【3】この世界について
異形に襲われているところを助けてもらった僕は、狐に連れられて桜に囲まれた石畳の道の上、或いは満月の下を歩いていた。
「あの…この道はどこに向かっているんですか?」
僕が問いかけると、イズモは答える。
「む?ここは参道じゃよ。この先には神社がある。人も、妖すらも忘れた古い古い神社じゃ」
「…妖って他にもいるんですか?」
僕がそう聞くと、イズモは少し濁しながら答える。
「……ああ、いるよ。人を喰う者、人を好く者、他にも沢山…な」
そう躊躇いながら答えるイズモに、僕は少し困惑したが、程なくして今度はイズモから言葉が飛んできた。
「まぁ良い。こんなに答えたんじゃ。今度はお主の番じゃろ。うーむ…」
イズモは少しばかり考えた後、立ち止まって質問を僕に投げかけた。
「お主の体、少し見せてもらってもよいか?」
「へ?」
僕が呆気に取られていると、イズモは突然顔を赤らめながら訂正する。
「あっ!別に変な意味じゃないぞ!?ただお主の体の構成が異様じゃから見せてもらいたいだけじゃ!!!」
慌てて訂正しながら手を振るイズモがちょっと可愛くてびっくりした。
ん?でも…
「異様って…?」
「あ、ああ…今から見るから少し止まっててくれないかの?」
そういうと、イズモは数歩こちらに寄ってきて僕の周囲を周りながら僕を観察した。
1周程するとイズモは驚いたような顔を浮かべた。
「……解らん。何じゃこれは……異様な程妖力が溢れておるな…それに…」
「どうかしました?」
「お主の肉体と魂には違いが見られる。今まで生きてきてこんなのは初めて見たぞ」
「違いがあるというのは…?」
「そのままじゃ。お前の魂はお前自身のものじゃろう。じゃがの、肉体に至ってはお前のものじゃないということじゃ」
「……は?」
僕は焦ってそばにあった水溜まりを覗き込む。
…
……
………
…………誰?俺であることには変わりない。しかし俺ではない。似ているだけだ。ただ、あまりにも似すぎている。僕が僕であることを認識出来ないほどに。
違いはただ1つ。顔の特徴。髪型、元々怪我をしていた部分が全て鏡の中の自分の様に逆になっていた。
混乱する僕に、イズモが腕を組みながら話す。
「実に不可思議じゃ。有り得んことじゃ。」
「……」
「そうじゃ!お主の事を《クイナ様》に聞いて見るのはどうじゃ?」
「《クイナ様》?」
「先刻この先には神社があると言ったじゃろ?その神社に祀られているのが《クイナ様》じゃ」
「そこに行けば何か分かるんですか?」
「分からん。分からんがあの方は人間には分からぬことも分かる御方じゃ」
「イズモさん程長く生きている妖でも分からないことはあるんですね」
「当たり前じゃ。《クイナ様》は人間とも妖とも根本的に違うのじゃ。あの方は神じゃ」
神社に祀られているからそれはそうか。
そう思う間もイズモは話を続ける。
「まぁ神などもう見ておらんがな」
「え?でもさっき神が居るって…」
「ああ、居たんじゃろうな。正確には神の残滓。昔神が旅をして通った各所に残されておる『記憶』とでも言おうか。神自体はどうなってしまったのか。それを知る者は恐らくもう居らん」
「記憶なのに喋れるんですか?」
「ああ、喋れるぞ。それ程に力のあった神だったんじゃろうな。ただ記憶や感情などは神がその場所を通った時によって変わる。悲しい時に通ったなら悲しそうに話すし、例えば30年生きた時に来たのなら30年分の記憶しか持たん」
「そうなんですか…」
「それにしてもお主誠に何も知らぬのじゃな。無知は自分を滅ぼすぞ。因みに先刻お主が襲われていた黒い異形も似たようなものじゃぞ」
「……え?」
僕は驚愕の思いを顔に浮かばせた。
「え?あれも神なんですか?」
「いや違う。神から出たからということではなくてな。あれは人間から出るのじゃが糧にするものが人の『負の念』と『辛い記憶』なんじゃよ」
「記憶と負の念……」
「『あれ』を知る者は皆あれを《穢れ人》と呼ぶ」
連続で告げられる「不思議」に何度も驚く。
ようやく僕は事の重大さに気づいたような気がする。
そんな僕を横目にイズモは笑いながら話を続ける。
「まぁ、そんなことはまた後にゆっくり話せば良い!今は神社に行くことに専念せい!」
そう聞いて、僕は少し心が楽になった。
そしてまた明るく答える。
「はい!行きましょう!」
目指す先はもう少しだ。
分からないことは《クイナ様》という人に聞けばいい。あの異形の事も。この世界の事も。そして自分の事も。
これから何があっても乗り越えるしかない。
例えこの世界がどんなに残酷だとしても、僕らは進むしかないのだから。
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