11 『神様』殺し
それは、山沿いの祭壇にて『罪人』を捧げる儀式が始まる前日のこと。
枯れ木に覆われた山中で、二人の少女が奇妙な形をした岩の造形物を前に、うだうだと控えめな問答を繰り返していた。
「ある? その、気配とか……」
「変わんねェな、あるんだかないんだかっつゥ感じだ。つかいいのか、んな信用して」
「してない。利用」
「へェ」
つんと頬を膨らませて言い放った黒髪の少女──ユユは、その強気な態度とは裏腹に、もう一人の灰髪の方──
問答の最中もその視線は奇妙な岩に固定され、絶対に視界から外してなるものかという強い意志を感じさせる。なんなら切羽詰まった色を宿していた。
──動き出したらどうしよう。それかなんか出てきたら、あっちょっと待って無理、考えなきゃよかったやばい。
などと考え、独りでに顔を青くしていくユユ。
「怒られる、よね」
「ブチギレじゃねエの」
などという鼎の如何にも適当な返しにもユユは青ざめたまま、ツッコミを入れる余裕すら──、
そのとき、視界の隅で何かが煌めいた。刹那、鼎の眼球がぐりんとそちらを向いて、
「ひゃっ!?」
動転した悲鳴を上げる、ユユの体勢は不自然に前のめりになった中腰姿勢。突如押されたのだ。何に?
むにゅっとした首への圧迫感、さらりとした糸のような質感の束が顔を撫ぜていく。髪だ、と気づいた。前者は腕だ、とも。
首を小脇に抱えられて、たたらを踏んだユユが前に一歩二歩、引きずられる。いきなりの鼎の蛮行──暴力というほどではないが、突然のことにユユは口を開けたまま目を白黒させて、
「──人質。と受け取っていいかしら?」
「──ぁ」
華やいでいて優雅、けれど同時に鋼のような冷たい鋭さを秘めた声音。
妙齢の女性の、それも随分と久しぶりに感じるその声にハッとして、ユユは衝動的に自身の首に回されている鼎の腕を掴んだ。勢いのままにぐいっと押し込んで、首の回るスペースを確保。特に鼎に押さえつけられるようなことはなく、そのまま頭を逆さまにして、ユユはようやくその声の主を視界に収めることに成功する。そして、
「み、あけさん……っ」
視界がにじむ。ユユの顔がくしゃりと紙を丸めたように歪んだ。
焦げ茶の長髪に長身、喪に服す意志を示すためのモノトーン寄りの和洋折衷。
ユユと別れたときのままの格好、それは紛れもなく
「っすっごい心配して、全然探しても見つからないって、なんでここ──美曙、さん?」
語気が急速に萎んでいき、最後は疑問形になる。ユユが不穏な響きを残してそう尋ねたのは、美曙の返事がないことを不安に思ったからではない。
頸部をホールドされたままの、ユユの狭い視界の上の方に見知った顔が映り込んだからだった。ひっくり返っていても最上に可愛く、かつ驚きにその目を見開いている、他でもない自分の顔。
ただ映っているのではなく、反射だと。しばし己と見つめ合ったところでユユは理解する。
これまた見知った白銀の上で、ツインテールが鏡写しに揺れる。鋼の煌めきが華を添える。その切っ先は、ユユの頭上を通過して鼎の首にあてがわれていた。
「動かないで。ユユちゃん」
怜悧な勧告は当然のこと。白刃を、向けられている。
狙いはユユではなく鼎だったが、間近で見るその冷たさには、思わずユユも自分事のようにごくりと生唾を呑んでいた。
「ご挨拶だなア。これだからニンゲンは」
綽々と鼎が間延びした口調で言う。その優位性を誇示するような所作に、美曙が先ほど言った言葉の、その意味が遅れてユユの頭の中を巡りだす。
背後から不意打ちで振るわれた刃を、いち早く察した鼎がその対抗措置としてユユの首根っこを掴んだのだ。
プロレス技でも受けているかのごとき間抜けな格好のユユだが、急所を押さえる鼎の腕力ははからずもさっき思い知ったばかり。ユユの細い首など、ふんっと軽く力を入れるだけで簡単にへし折れるだろう。
美曙の言う通り、人質としての効力は間違いない状況。──と、先刻までのユユならそう考えて、焦りに焦っていたところだった。
