第7話 ほっぺにチューは普通ですか?③

 皆さんこんにちは! 『ほっぺにチューは普通ですか?』の会を代表しております。庭代にわしろ百花ももかです!

 本日はですね、友人同士ならほっぺにチューは普通なのか否か、これについて皆さんとお話していきたいと思います。

 まず日本におけるチュー、所謂、接吻の始まりは明治以降と言われております。明治元年は西暦で1868年ですので、実は日本に『チュー』という文化が生まれてから二百年も経っていないんですね。

 歴史の浅い文化でありますれば、やはりその行為が持つ意味合いというものも定義の形成が曖昧であり「私は○○のつもりでしただけ」という人による認識の齟齬が発生してしまうんです。LOVEなのかLIKEなのか、果たしてそのチューの真意がどちらなのかは本人のみぞ知るところ。そのため行為者と被行為者の間で誤解が生じてしまえば大きな問題になるケースもあり、ハラスメント行為に対する意識が向上した現代においては最悪は刑事問題にまで発展しうる危険な行為となっております。

 人によってはただの挨拶、また違う人によっては大切な想いを伝えるための儀式。最終的には、やはり受け取り手に判断が委ねられる傾向にある行為ですから、気軽に頬への接吻を試みることは『普通』とは言えないのではないかというのが私の結論になります。

 それではこれよりディスカッションの時間となりますので、皆さんでお手元の資料を基に忌憚のない話し合いをしてください。

 長い挨拶となりましたが、私の挨拶はこれにて――――。

 

「モモっち? ねぇ、聞こえてる⁈ モモっちぃ‼ おーーーーい!」

「ハゥッ……⁉」

「あ、帰ってきた」


 恐ろしい、いつの間にやら意識が虚空に囚われていた。あーちゃんが居なかったら、あのまま廃人になっていたはずだ。


「あ、ありがとうあーちゃん。貴方は私の命の恩人です……」


 私の意識を虚空へと吹き飛ばしたのもあーちゃんだけど。

 

「い、いいから、とりあえずヨダレ拭きな……」

「おっと、失礼……」


 口を開けたバカ面でヨダレまで垂れ流していたらしい。消えてなくなりたい。

 もう、お嫁にいけません……。


「本当にごめんねモモっち、そんなに吃驚させちゃうなんて思わなかったよ。じっとアタシのお弁当を見てたから食べたいのかと思って……そんなに、嫌だったんだね…………」


 目の前のあーちゃんが見たこともないほどに萎れている。こんな見事なしょんぼり顔は人生で初めて見た。記念に写真に収めて家宝にしたいレベルだ。

 しかし、このまま彼女を悲しませておくのは忍びない。


「ごめんなさい。クラスの子から食べさせてもらったりするのが初めてで……。だから過剰に吃驚しちゃっただけなんです。私ってスキンシップに慣れてなくて……。あと、友達にチューしたらダメだと思います。私だったらショック死します」


 あーちゃんは物凄く軽い感じで、ほっぺにチューは普通だとか言っていたけれど、私からすればクリティカルだ。

 

「そうだね、さっきまでのモモっちを見ると冗談として流すのは危ないことは分かるよ。モモっちは本当に死にそう……。絶対にしないようにするね……」

「はい、そうしてください……。私もあーちゃんを殺人犯にしたくはないです」

「さ、殺人犯…………」


 私の言葉にあーちゃんが戦慄の表情を浮かべている。ようやく、私という人間の危うさに気づいていただくことができただろうか。


 良かった。これで、私の命があーちゃんの気まぐれなチューによって散らされる危険はなくなっただろう。

 一件落着とまではいかないが、これで一安心。

 

 しかし、そんな事を思っていた私の油断を突くかのように、あーちゃんがまたしても可笑しなことを言い出す。


「アタシね、モモっちが慣れてないことを急にやっちゃって、それで驚かせたのは悪かったって反省してる。……けど、モモっちも今のままじゃダメだと思う!」

「へ?」

「ほっぺにチューした程度で死んじゃうなんて、そんなの病気だよ!」


 はい、そうです。私は奇特で危篤な患者です……。


「そのままじゃ、いつか大変なことになるよ! ……だからね、…………アタシと一緒にその病気を治そう!!」

「なぜそうなる⁉」

「大丈夫! アタシが練習台になるから! まずは、あ~ん♡から慣れていこう!」


 あーちゃんが、とんでもないことを言い始めてしまった。一体何の冗談かと笑って話を流したいところだけど、残念ながら彼女の表情からして冗談を言っているつもりは無いのだろう。


「あーちゃん、落ち着こう?」

「うん、落ち着いて、先ずはご飯を食べよう。今日からモモっちのご飯はアタシが食べさせるから、モモっちはアタシに食べさせてね!」

「いや、……あの……」

「大丈夫! 私も実はこういうの慣れてないんだけど、モモっちのために頑張るよ! 一緒に女の子同士のスキンシップに慣れていこうね!」

「だ、誰か助けて……」

「うん! アタシに任せて!! アタシがモモっちをまともな人間にしてみせるよ!!」


 違う、そうじゃない……。


 あーちゃんがドンドンとおかしな方向へ暴走していく。

 ここに来てようやく気づくことができた。

 どうやら、あーちゃんの天然は私の認識を遥かに超えているらしい。

 

 あーちゃんが、私と両手を結んでギュッと力強く握りしめる。


「一緒に頑張ろうねモモっち!」

「あぁ、……はい…………よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね!」

 

 諦めの境地とはこういう心境のことを言うのだろうか。もはや抵抗する意志は完全に折られてしまった。だって、目の前の美少女は爛々とその瞳を輝かせているのだもの。

 それを再び悲しいものに変えてしまうような度胸は、私には無い。

 

 こうして、百合女子であることを隠す私が、美少女すぎる友人に翻弄される日々が始まってしまった。


 もうどうにでもなれ。

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