第二章

第8話 か、顔はあんまり見ないで……

 可愛い女の子にご飯を食べさせてもらえるというのは、たとえ同性であっても嬉しいものだ。これは私が百合女子であるからとか、そういうことではないと思う。性別など関係なく、美しいものは美しく、可愛いものは可愛いのだ。それと同じように、ご飯を美少女に食べさせて貰うということはイコールで嬉しい。

 であるからして、私が学園のアイドル的存在である美少女から『あ~ん♡』して貰ったことを思い出してニチャニチャ笑顔になってしまうのは自然の摂理なのだと主張したい。

 

「モモっち、凄く蕩けた顔になってる」

「あ、すみません……」


 今は昼休みの終わり間際。

 私はあの一件から一週間以上毎日、本当にあーちゃんとご飯を食べさせ合いっこしている。場所は変わらず校舎の外れ、一階の階段裏。

 初めは埃っぽいこの場所に難色を示していたあーちゃんも、今はもう此処へ来ることに慣れてしまったようだ。今となっては、昼休憩に入ると同時に帰巣本能を持つ渡り鳥かのように毎日同じ時間、同じルートで移動して此処へやってくる。

 もちろん私の手を握って。

 

 事あるごとに手を握られることに関してもそうだけど、恥ずかしいと思っていた『あ~ん♡』も一週間続けると慣れてくるものらしい。

 人間という生物が適応能力の高い生物であることを、こんなことから再確認できた。

 

 しかし、私の場合は恥ずかしさに慣れると同時に、今度は煩悩が溢れ出すことも分かってきた。

 最近の私は隙あらば、あーちゃんにあ~ん♡して貰った瞬間を思い出してだらしなく顔を緩ませている。

 

「モモっちは機嫌良さそうに何を考えてたのかなぁ?」

「そ、それは言えません……」

「えぇ! モモっちってば、それ多すぎだよ~」

「こ、こればっかりは勘弁してください。あーちゃんに話したら今の関係が終わってしまうくらいに致命的なことを考えていました……」

「そ、そんな重大な話だったら尚更教えて欲しいんだけど……もしかして、アタシが何かしちゃった?」


 少しだけ上目遣いになり潤ませた瞳で私の顔を覗き込もうとするあーちゃん。

 私は咄嗟に身体を引いて顔を隠しながら答える。

 

「ごめんなさい、本当はテーブルの側面にこびりついているご飯粒くらいどうでも良い話です」

「それはそれで気が付いちゃうと絶妙に気になる奴じゃん」

「……たしかに」


 ついさっき貴方からご飯を食べさせて貰ったことを思い出しながら脳内に花畑を耕していました、とは言えない。聖母の如き広い心を持つあーちゃんであっても、流石に引いてしまうだろう。いや、引かれる云々については、既に手遅れなような気がするけれど。


「まぁ、無理に聴こうとは思わないけどさ、一応これってモモっちに女の子との触れ合いに慣れてもらう目的でやってるんだよね。だから、スキンシップに限らず、もうちょっとだけオープンに話をして欲しいというか……まあ、アタシの我儘なんだけど」

「我儘なんてそんな…………。わ、私も分かってるんですよ? 今もままじゃ後々苦労するって。でも、人とちゃんと話すことってどうしてもハードルが高くて……」

「うむむむむ……モモっちは、どうして人と話したりするのが苦手なの?」


 どうして……? どうしてだろう?

 改めて聞かれると困る。生まれついての性質というか、生理的な問題な気がする。云うなればアレルギーだ。

 理屈とかを抜きに、何となく拒否反応が先に出てしまう。けれど、誰に対してもそうかといえば、そういうわけでもない。

 はて、じゃあ私は何を基準に話しやすいかどうかを決めているんだろうか? というか、今更だけど私にとってあーちゃんは話にくいタイプのカテゴリーになっているのか?

 これだけ優しくしてもらっておいて、そんな本心では未だに苦手に思っていたりするんだろうか? そうだとしたら自分のことが嫌いになりそうだ……。


「内面を変えるには、まず外面から整えることが大事って話を聞いたことがあるんだよね」

「はい……?」


 いつの間にやら互いに長考してしまっていた。先に話し出したのやはりあーちゃんだ。

 

「人との間に無意識に壁を作っちゃうのってさ、モモっちが普段から人目を避けるような行動をしたり、顔を隠すような恰好をしているからだったりしないかな?」


 拙い、これはあーちゃんが暴走モードに入ってしまう予兆を感じる。

 何とかして話を逸らしたい。このまま話が進むと私にとって非常に都合の悪いことになりそうだ。


「モモっち、前髪上げてみない?」

「ま、待って……っ…………」


 私の静止の声は虚しく、彼女はひょいっと私の前髪を片手で持ち上げてしまう。


「え……?」

「うぅ……か、顔はあんまり見ないで…………」


 少しの間だけ彼女と目を合わせることを我慢したけれど、私は耐えきれず後ろに飛び退いて前髪をいつも通りの状態に戻した。顔が熱い、久しぶりにガッツリ人と目を合わせてしまった。恥ずかしくて死にそうだ。

 

 逃げてしまったことについて、あーちゃんから何か言われるかと思ったけれど、彼女は私と顔を合わせたポーズのまま固まっている。

 かと思えば、あーちゃんは何度も同じ言葉を繰り返し始めた。


「か……可愛すぎる! モモっち、めっちゃ可愛いじゃん! 何で目元隠しちゃうのさ! 可愛いのに!」




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