第10話 美少女オーラは感染するらしい
放課後、いつも通りあーちゃんと家へ帰ろうと思い声を掛ける。
「あーちゃん、帰りましょう」
「オッケー、帰ろー帰ろー!」
正に意気揚々といった感じ、テンション高めの声音であーちゃんが私に答えた。
互いの家が近いことを知ってからは、あーちゃんと共に登下校することがすっかり習慣化している。
私からあーちゃんに声を掛けることはあまりないのだけれど、放課後のこの瞬間だけは特別だ。放課後になるとすぐに私から彼女を誘うようにしている。
早めに私から声を掛けなければ、あーちゃんと話したいクラスメイト達がぞろぞろとやって来てしまい、帰るタイミングを見失うからだ。
一度、あーちゃんたちの会話を邪魔しないようにと思い、彼女を置いて先に帰ったことがある。けれど、次の日に会ったあーちゃんは分かりやすくプンプンと怒っていた。
機嫌を損ねたあーちゃんは正直面倒くさい。自分が怒っている理由も言わず、黙ったままひたすら私の頬を指先でツンツンしてくる。
なんで怒ってるのか分からなかった私は彼女の機嫌を治すのに苦労したもんだ……。
そんなところも可愛いのだけれど、ああなると分かっていて放置して帰る気にはもうならない。
「じゃあ皆! また明日!」
あーちゃんは私と手を繋いだまま空いている方の手を上げて高らかにクラスメイト達へ別れの挨拶をする。どうにも今日は機嫌が良さそうだ。私の髪の毛を弄り回すのはそれほどに楽しかったのだろうか……。
そんなことを思いつつ、教室を出ようと歩き出したところで、私たちは一人のクラスメイトに引き留められてしまう。正確には、
「ちょっとお待ちよご両人! というか庭代さん!」
「はぇ?」
唐突な名指しに驚き、素っ頓狂な声を出して私は固まる。
何事かと思えば、そのクラスメイトは私へ良く分からない問いかけをした。
「一体それはどういうことなのかな?」
私を指差してそんなことを言うのは、いつも仲の良いクラスメイトとイチャイチャしている
百合成分過多で私を困らせてくれる子。昼食時にはクラスメイトから『あ~ん♡』してもらってご飯を食べていたりするけしからん子。
まぁ、今となっては私も人の事は言えないのだけれど……。
ちなみに彼女と話すのは同じクラスになって一月経つというのに、これが初めてのことだと思う。
「こらこら日向ちゃん。人を指差したらダメだよ」
「あだだだだ! 指を変な方に曲げないでぇ!」
さらにその隣にもう一人現れる。日向さんによく『あ~ん♡』してあげている方のクラスメイト、確か名前は加藤さんだ。
彼女は、私の方を指していた日向さんの指を曲げてはいけない方向に捻じ曲げようとしていた。
ちょっと、……いや、だいぶ怖い。
「ちゃんと庭代さんに謝りなさい」
「はい! 謝る! 謝りますから離して!」
解放された日向さんは、それはもう深々と私へ頭を下げている。
「ごめんなさいでした!」
「…………あ……はい」
意味不明な状況すぎて理解に苦しむ。結果として、私は何も考えず陰キャの必殺技「あ、はい」を繰り出してしまった。
どうすればいいのか分からず、あーちゃんに助けを求めようと彼女の方を向けば、あーちゃんはニコニコしながら私を見ていた。
「自分でなんとかしなさい」そんな言葉があーちゃんの顔から透けて見える。どうやら今のところ介入する気はないらしい。
仕方なしに私から日向さんへ、「それで、何のご用件でしょうか?」と事務的な質問返しをする。
「それだよ! それ!」
ズビシッ! っとまた私の顔に指を向ける日向さん。そして、またしても日向さんは加藤さんに指を掴まれる。
「そ、その流れはもういいので……」
「あれ、そう? あと二回はやっとこうと思ったんだけど?」
「ネタをこすり過ぎだよ日向ちゃん。私も三回目は本当に折っちゃうかも〜」
「…………」
本当に笑っているのか分からない、見るだけで底冷えする目をしながら表情だけにこやかな加藤さん。彼女は、日向さんを一撃で黙らせてしまう。
この二人の関係ってどうなっているんだろう? 思ったより甘々な感じではないのか……? というか、加藤さんってこんな感じの人だったんだ……イメージしてた優しいお姉さんとはちょっと違いそう。
「えっとね、庭代さんがお昼休みから戻ってきた途端に別人化してたから、日向ちゃんも、私も吃驚しちゃったんだよね。だから、『どうしたの』って聞きたかったんだと思う。……ね?」
「ハイ、ソウデス」
スポークスマンとして日向さんの質問の意図を私に伝えてくれる加藤さん。今の日向さんは加藤さんの問いかけに対して全肯定しそうな状態なので、スポークスマンとして正常に機能しているのかは定かではない。
それにしても、まさか髪型が変わった程度で別人扱いされるとは……髪型って怖い。
「えっと、髪をあーちゃんに弄り回されて……それだけなんですけど…………」
「髪型変えるだけでそんな美少女オーラが出てくることなんてあるかーーーーい!!」
「ひぇっ」
唐突に元気になった日向さんのテンションに思わず後ずさる。ノリツッコミというやつだろうか、全然ついていけない。そもそもボケたつもりがない。
これが女子高生の普通の会話なのだとしたら、あーちゃんは相当私に気を使った会話レベルで相手をしてくれていたのだろう。
あーちゃんは突拍子のない事を言い出すことはあっても、こんなジェットコースターみたいな絡み方をすることはなかった…………ような気がする。いや、そんなこともないかも……?
それにしたって、この人情緒不安で怖いよ! さっきから何なの⁈ 取り敢えず怖いから謝っとこ……。
「ごめんなさい」
「あ……こっちこそ、なんかゴメン」
私の薄い反応を見て日向さんはやり辛そうにしている。ごめんね、コミュ障で……。
それにしても美少女オーラとはなんのことだろうか。そんなモノを具現化できるのは、私の隣で何やらニヤケ面を晒しているあーちゃんぐらいのものだ。
いや待てよ……、まさか昼休みを共に過ごすことで、あーちゃんの美少女オーラの残滓が私に
「あ、モモっちが限界を迎えてトリップしてる……。ヒナちゃん、ゴメンけど話はまた明日とかでいい? モモっち、たぶん今日は私のせいで疲れちゃってるんだ」
「ま、まだ何も答えてもらえてねぇ……。てか、なんで当たり前のように二人で登下校してるのかとか、あーちゃんにも聞きたいことは山ほどあるんだけど?」
「アハハ、私とモモっちは明日も学校来るから、今日のところは勘弁して」
「日向ちゃん、無理言っちゃダメだよ」
「…………しょうがない、今日は諦めるかぁ……じゃあ、明日のお昼にでも改めて話を聞かせてよね」
「うん、それじゃあ、また明日ね」
「約束だよ?」
「了解了解」
「テキトーだなぁ……ま、いいや。またね」
「バイバイ、あーちゃん」
私が美少女オーラ感染説を脳内で唱えているうちに、あーちゃんが話をつけてくれたらしい。
気づけば私はあーちゃんに引きずられるようにして教室を後にしていた。
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