第15話 宿屋での事件

 風呂場から水音が聞こえてくる。どうにもソワソワして落ち着かない。

 幼馴染は子供のころから一緒にお風呂へ入ってたから全然平気とかいう文言があるだろう?

 しかし、実際のところ異性の幼馴染なんぞで一緒に風呂へ入ったことがある羨ましいにもほどがある浦山四郎君はこの世に限られた数しか存在しない。

 そう、だからこそこの状況は緊張に値するのである。決してよこしまな気持ちがあるなどという訳ではない。もしもそう指摘してくる者が居れば今すぐその首を大根おろし器に擦り付けてやりたいものだ。


「シュバル~、タオル忘れちゃったから取って~」

「タオル? はいはい」


 平常心平常心。何をドギマギする必要があるのか。俺から見ればエアリスは神聖な存在。決して踏み散らしてはならない花園である。

 決してよこしまな気持ちを抱かぬよう、目をつむりながら魔力感知のみで位置を確認……おっと危ない。

 俺の魔力感知がそもそも精密すぎて体の細部まで分かってしまう。むしろ危険である。


 そうして薄目で挑むことを決意するとベッドにおいてあるタオルを取り、風呂場の方へと向かう。

 ここの風呂場は結構親切な設計(怒)をしており、着替える場所もちゃんと用意されている。

 そのため、風呂場の扉を開けて「あらエッチ」的なイベントは何も起こらないのである。うーん、実に親切設計だこと(涙)。


「置いたよ」

「ありがとー」


 着替え室にタオルを置くと俺は元居た場所へと戻る。

 ちなみにローグ先生はもちろん別である。あの人はそもそも自分の家があるしな。いや本来ならエアリスも家はあるんだけどな?


 でもまあこういうセンシティブな事を除けば普通に友達と一緒に受験の前日にお泊りするという経験は非常に楽しみなものである。

 このまま二人で試験の内容を想像しながら語り合い、それでいて明日に備えてちゃんと寝る。

 その時間が今から始まるのだという事実に胸のどこかがむず痒くなるような高揚感を抱く。


「あがったよーシュバル。ごめんね、シュバルが取った宿なのに一番風呂でしかもちょっと遅くなっちゃって」

「良いよ良いよ。俺がそうしなって言ったんだ……し……?」


 俺が振り返るとそこには美少女が居た。

 何度でも言おう。そこには美少女が居たのである。


「って何て格好してんだよっ!?」

「え? だって暑いし」

「だって暑いしじゃねえよ! あなた女性で私男性。そう、異性。ワカル?」

「……何で急に片言になるの。別にいいじゃん。シュバルだし」


 うんそれどういう意味で言ってんのかな? まあ幼馴染だし? 恋愛対象にはならないけど?


「だとしてももうちょっと何かあるだろ!」

「ん? 別に無いよ」


 あ、無いんだ。どうやら俺に対しての恥じらいという感情の一切を捨て去ってしまったらしい。

 いや待てよ……これはもしかしたら俺氏いけるのでは? 押せば恋人になれるので……あ、駄目だ。国王様に首をちょん切られる未来が一瞬見えた。

 あってかそもそも恥じらいが無い時点で脈が無いのか。じゃあどのみち駄目じゃん。


「家でもそんな感じなのか?」

「何言ってるの? 周りに人いるしこの姿で過ごす訳ないじゃん」


 じゃ何で今その姿なの!? 家をも超越した安心感を提供する俺っていったい……。もしかして俺がエアリスの第二の母なのでは……?


「そんな訳ないでしょ」

「あ、そっすよね」


 なんか勝手に心の中悟られてるんですけどおおおおっ!? 人の心勝手に読むの、止めてもらっていいですか?

 風魔法で髪の毛を乾かしながらエアリスがこちらへと向かってくる。その姿で風魔法なんかしたらもう……危険だよね。

 ていうかすげーでかい。何がとは言わないけど主に上半身の双丘がすごいでかいっす。


「俺も入ってくるわ」

「うん!」


 俺の理性が消滅する前にこの場から逃げ出してしまおうと着替えとタオルを持ち立ち上がると、なるべく見ないようにしながらエアリスの隣を通る。

 その時であった。

 何故か下に置かれていた剣にちょうど足を引っかけてしまったのである。

 魔力感知も視界もほとんど遮断していた俺に対する唯一にして至高の急所であった。


「危ない!」


 俺がよろめき倒れそうになったところをすかさずエアリスが腕を掴み助けてくれる。

 そして俺の眼前にはタオルがずり落ち、全面に肌色を主張してくる世界が広がる。


「あ」

「~~~~~////っ!」


 そして言葉にならない声をあげながら迫りくるエアリスの胸に押しつぶされてそのまま床に倒れこむのであった。



――――――

――――

――



「えっと、なんかごめん」

「……」


 あの後、俺たちは無言で立ち上がると俺は風呂へ、エアリスは椅子の方へと歩いていった。

 そして俺は今ひと風呂を終え、頭の整理を付けて今エアリスの前に座っている。


 そこには風呂前にほざいていた試験前の高揚感なんていう雰囲気は無い。あるのはただただ気まずい空間のみである。


「いや俺も何であんな所に剣が落ちてるのか分からなかったんだよ。そんで足に引っかかっちまってさ」

「……大丈夫。私もちょっとビックリしちゃっただけだから。私こそごめんね。なんか変な感じになっちゃって」


 そう言うとエアリスはにっこりと笑う。


「変だよね。私が気にしないって言ってたのにいざその……はだ……を見られるとちょっと……」


 最後の方はゴニョゴニョ言っていてよく分からなかったが、これを指摘するのは空気が読めないという奴だろう。

 俺はうんうんと相槌を打ちながらエアリスの話に耳を傾ける。


「分かるぞ。俺もエアリスの前で裸になるのは恥ずかしいからな!」

「いやそのフォローはちょっと変かもしれないんだけど、とにかくそういう事だね。ごめんごめん、変な空気になっちゃって! さ、明日の試験の話でもして落ち着こ!」


 それから俺とエアリスは起こった事件を忘れて試験についての話をする。

 そしていつの間にか二人とも眠りに就くのであった。

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