【6】旧神
歩き始めてから5時間ほど経った頃、イズモが突然僕に話しかけてきた。
「のうクオンよ。ここらで1度休まないかの。そこまで急いでいても疲れ果ててしまうだけじゃ」
「ん?あぁそうだね。ちょっと休憩しようか」
そう言って少しだけの間休める場所を探し始めた。すると少し先に渓流が見えた。
4m程の高さではあるものの静けさと適度な気温、そして周りの青青しい緑が美しい場所であった。
実にいい場所である。
「この場所いいんじゃない?大きい岩も多くて座れるだろうし」
そういうとイズモも少し周りを見渡した後、気に入ったのか少し微笑んで言う。
「そうじゃな。このような良い場所もこの先はあまり無いじゃろうからの」
そうして僕らは少しだけここで休む事にした。
渓流の近くの岩に座るとイズモもすぐ横に座った。僕はちょっと気まずかったので顔を水に近づけて観察する事にした。
うん。光を帯びて流れる透明な水……いいね。
僕の故郷にもこんな美しい自然はあったのかな?
そう考えながら暫くの間渓流を見ていると、ふと水の中に不思議なものが泳いでいることに気づいた。それは他に泳ぐ銀に輝き達の中にあり、泳いでいると言うよりはただ流れているように感じた。
「ん…?なんかいるな…魚…?」
そう疑問に思い独り言を呟くと、イズモは耳を一瞬ピクっとさせ、キラキラした目で僕の方を見た。
「ほう?魚がおるのか?どれ…少しばかり腹も空いてきた所じゃ。何匹かとるかの!」
今まで聞いた事ないほどの気迫を言葉から感じる。そこで疑問が1つ。
「ん?何か道具を持っているの?」
「持っている訳無かろう。だから素手じゃ」
そう言いイズモは着ている服の裾を捲る。
細く美しい白色の肌が零れ落ちると同時にイズモは渓流の水の中へ入っていった。
そこで僕は先程見たもののことを思い出した。
「ねぇイズモさん」
「イズモで良い、なんじゃ?」
「じゃあイズモ。さっき魚達の中に変な白いのが流れていたんだけれども何か分かる?」
そういうとイズモは
「それは恐らく『流妖』じゃ。森の中に漂う誰かの思い出などが集まってできた妖怪モドキじゃ。ただヒレが杉の葉の様に細く別れていてな。ろくに泳ぐことも出来ず流れていくだけじゃ。害はないから安心せい」
と言った。
「そうなんだ」
「あぁ。流妖がいる川は生命が良く育つという。ここらもその影響を少なからず受けているんだろうよ。それはそうとほれ!魚じゃ〜!採ったぞ〜!」
そう言ってイズモは無邪気に魚を両手に掲げて喜んでいた。今日1番目が輝いていた。
そうして僕も渓流に入り1匹の川魚を採った後、枯れ枝などを拾って焚き火で焼いて食べた。
「あぁ〜美味しかった〜」
「美味じゃったのう」
「そうだね。そろそろ出発するけれど、この場所はホントにいい所だったね」
そういうとイズモも笑って答える。
「そうじゃな。このような場所を忘れる訳にはいかんしのう。記録しておくか」
そういうとイズモは御札を手に出た炎から取り出し、呪文のような事を唱え始めた。
「現世。現世。幽玄のものとなりて残り給え」
そういうとまたイズモの目の前に炎が出現し、1つの紙が中から現れた。イズモは嬉しそうに言う。
「良しと。出来たぞ。風景の記録も済んだし行くかの」
「それで記録できるんだ。便利だね」
「まぁの。ほれ、十二分に休んだじゃろ。行くぞ」
「そうだね」
そんな事を話していた時だった。唐突にイズモが何かに反応したように森の奥へと顔を向け、僕に向かって叫んだ。
「クオン!止まれ!何かがおる!川の向こうの方じゃ!」
僕はそう言われるとすかさず川の対岸に目を向ける。
幾度にも重なった岩の奥。青々とした木々の隙間の奥にそれは居た。
居たのは1匹のシカ。しかしそれは何本にも別れた角を持っており、額にはシカには似合わないであろう六芒星の模様があった。
暫くの間、静寂が渓流の中に響いた。
僕らがそれを静かに見ている間も、それはこちらを見つめていた。
一見するとただの奇妙なシカ。しかしそれには明らかな神々しさと「敵対してはいけない」。そう思わせる気迫があった。
そんなことを思っている内に、それは僕らを見つめるのを辞め、また木々の隙間を縫って森の奥へと消えていった。
完全に居なくなった事を確認し、僕に安堵の時が訪れた。
「ふぅ……何だったんだ今のは…」
僕がそう呟くとイズモはいつものように答える。
「……神じゃ。しかも旧神じゃな」
それを聞いて僕は驚く。
「え?あれが神…」
クイナ様とはまた違った種類のオーラ。逆らってはいけない様な。無論あれは本当に神なのかと言う疑いの心もある。だがどう疑えと言うのだろうか。人や異形には成し遂げられない程の神格さを目の当たりにしたというのに。
一瞬の静寂の後、イズモが話し出す。
「よもやこのような所で旧神に出会うとはな…」
「旧神?」
「あぁお主は知らんのか。ふむ…時間はあるし教えてやろう」
それからイズモから旧神について色々聞かせてもらった。
どうやら旧神とは現在居なくなってしまった神の前に居た神々らしい。
それこそ大陸に生命が芽生え始めた頃から居る様で旧神を祀っている場所も多いという。
そして2000年前、旧神達はクイナ様に負けたそうで、そこからクイナ様が現在の神となり、他の神々が旧神となったそうだ。
……あれに勝つってどんな強さなんだよクイナ様。
そんなことを思っているとイズモが僕に話しかけてきた。
「まぁ、驚いたがもう過ぎたことじゃ。今度こそ出発しよう」
「あぁそうだね。行こうか」
そして僕らは村に向かい歩き出した。
足場の悪い岩、茂みの中、獣道。様々な場所を通りながら進んだ。
そして夕暮れとなった頃だった。
峠を降り始めた頃、急に目の前にしめ縄が施された木が横一列に立ちはだかった。
「なんだろうこれ」
「結界じゃな。それも高度で大きなものじゃ。何かを取り囲んでおるようじゃな」
そうイズモが言い終わると同時に辺りに霧が立ちこみ始め、何処からか声が響いた。
(どうか…誰か…お許し下され…)
明らかに異常なその声に一瞬戸惑う。
「……この奥に行くには入るしか無さそうだね」
「…そのようじゃな。ほれ、ここにいても仕方がない。行くぞ」
そうして僕らはしめ縄の中に入ることにした。
しめ縄を通り抜けた瞬間、視界に水面のようなものが走り、再び自分の目が止水すると、谷の真ん中に川が流れ季節外れの紅葉に囲まれた赤い村が現れた。
なにこれ凄い。こんなことも出来るんだ結界って。というか多分ここだろうね。クイナ様が言ってた所。
そう思っていると、視界の端に白い何かが事に気づいた。それは1枚の紙であった。
その紙は長方形の御札の様な紙であり、
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よおこそ。
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そう書いてあった。
「案内板かな?」
「そのようじゃな」
「とりあえず村は見えているし行こうか」
そうして僕らは案内板を後にし村に向かい歩き始めた。
突如案内板の文字が歪み、捻れ、滲んで交差していく。浮かび上がるは1つの言葉。
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キミガタスケテクレルノ?
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真紅に、そして結界に包まれた異郷の村。
何かありそうな予感がする。
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