第3話 二年生になった日➁

「さて、じゃあ教室に向かおうか!」


 唐突にあーちゃんが私の手を取る。

 あまりにも自然な流れで手を握られたものだから、私も流されるように彼女の手を握り返してしまった。そして、数瞬の後に慌て出す。


「えっ? えっ? 手っ⁇」

「どしたの? 早く教室行こうよ?」


 あーちゃんは何もおかしいことなど無いかのように振舞っている。実際、彼女からすればなんてことない行動の1つだったんだろう。

 しかし、私からすれば一大事だ。


 なんで私が学園のアイドルと手を繋いでるのぉぉおおおお!?

 なにこの手、めっちゃ滑々してる! てかっ、あーちゃんの手、柔らかっ!

 強く握ったら壊れちゃいそうだなぁ……。


 私の脳内ではあーちゃんの手の感触を気持ち悪いくらいに称賛する言葉が垂れ流されている。今なら四百字詰めの原稿用紙程度なら簡単に美辞麗句で埋め尽くすことができてしまうだろう。

 しかし、そんな雑念だらけの思考を遮るようにあーちゃんが私の手を少し強く引いた。


「もぅ、何してるのモモっち! 行くよ?」


 彼女は早く新しいクラスの生徒たちと顔合わせをしたいのか、手を握ったまま固まる私を急かす。

 そうされることで現実世界に思考を引き戻された私は、ブリキの人形のようなぎこちない動きで彼女と共に歩き出した。

 

「ハイ、イキマショウ」

「モモっち、なんか変だよ?」

「ダイジョウブデス」

「……ホント、どうしたの?」


 歩きながら私の方を見て首をコテンと傾げるあーちゃん。彼女は、私の言動に疑問を抱いていることを、そんな可愛らしい仕草で表現していた。


 しかし、「どうしたの?」は此方のセリフだ。

 何を思って唐突に私の手を握ったのだろうか?

 たしかに去年一年間は同じクラスで話をしたこともあったけれど、正直仲が良かったわけではないと思う。

 私の記憶が間違っていなければ、事務的な内容以外では殆ど会話らしい会話などなかったはずだ。

 

 それがいきなり手を握って一緒に教室まで行こうって?

 え? もしかして美人局的なあれですか? どこかにあーちゃん親衛隊が居て私の事を今か今かと待ち構えているのでしょうか? このまま手を引かれて行けば、教室ではなくモルグに叩き込まれたりする?

 

 私の脳内には新たな小宇宙が誕生していた。グルグルと果ての無い空間を彷徨うかのように意味のない思考たちが流れていく。


 女子高生のスキンシップってこんなもんだっけ?

 てぇてぇ病のせいで自分が女性同士の触れ合いに過剰反応しているだけな気もしてきた。


「やっぱり、今日のモモっち変だよ?」

「私はいつも変なんです……」

「えぇ……」


 そんなわけのわからない会話をしながら、私たちは教室へ向かって歩き続ける――――。


 ◆


 廊下を歩くこと暫く。

 私たちは新たな教室に辿り着いていた。

 ちなみに、私とあーちゃんは未だに手を繋いだままだ。

 

「あ、あーちゃんだ! おはよー!」


 あーちゃんと共に教室に入った途端、新たなクラスメイトであろう生徒たちの視線が集まる。あーちゃんは有名人だから、クラスや学年なんても概念を無視してあらゆる生徒に顔が利く。

 当然、この新しいクラス内でも彼女の事は誰もが知っているのだろう。彼女の隣に立つ影の薄い私を無視して、クラス中の生徒があーちゃんに挨拶を送り始めていた。


「うん、おはよー! 一年間よろしくねー!」


 彼女は挨拶をしてくれた生徒たちにピースサインを向けてながら持ち前の花のような笑顔を送っている。美少女は何をしても絵になるから凄い。

 そして、そんな美少女と手を繋いでいても目立たない私の影の薄さも、我ながら驚異的だと思う……。

 

「じゃ、じゃあ、私はこれで……」


 教室に着いたところで、さりげなくあーちゃんの手を放しそうとした――のだけれど。

 何故かあーちゃんは私の手をギュッと強く握りしめた。


「まだ席を確認してないじゃん? 一緒に見に行こ?」

「あっ……はぃ」


 流石にあーちゃんと手を繋いだまま教室内を移動すれば、私にも視線が集まり始めていた。


「あの子誰?」

「さぁ? あーちゃんの友達なんじゃない?」


 特にあーちゃんと手を繋いでいることに関して思うところはないらしい。

 

 もしかして、女子高生同士が手を繋ぐのって普通なの?

 私的にはもう手を握って歩くとか不純同性交友でしかないんですが?

 あと、貴方たち二人とも去年も同じクラスでしたよね……話したことは無いけど…………。

 

 私の脳内で繰り広げられる独白が誰かに聞かれることはない。


「あぁ! 見てモモっち! アタシと席が隣同士だよ!」


 一年間同じ教室で過ごしていた生徒二人に一ミリも存在を覚えて貰えていなかった哀しみに暮れていると、あーちゃんから嬉しそうに声を掛けられた。

 黒板にマグネットで貼られているプリントを確認すれば、確かにあーちゃんは私の隣の席になっていた。

 私は教室最後方の窓際。そして、あーちゃんがその右隣だ。


「あ、ホントですね……」

「んふふぅ、なんか、今年はモモっちと仲良くなれそう! ニシシッ」


 にんまりと笑うあーちゃんはどこか楽しそうだ。

 彼女のそんな顔を見て、私は何か期待と不安が混ぜ合わさった不思議な感覚に陥っていた。


「じゃあ改めて、今年もよろしくね、モモっち」

「はい、よろしくお願いします……」


 こうして、二年目の高校生活が幕を開ける。

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