【2】異形

さて。どう説明したものか。

たった今僕は撥ねられて死んだ。そう確信した。

実際撥ねられたはず。感覚さえ残っているのだ。

ただどう説明しよう?

僕の周りに広がる漆黒の空間を。

今僕が着ている知らない服を。

いや、どんな服かは分かる。

僕が愛する日本の伝統衣服の着物だ。

紺色が良い味を出している。ただ撥ねられた時はこんなものは着ていなかった。

1番気になるのは顔に付いている白い布だ。

面布だろうか?

顔を覆われて見えないはずなのに何故か視界は良好である。


まあ話を戻そう。

周りに広がるはどこまでも続く深淵の闇。

足元には水?のようなものが張っているようだ。

何も無い空間に反射するのは異様な姿をした僕と空虚の闇、そしてかなりの時間が経っているであろう古い鳥居。

さらにその鳥居には見覚えがある。


「あれ?さっきの神社の…?何でこんなところに?」


漆黒の闇の中にただ1つポツンとそこにある鳥居。

その"異質さ"をどう表現しようものか。

言いようのない不安が押し寄せる。

メンタルがやられてはどうしようもない。

とりあえず少しでも怖さを紛らわせるために何か名前をつけよう。

闇……水面……反射…よし、「黒ウ○ニ塩湖」と名付けよう。

現地の人達にボコボコにされそうだがそこは置いておこう。

そんなことを考えている時だった。


「帰りたい」


不意に出た言葉だった。

無意識のまま出た言葉に驚いていると、突然周りに蛍サイズの青紫色の光が足元から浮かび上がると、吸い込まれるように鳥居の中へ消えていった。


「入れということか?」


問いかけても依然変わりなく青紫色の光は鳥居へと吸い込まれるだけであった。


「まぁいいか。他にやれることも無さそうだし。一か八かだな。」


決意を固め、鳥居へと歩いていく。


「また……だな。」


そう呟いた僕は、青紫色の光達と共に鳥居の中へと入った。


______________________________________



黄金の光に当てられたその面布を付けた男は、ゆっくりとその目を開いた。

ここは夜のようだ。僕の周りには無数の輝きを放つ蛍。


「ああ…何処だよここは…………え?」


蛍に目を取られ気づかなかったその光景。

綺麗な石畳の続く道がある。

その両端には桜が生えており、穏やかな風と共にその花弁を散らしている。

そして石畳の道の真上には満月があり、月夜はより明るく美しくなっていた。


「これは凄いな。こんなに美しいのは見たことがないや」


元々美しいものや幻想的なものに目がない僕は、目の前に広がる幻想的世界に心を踊らせていた。

ただ、有頂天というものは長くは続かないものだ。


カサッ


何かが木の葉を踏む音がした。

急いで体を音の方角へ向けると、そこには見覚えのある人型の闇がいた。


「はぁ!!?なんでこんな所にも!!!」


僕がそう叫んだのが聞こえたからか聞こえないからかは分からないが、またもや「それ」は僕へと歩み始めた。

そしてまた前回と違うのが、「それ」は少し喋っている事が聞き取りやすくなっているになっていることであった。


「な………んで…?に……くい。た……すけて…あ…あ"?あ"…」


そんなことを独り言のように、だが確かな呪いの籠った言葉を吐き続けていた。


「逃げないと……!」


そう思い体を曲げると、石畳の上に少し残っていた砂利を踏み、転んでしまった。


(やばい!!!)


そう思った時にはもう「それ」は目の前にいた。

「それ」は本来腰が存在するであろう場所から体を曲げ、僕の顔を覗き込むような体制になり、のっぺらぼうの顔を僕の顔に近づけてきた。


(また死ぬのか……?嫌だ!!)


人間、死ぬ時は死ぬもんだ。だが、怖いものは怖い。

僕は恐れから体を硬直させたまま、その時を待つだけだった。


「ほぉ?このような地に人の子とは珍しい」


どこからか声が聞こえると同時に、「それ」の動きが止まった。

「それ」の体に何かが刺さっている。

白く、長方形で赤く文字が書かれている…


「御札…?」


僕が独り言を言うと同時に誰かの声は依然どこからか響く。


「往ね。負の残穢よ。我は神に仇なす者を許さじ。如何なるものも、幻想に仇なす愚者なれば、無に還られよ!」


声が呪文のような言葉を喋り終えると、突如「それ」の周りからから赤色の液体のようなものが飛び出し、「それ」を包み終えると、流れ落ち行く雫のように地面に溶けていった。


(なんだよ…今の…)


状況が把握出来ず呆然としている僕の視界の端に、美しい金の尻尾が映る。


ハッとして僕の瞳は金の尻尾の主が居る方向へ目を向けた。間違いない。桜の木の後ろに誰かが居る。


「ほれ、人の子よ。無事か?」


そう言いながらこちらに向かって歩いてくる。

そうして木の影で見えなかった声の主の全身は、満月の光に照らされて顕になる。


背丈は僕と同じくらい。着ているものは巫女服であろうか?下駄を履き、赤と白で統一された綺麗なものでありながら、どこか神格さを感じるものを着ている。

端正な顔で美しい金色の髪をしており、深みのある赤色と金色のオッドアイが目立つ。

シュッとした体つきをしており、幼いような印象を受けるが、同時に悠久の時間を生きているかのような大人びた印象を受けた。

ただ、それらを見ても尚1番気になるのがあった。

彼女の頭の上。金色の2つの角?否。それは狐耳であった。


不思議に思いぼーっとしていると、狐耳の声の主はまた僕に向かって問いかけた。


「ほれ、人の子よ。何をしておる?何をしに来たのかと聞いておる。ここに人の子がなんの用じゃ?」


僕は少し遅れて答える。


「あ…いや…変な鳥居をくぐって気づいたらここに…」


「ほう?変な鳥居じゃと?あの奥の鳥居では無いのか?」


そうして声の主は奥の鳥居に目を配る。


「………あれじゃない。黒い空間もない、恐らく違うものだと思う」


僕がそういうと、声の主は少し困惑したような顔をした。


「分からぬの。いいか人の子よ。ここには人間が入り込まないように結界が幾度となく張り巡らされている。だからこそ、わしはお前が人なのかすらよく分かっておらん。」


そう言われて僕は困惑する。

人ではないとはどういうことであろう?

先程から何もかもが分からない。

そんなことを気にする暇もなく、声の主は話を続ける。


「まぁ良い。そんなことよりも最近ここら一帯にマズイものが出始めておる。人の子よ。このような時間に外におるのじゃ。身寄りが無いか行くあてもないのじゃろ?わしの所に来ないか?」


「え?」


正直驚いた。今会ったばかりの他人にそんなことが言えるのだ。だが、見覚えのない土地に加え、先程から不思議なことばかりが起きているのだ。

ほんとに行くあても無いし、元より他に方法はないのかもしれない。


「…お願いします」


「そうか。歓迎するぞ。お主が何者かは知らぬが、何故か安心するな」


声の主はそう言い笑うとまた僕に問いかけてきた。


「そういえばお主。名はなんと申す?」


「ああ…玉響久遠です」


「ほう。玉響…一瞬を意味する言葉と永遠を意味する久遠か。面白い名じゃな」


「…貴方は?」


「おお、わしの名か?わしは…《八重イズモ》。嘗ては《九尾》として畏れられた妖じゃよ」


そう。

異形の者に殺されそうになっていた所を助けてくれたのは、図らずもまた妖であった。

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