなる安寧を」


それは何かへの謝罪をすると同時に許しを乞う様なものだった。

異様な光景を見て暫く唖然としていると、それに気づいたのか先程の村人が近づいてきた。


「お客人には変に見えますな。なぁに、恒例行事みたいなもんです。お気になさらず」


「そうなんですか」


「あっ、申し遅れました。あっしはこの村の村長を務めておりやす。ミハヤと申しやす」


………え?この人村長なの?

普通に村人かと思ってた。意外な人がなるもんなんだな。

僕は驚きを隠しながら話す。


「あっクオンと言います」


「イズモじゃ」


「クオン様にイズモ様ですか!このような所までよく来てくださいました!1日ですが楽しんでいってくだせぇ!」


気前よくミハヤはそう言う。

まぁ時間が無いという訳では無いし、ゆっくり食べてから聞こうかな。

それからはガヤガヤと宴会場から喧騒が聞こえ始めた。

最近の村の事、村人の事、作物の事、天気の事、様々な情報が飛び交う中、僕らは村人達の輪の中で楽しく話をしていた。

まぁそんな訳はなくゆっくりとくつろぎながら夕食を食べていた。

夕食は主に野菜や川魚が中心だった。水資源が豊富だからか玄米もあった。

そこから数十分程僕らは黙々と食べ続けた。

依然宴会場は賑やかだ。

そうしているとミハヤがこちらに近づいてきた。


「クオン様イズモ様!いやぁすいませんね。うちの村のもんは人見知りが多いもんで」


「いえ大丈夫ですよ」


「そうですか!」


うーん。そこそこ時間も過ぎたし聞いておくなら今がいいかな。

そう思い僕はミハヤに聞く。


「あの〜ミハヤさん」


「へい。なんでしょう?」


「ここに来る途中に注連縄がグルグルに巻かれた鳥居があったんですがどういうものか分かりますか?」


その時だった。先程までの喧騒は静寂という騒音に掻き消された。村人同士で話し合っていた者たちも、団欒して食を囲んでいた者たちも全員が無表情ピクリともせずにコチラを向いた。


「えっあの~」


僕が困惑しているとミハヤが僕に話す。


「クオン様。それに関してはいえねぇ事が多いんです。それはこの村の禁忌にございます」


「そうですか。すいませ…」


言い切る前に、何処からか声が聞こえた。


「いいんじゃねぇか?言っても」


その声にミハヤが驚く。


「!?…でもこいつぁ!」


「無関係では無いだろう?どちらにせよ今日"来る"んだぞ」


「…………」


ミハヤは少し躊躇った後、僕らに話しかけてきた。


「クオン様、イズモ様。俺お2人に出会って宴会に誘う時その方が安全だと言いましたよね。あれは夜が危険というではなく今日この結界が張られた宴会場が安全と言うことなんです」


「えっそれってどういう」


「この村には年に一度。毎年この日に鳥居の中から何かが這い出てきて村のもんを襲うんですわ。だからここに皆集まってるんです」


そう言われて合点がいった。その為の結界、確認の場だったのだ。

続けてミハヤは言う。


「でも村のもんも何故襲われるのかがわからねぇんです。俺たちが産まれるずっと前からあったそうですが、禁忌と、忌まわしきものとしか教えて貰えねぇんです」


「………」


なるほど。その重要な部分が伝わってないのか。どうしてだろう。まぁこういうのは大抵伝えた人がそれに詳しくないか"伝えたくないもの"なんだろうけれど。

イズモも黙って聞いてるし。聞いておくか。


「それってどんなやつなんですか?形とか」


「形は……人で子供位の大きさです。真っ黒な」


そこでイズモが口を開いた。


「それを祓おうとはしなかったのか?ここに結界を張った者が居るなら伝わってそうなものじゃが」


「それが…どこにもそのようなものがなくて…」


「そうか……」


うーん。どうしたものか。そう考えていた時、突如村中にどこからとも無く声が響き始めた。

それはどこか悲しみや怒りを込めた怨嗟の声のようにも聞こえた。


『おおぉぉぉおおおぉぉおおお……!!』


その声に呼応するように、村人達は怯え始める。


「来たぞ!あれが来るぞ!」


そう声が響き、大地が揺れ始めた。

人の常識から乖離した人型の黒いもの。

嫌な予感がする。

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