第14話 ライバル

 ローグ先生に連れられてたどり着いたのは大きい道場のような場所だ。道場の割に人の気配がほとんどない。


「ここは今回の教え子が訓練をするためだけに元々倉庫であった者を造り替えた私の道場でございます」

「え、すご」


 わざわざあのローグ先生が道場に造り直すほどの人物という事はやはりかなり高貴な存在なのだろうか?

 王都住まいの高位の貴族と言えば公爵家や侯爵家とか伯爵家?

 誰にしろ傲慢な貴族とかだったらローグ先生から嫌われてるだろうし、多分結構性格いい人なんだろうな。


「入りますぞ」


 そんなこんなでローグ先生と共に道場の中へと足を踏み入れる。そして中にいた人物の顔を見て俺は驚く。

 ゲーム内で何度も見た顔だ。艶やかな銀色の髪の毛、そして誰もが目を惹くほどの美貌。何年会わなかったとしても判別できる。


「エアリス」

「シュバル? 何でここに居るの?」


 向こうも向こうで驚いたらしく目を真ん丸にしながらこっちを見てくる。


「ほっほっほ、お嬢様。今宵の手合わせの相手を連れて参りましたよ」

「手合わせの相手って……シュバルの事なのですか?」

「そうでございます。どうです? 友同士の方がやる気も出るでしょう?」


 むしろ手加減しちゃいそうなんですけど!? だってあんまり傷付けたくないから。


「シュバル……試してみたかったの。あなたに私の力が通用するのか」


 対するエアリスの方は妙にやる気があるんですけど!? 

 彼女も俺の実力を知る数少ない者の一人だ。対抗心を燃やしていてもおかしくはないか。


「よしよし、ではお二人とも位置について下され。早速始めますぞい」


 三人中二人がやる気であれば最早断れる雰囲気ではない。正直あんまり乗り気じゃないんだけどな。

 だって今の俺のステータスじゃあ、初心者を甚振る様なもんだ。

 相手がうざったい奴ならまだしも一番の仲良しに向けたくはない。


「シュバル、ほら早く」

「分かったよ」


 エアリスに急かされて俺も位置につく。そしてローグ先生から竹刀を渡されて、構える。


「おっと忘れておりました。坊ちゃまは魔力使用禁止でお願いしますぞ」

「分かりました」

「お嬢様は魔力を使っても良いですぞ」

「了解です」


 相手は魔法を使い、こっちは純粋な剣術だけの勝負か。それはちょっと興味深いか。

 命の取り合いの最中に魔法を使わずに戦う事を試すのは無理だし、これは良い機会かも。


「では、はじめ!」


 ローグ先生の合図とともに俺は駆け出す。一瞬で片を付けるのはもったいない。

 ここはゆっくり攻めていこう、そう考えて俺は少し強めに足を踏み込むと重心を前にする。

 そしてエアリスから繰り出される剣筋を予測し、それを避けて体を移動させるとそのまま緩慢な動作で斜めに斬りかかる。

 

 まずは小手調べだ。とはいっても普通の学生なら回避することはできないだろう。

 だがローグ先生の教えを受けているのならこのくらいは避けられるはず。

 

 俺の竹刀がエアリスの肩に触れそうになった瞬間、エアリスの動きに変化が生まれる。

 縦に構えていた竹刀を少し斜めに傾ける。そして俺の剣筋をしっかりと回避するべく重心は右へと寄せているのが分かる。


 まさか回避するんじゃなくカウンターを狙ってくるとはな。思いの外、俺の妹弟子はメキメキと腕を上げているらしい。

 だが重心を急に傾けたその一撃に重みが乗るはずはない。あまり威力は出ないだろう。


 そう思って俺はその一撃を回避するのではなく竹刀で受ける選択をする。


 そして竹刀で受けた瞬間、俺の腕に思っていた以上の威力の攻撃が圧し掛かる。


「ほっほっほ、忘れておりましたかな? お嬢様は魔力を存分に使用できるのですぞ?」


 そうか。普段は無意識に身体強化魔法をかけて戦っているから忘れてたけど、生身と身体強化魔法をかけた体とでは攻撃力が何倍も違うんだった。

 

 じりじりと上から更に加わってくる重圧に耐え忍ぶ。


「シュバル、本気で来て。私は手加減できないよ」


 エアリスがそう言った瞬間、竹刀を受けている俺の背後で何らかの魔力が集まっていくのが分かる。

 竹刀と魔法の挟み撃ち。少しの油断が大きな失敗に繋がっていく。

 

