2.脚本

今日は世間的には休日で、スーパーは大忙しでした。さらに、理由は不明ですが普通の休日よりも客足が多く、私は一日中レジから離れることができませんでした。

「いらっしゃいませ、こんにちは。お預かりいたします。お会計2178円でございます。ありがとうございました。いらっしゃいませ、こんにちは。お預かりいたします。お会計822円でございます。ありがとうございました。」

できる限りスピーディーにと思いますが、お客様によっては話すスピードなども工夫しないと伝わりにくかったりして、なかなか難しいものです。今日も、「混んでんだから早くしろよ、とろくさい。」とお𠮟りを頂いてしまいました。

こんな調子でレジの行列は途切れることがなく、一日中立ちっぱなしの喋りっぱなしで、足も口もヘトヘトです。これだけ口を動かしていれば、なかなか良い発声練習になってるんじゃないか、なんて思うこともありますが。

夜は劇団の活動で、いつも通り雑用をこなしてきました。昼からの疲れが抜けないままだったからか、普段なら平気で片付けられる仕事なのに今日はどっと疲れてしまいました。



こんなに疲れる日は珍しい。初めてだ、と言っても過言ではないほど疲れています。家に帰ってソファに沈み込み、頭を空っぽにして、深呼吸という名のため息を何度吐いたって完全には回復しないほどの疲れです。普通であれば。

今日は、スーパーの忙しさも、疲れ方も普通ではありませんでした。そして普通ではないことはもう一つ。今の私には、どんな疲れも吹き飛ばしてくれるであろう、とある品物があるのです。



お風呂にも入ってホクホクのまま、ダイニングテーブルへと向かいます。テーブルの上にはA4用紙が数枚綴られただけの冊子。今日の劇団の終わり、帰り際に渡されたものです。ページ数は少なく、風が吹けばすぐに飛ばされそうなそれは、私にとってとても重みのある大事なものに思えます。

そう、私の一人芝居の脚本です。



冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ、テーブルに置きます。椅子に座り、深呼吸を一つ。私は一文字一文字を目に焼き付けるように、脚本を読み始めました。





言葉が出ませんでした。どんな話だろう、あんなのかな、こんなのかな、と予想していたそのどれもが大外れでした。

公演時間は15分。その15分は、一人の女の子が自ら命を絶つまでの時間でした。

言葉が出なかったのは、その内容もさることながら、この脚本を私が演じるのは非常に難しいと感じたからです。



私の演じる『彼女』は、私とは全く違うタイプの人間です。『彼女』のいる環境は恵まれています。お金もあります。愛されています。それ以上の幸せを望むのは強欲だと言えるほどでしょう。語り口も明るく、楽観的なものです。それなのに何故命を絶つのか。その気持ちが私には理解しがたいものでした。



本当に私がこれを演じるのか。演じることができるのか。中途半端になるくらいなら、今からでも「できません」と言うべきではないか。大きな不安に襲われました。でも、その不安と同じくらい大きな期待もありました。

だって私が演劇でやりたかったのはこういうことです。

「自分とは違う人生を演じる」

まさに今、それが叶おうとしているのです。

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