「美曙さん。──大丈夫です。こいつ、そんな強くないです」
「あ?」
「それは知ってるけれど」
「あァ?」
鼎がいちいち反応するのがおかしくて、ユユはつい口元を緩めていた。ふっ、という鼻から抜けるような笑みがこぼれた気もするが気にしない。
「強いことできない、っていうか。色々あって、ユユが勝ちました。無害……じゃないかもしれませんけど、とりあえずは平気です。多分」
「折るぞ」
「だからそれしまっても大丈夫です、よ?」
自分は無事だということをアピールするように、ユユが目を細めて分かりやすい笑顔をつくる。間に挟まった鼎の余計な一言は聞かなかったことにした。
「──」
無言。身じろぎもせず、もちろん構えた刀も微動だにせず、美曙は沈黙のままに鼎を一直線に見据えている。対する鼎の顔は生憎ユユからは見えないが、両者の間で睨み合いが続いていることだけは分かった。
まさに一触即発。けれどこの場にいる誰よりもハラハラしているのは、多分ユユで。
「あの、頭に血、上るので……早めに、」
「先に。離しなさい」
動くなと言われたユユの慎ましやかな要望を遮り、極めて冷たい声音で指示が放たれる。
そして譲歩の条件を出されたと分かるやいなや、鼎はパッと即座に両手を掲げてみせた。煽りを食ったのはユユだった。
「ほらよ」
「えちょっ」
突然支えを失ったユユが、お約束のようにどさりと落下する。
山道ではもちろん舗装などされていないわけで、受け身を取る暇もなく小石だらけの地面に肩を強打。ユユは悶絶しながら涙目でうずくまる。
「っつう……ッ」
「落とせって言われたから」
「落とせじゃなくて『離せ』! なんで全部違うの!?」
白々しさ満点の鼎に、再会の感動ではなく、まさかの痛みに涙することとなったユユが叫ぶ。狙い通りとばかりに、にやりと底意地の悪い笑みを浮かべた鼎。
わざとやった、とばかりの顔にユユが食って掛かろうとした矢先、ちゃきっという軽い音がして、ふいにその首筋から刀が離されたのが見えた。
「不意を突くかと思ったのだけど。意外ね」
「──あァ。今の、いい隙だったぜ」
何事か言いながら、目を細める美曙が刀を鞘に納め、したり顔の鼎が危ういところだった己の首に手を当てる。
ユユには何のことか分からない会話をもって、美曙はひとまずの警戒を解いたらしく、ユユは胸を撫で下ろした。──恐らくないとは思っていたが、鼎が短絡的な行動を起こさなかったことに対しても。
「大丈夫? 立てるかしら」
「あ、はい。……うわ、擦りむいてる」
差し出された美曙の手を握り、立ち上がりながら自身の状態を確認するユユ。赤くなった手のひらにじんじんと痛む肩と膝、それに加えて盛大に土で汚れた服。最悪だ。
やっぱり斬られちゃえばよかったのに、と思ったが、今蒸し返すと非常に面倒なことになりそうだったので口にするのは自制したユユだった。彼女の場合、普通に額面通り受け取られかねない。
「よく分からなかったけど、何かあったかと思って駆け付けたの。問題ないならよかったわ」
「問題、ないわけじゃないんですけどね」
一応は万全の状態になったユユに対し、口元に袖をやる見慣れた仕草で微笑む美曙。なんとなく、駆けつけ一杯ならぬ駆けつけ一斬り──なんていうしょうもない言葉がユユの頭に思い浮かんだ。
それと同時に、「美曙は基本、全部殴って解決できたらいいのにとか考えてるタイプ」という君月の発言が思い出される。
「分かる……」
「何が?」
「なんでもないです」
「全く。ダメよ、こんなところ簡単に来ちゃ。こんなところで合ってるわよね?」
「合ってると思いますけど、それより美曙さんこそ」
軌道修正が行われ、ようやく本来再会の直後にあるべきだった会話がなされる。
もしかして
「今までどこで、何してたんですか?」
「ミツキからの指示よ。──合図があるまで、山に潜めってね」
推定三日間、真冬に山籠もりをしていた大和撫子風の美女は、そう言って頼もしく微笑んだ。
