【4】神、または森羅万象
神社へと歩き続けて10分程経った頃、少しづつ変わっていく景色の変化、徐々に視界に混じり込む赤色に気づき沈黙を破ったのは僕だった。
「あれ?灯籠が置いてある…」
そんな僕の疑問に、イズモも口を開く。
「ああ、それは今向かっている神社のものじゃ。中々綺麗なものだろう?」
「そうだね…」
「ここも綺麗じゃが、これから行く神社はもっと綺麗じゃよ。《クイナ様》の残滓もそこにある」
「ある?」
「ああ、それについては着いてから話そう。ほれそんなことを話してる内にもう見えてきたぞ」
そう言われて僕は前を向く。
いつの間にか灯籠には火が灯っており、灯篭との間には血の様に赤く染まった鳥居がそびえ立ち、鳥居の下に包まれるように見える古びてボロボロの神社がただそこにあった。
「ここが…?でも綺麗とは言えないような…」
僕がそう口に出すと、イズモはクスクスと笑いながら答える。
「まあまあ、そう焦るな人の子よ。いや、クオンと言ったか…。まだまだこれからじゃよ」
そういうと、イズモはどこからともなく小さな炎を纏った御札を取り出す。そして御札を人差し指と薬指に挟み顔の前に出すと、また呪文のような事を言い始める。
「詣りました。詣りました。幻想を彩るは神。我らを護る幻想なり。ここに入らせ給へ。入らせ給へ」
その直後、鳥居に包まれていた神社の面影が波紋の様に歪む。
混ざり合うように、溶けていくように。
そうしていく内に、1つの建物が赤色のフレームの中で出来上がった。
それは先程のような古びたものではなく、小さいながらも桜に囲まれ、また質素ながらもどこかしらの美しさを感じる神社であった。
「凄い…」
僕は幾度も起こる「奇怪」に心を踊らせていた。ここで分かるのだ。この世界のこと、自分のこと、先程から話に上がっている《クイナ様》のこと。
そう考えていると、イズモが僕に言う。
「ほれ、何をしている?早う入れ。ああ、その前に参拝方法はわかるか?」
「大丈夫」
僕はそう返事をして、参拝をする。
まず鳥居に入る前に一礼をする。
次に端を歩きながら手水舎に行き、正しい手順で口と手をゆすぐ。
そうしてまた端を歩きながら神前へ行き一礼をし、二礼二拍手一礼をした。
すると、手順が終わると同時に神社の中から声がする。
《汝等、いざたまへ》
さぁ、いらっしゃい…か。入るかどうか考えその場に留まっていると、イズモが横から話しかける。
「ほれ、呼ばれておるぞ。まぁ今回はワシも呼ばれておるようだがの。神を待たせる訳にはいかん。入るぞ」
僕は頷き、至って平凡な木で出来た神社の扉を開ける。
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不思議な声がする場所。或いは神がいる場所には、物はほとんどなかった。
少し奥が見えない程暗い部屋にあるのは、古びた刀とその手前に置かれている狐の面だけだった。
「あれ?誰もいない?」
そう呟く僕の声に反応し、イズモが答える。
「何を言う。そこにおるぞ。その面が《クイナ様》じゃ」
「え?」
「先刻話をした時にあるのは神の記憶だといったじゃろう?その記憶は何処にでも宿る。そのように狐の面などの物に宿ることもあれば、動物や木々にも宿ることがある」
不思議に思いながら面を見つめる僕に、どこからともなく中性的な声が話しかける。
《不思議ですか》
「え?い、いや」
《私にとっては人の子よ。貴方の方が奇っ怪なものです。肉体と魂に差異がある。世の理とはかけ離れたものです》
そう言われたが自分でもよく分からない。
なんと言われようと自分は自分であり、自分の体とも似ているせいか違和感を感じないほどに動けるからだ。
「他にも僕みたいな人は居るんですか?」
《そのような話は聞いたことがないですね。古今東西、いかなる場所を探そうとそのような者は居ないかもしれません》
「そうですか…」
一通り話が終わった頃、待ってたかのようにイズモが《クイナ様》に問いかける。
「クイナ様、聞いておきたいことがいくつかあります」
《言うてみよ》
「クイナ様はどこまでの記憶を持った残滓なのですか?」
一瞬迷っているかのような静けさが訪れた後、声が響き始めた。
《…旅の途中。または旅の終焉》
「それは一体どういう…」
質問を遮るように声が響く。
《その事についての質問はこれまでとしましょう。して他のものは?》
「…ほかの残滓のことです。各地に散らばるというその残滓。全て辿ればあなた様の事を知れますか?」
《ええ。ただ集めるのは至難の業と思いなさい。私は神であり森羅万象。全てを知るのなら同様に全てを失う覚悟が無ければいけません》
一瞬の静けさの後、声が続ける。
《人の子よ。己が何者なのか。知りたくはないですか?》
「え?」
《今の私は不完全なのです。長い年月の中、依代も割れ記憶が摩耗しています。しかし他の残滓ならばそれ以上の記憶を宿しているかもしれません。各地を、世界を放浪し己を……私を識りなさい。そこのイズモと共に。よろしいですね?イズモ》
「…はい。元よりそれが知りたくてここまでやって来たのです」
《よろしい。ならば私の記憶を授けましょう。私の旅の記憶。その摩耗していない1部を》
その声が聞こえなくなると同時に僕らの前に光が現れた。
そうして光は僕らを包んでいく。
見るのは神の記憶。森羅万象の記憶だ。
《さぁ、目を閉じなさい》
僕らは言われた通りに目を閉じ、記憶を見ることにした。
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