第16話 試験会場

「来たか」


 目の前にそびえたつ巨大な学舎を見上げてそう呟く。周囲には大勢の受験生たちが今か今かと待ちわびている。

 俺たちの集合場所は騎士学科の校舎前だ。王国中から受験生が集まってくるためすさまじい量の人でごった返しているが、そんな人数のすべてを軽々と収容できるこの学園はやはり王国一の学園なのだろう。


 青く彩りが綺麗な魔法学科の校舎、そして黒く武骨な見た目の騎士学科の校舎。

 どちらも美しいその校舎にゲームをやっている者は誰もが実際に入りたいと憧れたことがあるだろう。

 その中に俺は入れているのだとしみじみと感傷に浸る。


「ちょっと……緊張してきたね」

「おっ、さすがのエアリスも緊張してんだ?」

「そりゃそうだよ。だって私はシュバルみたいに強くないし」


 強くない……とは言っても昨日見せてもらったステータスの感じだと結構高かった気がするけどな。

 確かに俺みたいに最高効率でステータス上げを出来ているわけがないため、俺と比較すると少し劣るけどそれでも十分才能があると言っても良いレベルには強かった。


「実技さえ上手くいけば受かるんだろ? じゃあ余裕じゃない?」

「まあ……そうだけど」


 そう言ってエアリスは腰に差している剣の柄を撫でる。

 今回の試験では殺傷性の高い武器は禁止されているためこの剣ではなく配布される模造剣を使うのだが、宿に置いておくことができなかったため持ってきたのだろう。

 かくいう俺も家から持ってきた自前の剣を腰に差したままだ。この剣はローグ先生が教えることは何もないって言って記念として渡してくれた奴だから結構思い入れが深い。

 そして多分この剣めちゃくちゃ強い。さすがは剣聖にして魔法聖の爺さんだぜ。


「これはこれはエアリス殿下ではありませんか!」


 そんな時であった。俺の隣で歩いていたエアリスがそう声を掛けられる。


「おい見ろよあれ。エアリス殿下だぞ」

「お、お美しい……」

「あれがこの国随一の美女と謳われる王女殿下か……もはや美人とかいう枠を超えてるぜ」


 街中では意外と声をかけられないものだと思っていたが、流石にここでは貴族の息子娘たちが多いためかかなり注目を浴びるようだ。

 貴族の中でかなりの人気を誇っているらしいエアリスだが、本人はそれがどうやら面倒なようで適当にあしらっている。


「お前も大変だな」

「ホント、疲れちゃう」


 俺も俺で大貴族の息子だから声をかけられたりするのかなとワクワクしていたがどうやら辺境伯というのは影が薄いらしく、俺が声をかけられることはなかった。

 いやでも多分父上だったら声かけられるんだろうけど。


「エアリス殿下の隣で歩くあの子何者?」

「どこの貴族だろ? 社交場では見たことないけれど」


 あ、やっぱり俺も何か注目されてるみたいだな。まあ、居心地は悪いか。

 でも彼ら貴族の子女らが向かうのは魔法学科の校舎だ。俺達とは違う。

 俺とエアリスが向かう方向からそれを察したのか、彼らの間でまたもや話題に上ることとなったが、面倒であったため俺達は気にすることなく騎士学科の校舎の前へと向かう。


 騎士学科の校舎へと向かっている途中で俺の視界に居覚えのある人物の姿が入る。

 水色の長髪に美しい顔の女性。誰にも注目されることなく颯爽と歩いていく彼女の姿を俺だけがジッと見つめる。


「……だったのか」

「どうしたの? シュバル」

「いや、こっちの話だ」


 エアリスの言葉でその水色の少女の姿から目を離す。何度も見たあの姿。

 彼女がこの日、魔法学科の試験を受けることは知っていた。なぜならこのゲームの主人公だからである。

 ただ、女主人公の方であったのは意外だったな。俺が男主人公でプレイしていたからてっきり男主人公の方が出てくるもんだと思っていた。


 ……なんか出てくるっていう表現おかしいか。だってこれゲームじゃなくて現実だし。


「そっちって言ったりこっちって言ったりややこしいよ。どっちなの?」

「どっち? そっち? いやこっちか? って何を言ってんだ俺達は」


 変なところを突っ込んでくるエアリスに突っ込みを入れようと思考を巡らせた結果、「~っち」一族がさらに一つ増えてしまう事で俺自身も訳が分からなくなってどうでもよくなってくる。

 いや実際どうでもいいし。


 そんなこんなで貴族の子供たちに声をかけられながらようやく騎士学科の校舎前へとたどり着く。

 騎士学科を受ける受験生には騎士爵の子供たちや貴族ではない子供たちなど平均的な地位は低い。

 だからエアリスの顔を知っている者も少なく、声をかけられなくなり一安心する。


 まあたま~に俺達みたいに例外的に伯爵家の息子とか娘とかも騎士学科に居ることもあるらしいけど。


「おっ、君可愛いね」


 声をかけられなくなって一安心と思っていたらこれである。

 なんだかチャラそうな男がエアリスに声をかけてくる。エアリスが王女様だなんて思っても居ないんだろう。

 この学校内で言えば地位は関係なく完全なる実力主義になるらしいけど、流石に王族に対してナンパは無いだろう。


「試験終わったら一緒に遊びに行かない? 奢るからさ」

「いえ。私はこの人と一緒に帰りますので結構です」


 そうしてエアリスが俺の背後に回る。こいつ……とうとう俺を盾に使い始めやがったな?

 ここから始まる展開は「誰お前、生意気なんだけど」からの突然のがん飛ばしでしかない。

 どうしよう、穏便に済ませるにしても……


「あーん? しゃあねえな。じゃあお前も一緒に奢ってやるよ」

「いやそうなるんかい!」


 思っていた反応と違うんですけど。え、俺も奢ってもらえるの?


「エアリス。俺も奢ってくれるってさ」

「あ、そうなの。なら良いよ」


 うん、エアリスもエアリスで軽いよね。いやていうか思っていた反応と違ったからちょっと虚を突かれているだけか。


「俺の名はドラッド・アルテヌーイ。この学年で首席をとることが約束されているまさに史上最強の天才だぜ!」

「は、はあ」

「シュバル、行きましょう。この人おかしいのよ。頭が」


 うん。俺もそう思うから取り敢えず空間魔法で移動するね。


「……あれ!? ど、どこに!?」


 遠くの方でそんな声が聞こえてきたが、気にしないことにして待つこと十分程度。

 ようやく校舎の中から試験官人たちが現れ、こう告げる。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。これよりリンゼルハイム王立学園騎士学科の入学試験を始めます。試験会場へは私とこの隣の者がご案内しますのでついて来てください」

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