 俺は体を回転させて、竹刀を受け流すとその勢いで背後に生まれていた火属性の魔法を竹刀を振るった風圧で消し去る。


「ごめんごめん、ここからは本気で行くよ」


 相手はローグ先生。そう思って戦わないと勝てない相手だという事を今の一合で悟った。

 大きく深呼吸をして精神を整える。精神の乱れは剣術に現れる。

 そして次に目を開いたときには空気がひりついているのが分かる。

 

「行くぞ」


 俺はもう手を抜くことはしない。先程の何倍も、いや何十倍ものスピードで間合いを詰めると一気に竹刀を振り下ろす。

 俺の動きについてこられていないのか目の前に来てもまだエアリスの竹刀が動く気配はない。

 しかしここで油断すればさっきと同じ結果になるだろう。そのまま手加減することなく、エアリスの竹刀を叩き落そうと竹刀を振るう。

 そして数瞬後、自信をもって振りぬこうとしたその一撃は途中で何かにぶつかり、その一瞬の隙で避けられてしまう。


「残念でした。ローグ先生と打ち合ってるからだまし討ちは得意なの」


 どうやら空中に氷の塊を生み出したらしく、完全に間に合いはしなかったものの邪魔をすることには成功したのだ。

 そして今、俺は全身全霊で振りぬいた態勢。

 対するエアリスは万全の態勢で竹刀を構えている。


 さらに追撃するかのように俺の周りを氷の刃が囲んでいる。

 まさに絶体絶命の大ピンチだろう。


「はああああっ!」


 エアリスの竹刀と無数に生み出された氷の刃が同時に襲い掛かってくる。

 全力を出してもまだここまで追いつめてくるとは驚いたな。


「お嬢様の勝ちですかな?」


 い~や、まだまだだ。


 このくらいの速さならまだ避けられる。


 俺は素早く態勢を元に戻すと、体の側面方向を目掛けて無造作に竹刀を振るい、そちらの方向から迫り来た氷の刃を消し去る。

 そして氷の刃を消した方向へと移動し、エアリスの攻撃をすべて回避する。

 あとは振りぬいて態勢が崩れたエアリスに向かって竹刀を振るうだけ。


 途中で力を抜き、トンッとエアリスの肩に竹刀を乗せる。


「坊ちゃまの勝利です。流石ですな。魔力を使わなければ苦戦すると思っていたのですが」

「苦戦しましたよ。エアリスにだいぶ仕込みましたね、ローグ先生」


 正直最後の攻撃はエアリスがもう少し速ければ避けられていなかった。


「……悔しいな。魔力なしなら勝てると思ったのに」

「まあ実際負けそうだったよ。強くなったな」

「へへ、ありがと」


 そうして互いに試合終了の握手を交わすのであった。


――――――

――――

――


「え、王城に泊まらないの?」

「いや泊まるわけないだろ。フツーに宿だよ」


 手合わせをした後、エアリスと俺、そしてローグ先生はゆったりと茶を飲みながら会話を楽しんでいた。


「なーんだ、つまんないの……あ、そうだ!」

「そうだ?」


 何か嫌な予感がする。


「私もシュバルと同じところ泊まるよ!」

「いや無理だろ? 仮にもエアリスは王女だぜ? 国王様が許してくれないよ」

「大丈夫だよ。だってどうせ学園に入ったら寮生活になるんだし一日くらいきっと許してくれる」


 王立学園に入ると、学生は寮に入らなければならないという取り決めがある。

 だけど王族だったら特別枠で自宅から通うもんだと思っていたがどうやら違うみたいだ。

 実際そうすることはできるだろうけどやらないってだけなんだろうな。


「でも多分当日だから部屋取れないぞ?」

「え、シュバルの部屋に一緒に泊まればいいじゃない」


 おっふ、スゴイねそれは。考えただけでスゴイよ。だってこんなにも語彙が頭の中から消えてくんだもん。

 きっとこれはスゴイ事なんだよ。


「ほっほっほ、受験の前日に友と一夜を過ごすというのは良い事ですぞ」


 この場合、変な意味に聞こえるからやめてくれないかなローグ先生。

 ていうか二人とも純粋すぎるせいで俺が汚れすぎているのかと自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。


「ね、いいでしょ?」

「……だーっ、分かったよ。今日は一緒に泊まろう」


 こうして俺にとっての試練が前日から始まることが約束されるのであった。

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