第21話 合格発表
リンゼルハイム王立学園の試験があったその日、紅の騎士団内では激震が走っていた。
序列五位のグレイ・バーラントが一人の受験生に敗れたというのだ。
そんな事は騎士団開設以来初めての事であった。それもそのはず、紅の騎士団と言えば世界でも最強の騎士団。
王立学園の実技試験の最後に敵として現れるという仕事は実のところ有望な生徒を見つけるための視察という思惑が大きい。
最近ではそこに辿り着けるほどの生徒が存在しないため、視察という役割がほとんど十割を占めていた。
まさか騎士を引きずり出せるほどの生徒が、ましてや打ち倒す生徒が出てくるなど想像もしていなかったのである。
「実技試験の点数は……0点か」
「へへっ、試験の途中で魔法を解除しちまったみたいで。痛たたた……」
まだ傷が痛むのか顔をしかめながらグレイが答える。しかし流石は最高峰の騎士である。
回復力は随一なようであれほど疲弊したというのにその日の晩にはもう会議に出席できている。
「魔法を解除? つくづく不思議な奴だ」
赤い長髪の女性がグレイの言葉を聞いてそう呟く。魔法を解除などよほど魔法に対しての造詣が深くなければ不可能な業だ。
しかしそれを騎士学科志望の受験生が行ったというからいよいよ疑問が膨れ上がるのだ。
「王立学園の学園長にこの者を合格させるよう伝えておけ。本来ならば歴代最高得点を記録していただろうからな」
「え、それって俺の仕事なんですか?」
「当たり前だ。貴様しか見ていないのだから」
「うえ~、しゃあねえな。分かりましたよー」
そう言うとグレイは疲弊した体を引きずりながら会議室から出ていくのであった。
♢
「合格おめでとう」
「ありがとう」
合格者発表の紙が張り出され、エアリスの合格を確認すると俺は祝いの言葉を投げかける。
自分はどうしたってか?
実は強制送還の魔法を解除した時、同時に点数を計算する魔法も解除しちまってたみたいで実技の点数が0点だったらしい。
0点の奴が受かるはずもなく見事撃沈。だからこうしてエアリスを祝って俺は俺で別の事を進めようと思っていたのである。
「でもシュバルが居ないのは寂しいな」
「仕方ないさ。点数がすべてだからな」
あの日、俺はどの受験生よりも遅くに試験部屋から出てきたらしい。
そのかかっている時間からしてどれほどの点数をたたき出すのかと皆が注目した中、表示された数字は0点。
そして当の本人は気絶して運ばれているという何とも情けない結果となったのである。
「あれってあの人じゃない?」
「よしなよ。可哀想じゃん」
「あの子もよくあんな奴と一緒に居れるよな。俺だったら恥ずかしくて話しかけられたらすぐ離れちまうぜ」
ひどい言われようである。魔法学科に対する劣等感があるから下を見つければとことんこき下ろしてくるのか、それとも単純に性格が悪い奴らなのか。
なんにせよ今後の俺の破滅ルートに関係のない人物ばかりであるため無視を貫く。
「よお! シュバルツ! エアリス!」
そんな中でも陽気に話しかけてくる奴もいるもんだ。
そう思い振り返るとそこには予想通りの人物がいた。
「ドラッドか」
「おうよ! 前は試験後に奢るって約束だったのに無理だったからな! お詫びに今日奢りに来たぜ!」
そういえばそんな約束してたなと思う反面、一応落ちてる俺にそんな話しかけ方が出来るとは強心臓だなと思う。
まあ落ちた奴扱いで気を使われる方がむしろ話しかけてきてほしくないから好印象なんだけどな。
「いや~でも良かったな~!
「いや俺は落ちてんだけどな」
「うん? お前って170番だろ? 受かってんぞ?」
いや何でこいつ俺の受験番号把握してんのかよ……ってうん? 俺が受かってる?
ドラッドが指をさす方向。そこにはでかでかと書かれている合格者の枠から外れて小さく隅っこの方に『特別合格者』と書かれている枠がある。
その中にただ一人、170番という数字が書かれているのである。
「特別合格者? なんだそれ?」
「え、ホントじゃん! シュバル! よかったね! 合格だよ!」
「ほらほら、俺の言ったとおりだったろ!」
誇らしげに胸を張るドラッド、そして自分の事の様に飛び跳ねて喜んでくれるエアリス。
そして何より不合格だと思っていたのに実は合格していた俺……その感覚はまさに地獄から天国に引き戻されたように現実感を伴わない幸福感に似ている。
じわじわと己の中に湧き上がっていた喜びという感情が徐々に支配的となり、やがて弾け飛ぶ。
「セーフだッ!」
「セーフ! セーフ!」
「いやお前ら、喜び方おかしくねえか?」
ハイタッチしあう俺とエアリス。それをどこか呆れ顔で見つめるドラッド。
晴れてこの三人の合格がこの日、決定するのであった。
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