◆
取り急ぎ場所を変更し、手ごろな大きさの岩にめいめいに腰掛けた三人。
美曙の手の横、いつでも取り上げられる位置には当たり前のように日本刀が置かれている。そのすぐ横にユユが、ユユを挟んで斜め前、微妙に離れたところに鼎がいるという格好。鼎は片膝を立てるという行儀の悪い格好で座ったため、ユユがぶつくさ小言をいう場面もあった。
普通にかっこ悪かったし、その姿でやらないでほしかったのだ。
「──『相手の正体も不明だし、村も不穏だし、万が一に備えて単独行動してほしい。無線機で合図は寄越すから、来たら絶対、必ず、忘れないで取ってくれ』。だったかしら」
「えっすごい、ちゃんと覚えてるんですね」
「メモ取っておいたの。大事なことはいつもこうしてるのよ」
そして落ち着いたところで美曙の
それに腹を立てるどころか、「昔は手に書いてたのよ」とどこか自慢げに付け足す、相変わらずの美曙だった。
「『入るなって言われる場所ほど、隠れ潜むには最適だ』。それで、ユユちゃんはどうして?」
「っ、そうなんです、今大変なことになってて──」
急く気持ちのままの前傾姿勢、とにかく時系列に沿うことだけを意識して、思いついたことを片っ端から。稚拙ながらも一生懸命にユユが語ったのは、
と、それを聞くが早いか、
「斬る?」
「斬らないでください。とりあえず、今だけ」
「今じゃなくてもダメだろ」
「どの口! 反省!」
間を置かず首を傾げた美曙を速攻で止めつつ、これはもはや早合点というか、自分がそうしたいだけなのではという気がしてきたユユ。
先程の指摘を受け、妥協案をとって胡坐をかいた鼎がしれっと何様かと思うようなことを吐いたので、雑に内省を叫ぶ。当の本人は反省するどころか舌を出していた。
「話進まない……!」
「あら、ごめんなさい?」
「あっ違います、悪いの全部こいつなので。全然続けてもらって、」
「なら、そんなことになってたの、っていうのがひとまずの感想ね。
敵地に変わりはないはずなのだが、美曙が合流してからというもののゆとりができてしまったようで、ユユは気の抜けかけたところを内心で慌てて引き締める。
その一方で、散々に追い詰められた現状を聞き終えた美曙が吐息を一つ落とす。意図の不明な引きにユユが目をぱちくりさせていると、
「もう一つ言うなら、『作戦通り』って、そう言うと思うわ。ミツキ」
山のふもと、もうすっかり離れた喧噪や仲間に思いを馳せてか、遠くを見つめながら、彼女はそう言った。
「作戦……これが、」
「ええ。──さすがに、死んだら連絡来ると思うから」
「死んだら無理じゃねエの」
「言われました」
「一番大変なことするのよ。一人で。『必要だから』、『楽だから』って言うでしょうけど。多分クセみたいなものね──なんなら、」
ユユとしては癪ながら、妙に息の合った二人のツッコミをスルー。ドライなのか何なのか分からない死生観をさらりと述べたあとで、退屈そうに肘をついて手に顎を乗せていた鼎に美曙が視線をやる。
その目はやはり、ユユを含めた人間に向けるものとは違う、冷ややかで一切の情が感じられない瞳。
「そこの害獣が何かしなくても、勝手にやってたと思うわ。そういう性分なのよ、あの子」
乾いた風に細い髪を遊ばせるその横顔が、急激に年上の余裕を帯びて見える。それも、修羅場をくぐり抜けてきた者にしか出せない達観した佇まいで。
数日前、ほんの少しだけ、その仲がどうなのかと疑ったことをユユは恥ずかしく思った。
胡乱な看板、胡乱な人々。今更一人で元の日常になんて帰れないユユが、たまたま都合がよかったからとずかずかと上がり込んだ、仮の居場所。やたらとわちゃわちゃしていて緊張感のない、珍妙な集団。──見くびっていたと、心の内で小さく謝罪する。
そして同時に、羨ましいなと思った。ユユにはきっと、逆立ちしてもできないことだから。
過度に
「私たちはただそこに乗っかればいいの。いつも通り」
