第4話 美少女と一緒に登校するとこうなる
――ピピピピピ!
朝、聞き慣れたアラームの音で目が覚める。
やかましい電子音を止めるため、音の発生源を寝ぼけ眼で探せば、枕元で鳴り響く携帯を見つけることができた。
停止ボタンを押して、携帯を持ったまま部屋を出る。そのまま洗面台へ向かって、顔を洗ってから携帯を弄りつつ歯を磨く。
お〜、ついにあの作品もアニメ化か……。
最近は過激なシーンがあってもアニメ化してくれることが増えたなぁ。
好きな百合漫画がアニメ化するという情報を発見して一気に脳が覚醒する私。
そんな風にして歯磨きを終えれば、一度部屋に戻って制服に着替える。そしてまた部屋を出て、今度はリビングへ。
「おはよー」
「ん……」
「おはよう百花」
新聞を読みながら不愛想な返事をすると父さんと、キッチンから顔を出して私へ挨拶を返す母さん。
ちょうど朝ごはんができたところだったようで、キッチンカウンターにはトーストと野菜を盛られた皿が並んでいる。
「百花、お皿運んでー!」
「はーい」
私は二人分の皿を取ってテーブルまで運ぶと、父さんと自分の定位置にそれを置く。遅れて、母さんは自分の分の皿を持って席に着いた。
「「「いただきます」」」
テレビに映るニュースを眺めながら三人で食事を始める。そして時々、私と母さんは雑談を交えてみたり……。
「お姉ちゃんは?」
「今日も起きるのはお昼でしょ」
「大学生は羨ましいねぇ……」
そんな風にして食事を済ませれば、私はカバンを持って家を出る。
ここまで、全てがいつも通りだ。
学校へ登校するまでのルーティーン。何から何まで平常運転。
代わり映えのない日常の繰り返し…………だったのだけれど――――。
「おっはよー!」
家を出てから少ししたところで、快活な挨拶が後ろから聞こえてくる。
そして、私に抱き付く誰かさん。
「……お、おはようございます、あーちゃん」
振り向くまでもない。私に抱き付いているのは、我が校きっての美少女――黒井合歌だ。
聞き間違えようのない透き通るような美声と、背中越しに感じる彼女の甘い香り。香水なのか、単なる体臭なのかは分らない。
けれども、ここ数日で嗅ぎ慣れたその匂いは、間違いなく彼女が黒井合歌である証拠の1つ。我ながら変態的な判断基準。
いや、私だって覚えたくて彼女の体臭を覚えたわけじゃない。あーちゃんは事あるごとに私に抱きつくものだから、勝手に鼻が彼女の匂いを覚えてしまったんだ。
まあ、それが嫌なのかといえば、全く以てそんなことはないわけですが……。
「えぇ、リアクション薄いなぁ」
「昨日もやりましたからね、これ」
そう、これは昨日やったことの繰り返し。
だからこそ、今の私は落ち着いていられている。
初めてこんな事をされた昨日は、そりゃあ驚きすぎて卒倒した。
普段から大声を出さない私は、驚きのあまり小動物の断末魔のような声を漏らしたものだ。
外を歩いていて、いきなり後ろから抱きつかれるというのは普通に心臓に悪い。しかも振り向いた先に美少女が居たら、私のような人間は昇天しかねない。
危うく異世界転生だ。
『美少女に抱きつかれてショック死した私、異世界でも百合好きをやめられなかった件』
たぶんそんな感じ。
下らないことを考えていれば、あーちゃんの声で現実に引き戻される。
「アハハッ、そうだっけ〜? 昨日のことなんて忘れちゃったなぁ」
「……アハハ」
態とらしく惚けるあーちゃんに、私は苦笑いを返すことしかできない。
それにしても、どうしてこんな事になっているのか――。
「にしても、これだけ家が近いのに今まで気づかなかったなんて不思議だよねぇ」
「ホント、なんででしょうね……」
これも昨日と同じ会話。けれど、同じ話を繰り返したくなるあーちゃんの気持ちもよくわかる。
高校生活2年目にして、ようやく知った衝撃の事実。
どうやら私と彼女の家は、直線距離にすると数十メートルしか離れていないらしい。
