第5話 ほっぺにチューは普通ですか?①
クラス替えから早一ヶ月、教室内には仲の良い友人同士で形成された新たなグループが幾つも誕生していた。今は昼休み、出来立ての仲良しグループでお弁当を食べる流れになるのは何も不思議な事はない。
「
「えへへぇ、実はこれ私が作ったんだー」
「マジ⁈ 凄いなぁ」
「あ、良かったらちょっと食べる? 実は自信作だから誰かに食べてみて欲しかったんだよね」
「良いの? じゃあお言葉に甘えて……あ~ん♡」
「はい、あ~ん♡」
「あ、ずる~い! 私も食べたーい!」
私の視界の先には3人のクラスメイトがお弁当を仲良く食べる姿がある。
私からすれば大いに物申したいことがある風景だ。
貴方たち仲が良すぎやしませんかね?
そんな当たり前みたいなノリで『あ~ん♡』しちゃうの?
どう考えてもそんなの不純同性交友じゃん。
実はもっと凄いことをやっているから感覚がバグっていたりするんですか? もう二人であーん♡しちゃってるんですか?
いけませんよそんなこと⁉ 世間が許しちゃぁくれやせんよ!
昨今ではジェンダーレスに対する波も来ているのだから、相手が男性か女性かなんて区別なくマクロな視点に基づくラポール形成をですね…………。
「あれ、またモモっちがバカな事を考えてる時の顔になってる。……アタシの話聞いてる?」
「あっ、すみません……」
人類補完計画を企てる某特務機関総司令のポーズでゴミのような思考に耽っていると、隣に座るあーちゃんから声を掛けられる。
さりげなく私の事を罵倒していた気がするけれど、本当にバカな事しか考えていなかったから特に物申すことはない。
「えっとえっと、なんの用件でしたでしょうか?」
「……いや、ご飯を食べようと思って声かけただけなんだけど……」
「ああ、そうですか。私は教室を出るところなので、席はご自由に使ってください」
「えっ?」
「え?」
あーちゃんが友人たちとご飯を食べるのに私の席を使いたいという話なのかと思ったのだけれど、私の返答に対して彼女は驚いた顔を見せた。
何やら私は解釈を間違えたらしい。
そして彼女は、
「いや……アタシはモモっちと食べたいんだけど……」
私の全く想定していなかった返答をする。
あーちゃんは指先で自分の髪の毛を弄びつつ、若干頬を染めている。恥ずかしそうにしているけど、視線は絶対に私から逸らさない。
「ゑ?」
「い、嫌かな……。モモっちって昼休みになるといつの間にかいなくなってるから、珍しく教室に居る今日はチャンスなのかと思って」
私が昼休みにボッチ飯を慣行してるのは何も友人がいなくて教室に居場所が無いからとか、そういうことではない。
この学校の生徒たちはやたらめったら距離が近いから、教室に居るとさっきみたいな光景を見せつけられることが度々あるのだ。
あんなものを見せられては、持病であるてぇてぇ病を発症させてしまう。だから、私は昼休みになると教室を離れて一人安全圏でご飯を食べている。今日は教室を離れるよりも先にクラスメイト達の百合劇場が始まってしまいタイミングを逃しただけだ。
それにしても、あーちゃんから食事に誘われるとは思っていなかった。
どうしよう……。
「……ダメ?」
「もちろん良いですともっ!」
脊髄反射で彼女の誘いに乗っている私。
くっ、酷いハニートラップだ……。
潤んだ瞳であーちゃんにおねだりされては断れるわけがない。
だって美少女だから!
「で、でも、あの……移動していいですか?」
「もちろん! モモっちが普段どこで食べてるのか気になってたんだ」
この空間で食事を始めることは危険だ。てぇてぇ病のこともあるけど、あーちゃんと二人でご飯なんて食べ始めたら他の生徒が集まってしまいかねない。
ただでさえ人見知りにコミュ障を拗らせている私は、大人数に囲まれて食事なんて無理。口に入れた端から内容物を吐き出していまいかねない。
おそらく、あーちゃんと二人きりでもハートビートがBPM200を超えて全身から汗が噴き出すことだろう。今だって既に自分の鼓動が聞こえるほどには心臓が早鐘を打っている。
それにしても、どうして学園のアイドルと私のような陰キャがご飯を食べることになっているのか……。
相変わらず、あーちゃんが何を考えているのか良く分からない。
「じゃあ、行こうか」
最近はよくこのセリフを耳にする。そして、あーちゃんがこの言葉を使う時は決まって私に手を差し出すのだ。
何故手を差し出すのかといえば、当然、その手を差し出した相手に取ってもらうためなのだろう。
無視するわけにはいかない。
「は、はい。よろしくお願いします」
私は彼女の手を取って歩き始める。珍しく、今日は私が先導役だ。
行き先を知っているのは私だけなのだから当然のこと。
「おおっ、遂に……」
「頑張れあーちゃん……」
教室のどこかから何やら視線を感じた。
やっぱりあーちゃんと居ると目立ってしまうらしい。
コソコソ話す彼女たちの言葉が私に届くことはなかったけれど、陰口じゃないといいなぁなんて、そんなことを思いながら私はあーちゃんを連れて教室を出て行くのであった。
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