視線のみを戻してユユに向ける、その豪胆な微笑に改めて虚を突かれたような心地になる。ふん、と斜め横で鼎が鼻を鳴らしたのが聞こえた。
「わ、かりました。なら、これだけ」
飲み込んで、飲み下して、ユユは頷いた。異論はなくし、そもそも遡ってみれば、ユユが急いても何もできることはないのだ。頷くほかない。
けれど一つだけ、どうしても気になることがあった。
「ここでどうやって過ごしてたっていうか、──言っちゃうと、生きてたんですか?」
ぶしつけながら、当然の疑問だとユユは思う。
一番冷え込む時期にはまだ遠いとはいえ、冬真っ盛り。加えてここは例えるなら化け物の腹の中。鼎によると気配は感じられないというが、それもどこまで信用できるか定かではない。
安心してばかりはいられないし、逆に何か秘策を取っていたのなら聞いておきたい──と、ユユが想像を膨らませていると、
「どうやってって、普通よ? 野草ならこの季節にも生えているし。ガスコンロはあるわよ。使う?」
「あ、それはありがたいんですけど」
なんとなく察していた答えが返ってきた。鼎を見ると口をへの字に曲げていたので、やはり化け物から見てもおかしいようだった。
ではなくて、ユユが求めているのは、
「そっちじゃなくて……山の神。『クエビコ様』って、覚えてますか?」
「もちろん。メモっておいたわ」
「わあよかったです。じゃなくて美曙さん、前からここにいたってことは」
そこで言葉を切り、未だ消えない異様さに包まれている──少なくともユユはそう感じている山を、辺りを見渡す。依然として生命の気配のない、どことなく乾きを覚えさせる光景を。
「ちらっと見ちゃったり、とか。……ありました?」
「──ない。一度もね」
静かに告げられた、予想外の返答にユユが驚く。そして、それとは対照的に、
「当たりか。気味悪ィ隠れ方するもんだ」
「時折、変な感じはしたわ。突然景色がおかしくなったり、道が分からなくなったり──いるのはまず間違いないでしょうね」
一人で勝手に得心のいった発言をしたのが鼎。そして、その「気味が悪い」に美曙が同調する。
前者は景色が変わるという明らかな異常なので分かるとして、後者に関しては濡れ衣の可能性もあるような──と思ったユユだったが、それはしまっておくことにした。
顎に指を添えて記憶を辿る仕草を見せつつ、美曙は続けて、
「トウテツだったかしら、貴方も感じる?」
「気配が微妙過ぎてな、言えなくはねエが──オレよりか、ユユ。なんかあんだろ」
「っえ、ユユ?」
武力をチラつかせていたのはどこへやら、あっさりと鼎との協力を受け入れた美曙の質問だったが、返ってきたのは期待外れの回答。軽く流して顎をしゃくって話を振る、鼎の横柄な動きに、さっき自分で遮ったくせにと内心でユユは思う。口には出さなかったが。
その傍らで何かあるのかと美曙が視線をやってきたので、ユユの体にほどよい緊張感が走る。居住まいを正すと、「さっき考えたのがあるんですけど」と口を開いた。
「ここの神様が食べてるのは、本当なら非常食くらいにしかならない恐怖心だけ。それで力が足りなくて、そんなに手は出してこない、みたいな。……その、自分でもちょっと期待しすぎかもって思うんですけど」
「あら、ユユちゃん頭いいのねえ。よく考えてる」
「あんまりよくはな──って、もしかして合ってたり、」
「ミツキに会ったら聞きなさいな。残念だけれど私は専門外。けど、いい線いってるいるんじゃない?」
「そっち……。だといいんですけど」
あからさまな消化不良感を漂わせつつのユユの返答。鼎からのお墨付きもあった推測だ、美曙の言う通り「いい線いってる」とまではユユもぼんやり思えるのだが、どうにも不安感が拭えない。理由は簡単で、不穏な点を残しすぎているからだ。
──まだ、ユユが見たあの『目』が何なのかが分からない。あの音も声も造形も、不釣り合いに差していた木漏れ日の光すらあまりにリアルな白昼夢。
ユユはあのとき間違いなく、根源的な恐怖に触れた。村人が崇め奉るのにも納得がいく、罪を裁くという文字通り別格に高次元な存在、その実在を深く感じ、恐れた。