「フフッ……これも昨日話したね」
「やっぱり昨日のこと、ちゃんと覚えてるじゃないですか……」
「あら、墓穴を掘ってしまったか」
そんな下らない冗談混じりの会話ができる程度には、私と彼女の関係は進展していた。
今はもう5月の上旬、新学期が始まって1月が経過している。
昨年は1年かけても赤の他人から顔見知り程度にしか発展しなかった私達の関係。けれど、今年になって私達の関係値は急速な成長を遂げていた。なにせ私が物おじせずに雑談ができるのだ。
こんな風になった理由は、何故か急激に距離を詰めてくるようになったあーちゃんにある。
隣の席になったというのもあるだろうけれど、それにしたって、彼女はやたら私に絡んでくるようになった。
残念ながら、その理由までは不明。あーちゃんのみぞ知る。
まあ、大した理由はないのかもしれない……。
社交性レベルMAXのあーちゃんからすれば、近くに顔見知りが居たら話しかけるのは普通なのだろう。
「じゃ、行こうか!」
そして、またしても当然のように握られる私の手。
彼女にはパーソナルリアリティという概念は存在しないらしいことを、私はこの1月余りでよ~っく理解できた。
もはやリアクションを返すことなく、私は黙って彼女に導かれるまま歩き出す。
もちろん、心臓はバクバクと異常な速度で鼓動しているのだけれど、私は彼女にその音が聞こえないよう祈ることしかできないのだ……。
整った顔立ちに加えて派手な髪色のあーちゃんは、やたらと人目を集める。
「うわ、あの子すげー可愛い」
「モデルとかじゃない?」
「なんかのタレントかもよ」
特別なことをしているわけでもないのに、ただそこに居るだけであーちゃんは話題になってしまう。
隣を歩く身としては正直落ち着かない。
まあ、私の存在を気にしている人なんて、一人もいなそうだけど。
「今日は、1時間目なんの授業だっけ?」
周囲の反応を気にしてぼーっとしていると、あーちゃんから話しかけられた。
「たしか、国語ですよ」
「うは~、寝ちゃいそ〜。国語の武田先生の声ってやたら落ち着いてて眠くなるんだよなぁ」
「フフッ、ちょっとわかります。なんか、癒やされますよね」
「あ、やっぱりアタシだけじゃないんだ! 朝一とか昼食後はちょっと困るんだよ〜」
楽しそうにニコニコ笑いながら雑談に興じるあーちゃん。
守りたいこの笑顔。そんな感じ。
学校に近づくにつれて、私たちの周りには同じ学校の生徒たちが増えてくる。
すると当然あーちゃんを知る人間が増えるわけで――。
「あーちゃんだ! おはよー!」
「あーちゃん、おはよー!」
「おはよう、あーちゃん!」
至るところから声をかけられる。
ちなみにその隣を歩く私という存在は、相変わらず認識できない人が大半らしい。
でも、こんな勢いで声をかけられるくらいなら、私は目立たないくらいが丁度良い。
「あーちゃんは知り合いが多いですね……」
「ぶっちゃけ、私の方は名前を知らない子も居るけどね……一方的に知られてるだけで」
「えぇ……」
思わず素朴な感想を述べてみれば、予想外の返答。
いや、冷静になればあれだけの人数の名前と顔をいちいち覚えているわけがないか……。
そりゃあそうだ。1年で知り合うにしては数が多すぎる。
もしかすると、あーちゃんも表に出さないだけで注目されすぎる事には多少困ってるのかもしれない。
「人気者も大変ですね……」
我ながらバカっぽい感想が出てきた。
「アッハハ! な~にそれ〜!」
案の定、あーちゃんには笑い飛ばされてしまう。
喜んでもらえたなら何よりだ。
目を細めて可笑しそうにする彼女の顔は朝日に照らされてよく映える。
それを見て私は、今日も1日頑張れそうだと、そんな事を思う。
そうして、私達は学校に到着するのであった。
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