「アレって、具体的にどうにかできるんですか。できる、ものなんですか。人間に」
「そうねえ。いい機会だし、教えて──いいえ、見せてあげるわ」
そう言った美曙がいい思いつきとばかりに笑みを含ませる。ふいに傍らに置かれた愛刀を取り上げたかと思うとおもむろに膝の上に乗せ、その黒々とした鞘を慈しむように
少し得意そうに開いた口元から、形のいい八重歯がちらりと覗いた。
「──『神様』はね、殺せるのよ」
「こっち見ながら言うんじゃねエ」
その視線の向かう先は、ユユを通り越して鼎の方へ。美しくもどこか這い寄るような底冷えのする微笑に、妙な説得力を感じるユユだった。
──これなら大丈夫という安心ではなく、神様も人間もどっちも怖い。という、恐らくは本人の意図と大きく違うかたちでの納得だったが。
本心から嫌そうに身をよじる鼎に、やっぱり弱いんだなあと思いつつ。つい数秒前にふと思いついたことを投げかける。
「ねえ、トウテツ。さっきの、言えなくはないってなんだったの?」
「んあ」
信頼関係を見せつけられて、任せろと言外に言われて。ならばユユはユユに、できることをしようと思ったのだ。
具体的には、真横で鼎に向かって麗しくガンを飛ばしている最中の、脳みそが筋肉でできている人の「専門外」を補うことを。
「あー……なんだろ、なァ」
「もごもごしない」
「なんだろなァ」
「──心当たり。あるなら言って」
「……あー」
六年分を一度リセットして、半月と少しでユユが培った経験則。この化け物は、隠し事があるときには結構感情が顔に出る。あと、責められると弱い。
言いたくないのか単に億劫なだけなのか、どうせ後者だろうとユユは思う。露骨に面倒臭そうな顔をした鼎にユユが詰め寄るまでは、あと数秒だった。
◆
その夜をユユたち一行がどう乗り越えたかは割愛する。ユユが語れるとしたら、恐るべし、美曙のサバイバル術──というその一言だけだ。
「信仰を──この場合は恐怖だな。それを持ってないやつは基本食えねエ。つか、食えたもんじゃねエ、不味いし痛えんだよ。それすんのはガチの最終手段って感じだ」
昨晩起きた一幕。ユユに、あるものは隅から隅まで全部吐けと──もちろん言い方はもっと可愛い──迫られた鼎による解説だ。
いくら美曙が大船に乗ったようなことを言っていようが、不測の事態だって全然あり得るのだ。こちらでも何かしら考えておくに越したことはないと、ユユはこの場の唯一の情報源から搾り取ることにした。
「んで普通、最終手段っつゥのは、その前に何個か手立てがあるものを言うもんだ」
怠そうにしながらの割に、鼎はやたら解説が上手い。やはり年の功だろうか、そういえば年齢聞いたことないけど、というユユの所感はさておき。人差し指と中指を立てて、鼎は言った。
「食えるもんを食うか、食えないもんを食えるようにして食うか。大方この二択。当たり前だが簡単なのは最初のヤツで、オレならもちろん楽な方を選ぶ」
「──狙われるのは、村の人たち」
「だろうな」
その他にも様々話した作戦会議から日付は回り、ついに訪れた十二月二十日、『果ての二十日』当日。いつ呼び出されても──どうやってやるのか美曙の口からはついぞ語られなかった、多分知らないのだろう──もしくは何が起こってもいいように、ユユたちが陣取ったのは現場の付近。
崖ぎわに位置していた処刑台を思わせる悪趣味な祭壇の、そのたった十メートルほど真上に儀式が始まる前から潜んでいたのだ。
ちなみにどうやって辿り着いたのかというと、「人の気配がするわ。多いわね、こっちよ」などと迷わず進んでいった美曙の功績が大きい。その精度にはもはや突っ込むことを諦めたユユだった。
「──いた」
完全にモードに入った美曙の静かな報告から、その儀式は幕を開けた。
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