第10話 父の実力

「また遊ぼうねー!」

「うん、また遊ぼう」


 この数週間、かなりの時間をエアリスと共に過ごした。最初はゲーム時代に憧れていた、そして今後の人生で重要となるキャラと関係性を育めるという少し不純で打算的な考えを持っていたが、途中からそんな動機もなく純粋に楽しんでいた。

 彼女との関係性は確かに俺の破滅ルートを回避するには必要だ。しかし、そんなことを頭に入れながら遊んでいるのは失礼だとして封印していたのだ。


 離れていく馬車の中からエアリスがこちらに手を振ってくる。それに俺は全力で手を振り返す。

 電車とかそういった輸送機関が発達していないこの世界では一度別れればいつ会えるかが分からない。

 そのため、また会えるとわかっていてもちょっぴり寂しい。


「行ったな」

「またお屋敷が寂しくなりますわね」


 国王は父と皇后は母と旧知の仲だったためか意外と寂しがっているようである。

 まあ結構長い間、お忍びでいたもんな。半分は辺境の防備確認ともう半分は友との語らいが目的なのだろう。

 でも父に関して言えば、つい最近まで王都に居たよな? 何で母と同じ熱量で寂しがってるんだ?


「……そう言えばローグ殿。ウチの息子は強くなりましたかな?」

「はい、それはもうカイル殿よりもお強いでございますよ」

「なるほどな。それは良い事だ……って俺よりも強いだって!? それは本当ですか!?」

「本当ですとも。坊ちゃまの動きは最早歴戦の強者と相違ありませぬ。何せ私が直々に叩き込みましたからねぇ」

「凄いじゃない、シュバルツ。こんな間抜け面してるけど一応カイル、学園では上位だったのよ?」

「うおい! 間抜け面とはなんだ間抜け面とは! 俺はいつでも精悍な顔つきをしてるぞ!」

「あらそう? 告白された時はずいぶん間の抜けた顔をしていらっしゃったけれど?」

「時と場合による!」


 あ、最後で認めちゃったな。母から前に聞いた事があるが、平民だった母に父が周囲の反対を押し切って猛アプローチをしたらしい。

 まあめっちゃ美人だしな。

 最初はそんな事情を知らなかった母は普通に断っていたらしいのだが、後で父の事情を聞き、それを隠してまで自分の事を想ってくれているのだと知り、オッケーしたらしい。

 今ではすっかり相思相愛なのだと言われた。当時は父という存在が遠いものだったからロマンチックな物語だなと思っていたが、父が帰ってきた今考えるとあの話息子目線、めちゃくちゃ恥ずかしいな。


「まあ親として息子がそんなに強くなっているのは嬉しい事だな。どれ、父さんが実力を見てやろう」

「え、父上が手合わせをしてくれるという事ですか?」

「ああ。仮にも辺境の防備を任されている身だ。腕は確かだぞ?」

「良いですね。お願いします」


 そうして負けず嫌いのスイッチが入ったのか、父がそう言って訓練場へと向かう。


「お館様。どちらへ行かれるのですか?」

「おー、オフマンではないか。ちとシュバルツの力を見ようと思ってな。手合わせをするのだ」

「シュバルツ様と手合わせですか……お気をつけて」


 訓練場へ向かう途中でエインハルト家の騎士長であるオフマンさんが話しかけてくる。

 ただ、俺の実力を知っているからかどこか気の毒そうに父に声を掛けている。


「気を付ける?」

「はい。シュバルツ様は私ですらかなり倒すのに手古摺りますので」


 因みにオフマンさんにはまだ勝てていない。でもまあようやく本気を出させることには成功したからいずれ勝てるようになるんじゃないかなとか思ってる。

 多分ほとんどステータスの問題なんだろうな。


「オフマンには勝てないのだろう? なら俺にも勝てないさ」

「いえ、オフマンは王国騎士団の団長クラスに強いのですから勝てなくて当然ですよ」


 オフマンさんに勝てないと知り、慢心する父に母がダメ出しをする。

 まあ普通に考えたらそうだよな。オフマンさん、馬鹿みたいに強いもん。前世の俺だったら千人がかりでようやく膝カックンできそうなくらいには強い……例えが悪かったか。


 そうしてオフマンさんも仲間に加わり、訓練場へと到着する。

 到着するや否や、父は羽織っている豪華な上着を脱ぎ、模造剣を取ってくる。


「ほら、シュバルツ」

「ありがとうございます」


 父から投げ渡された模造剣を受け取ると、剣を掴む感覚を確かめる。

 

「魔法はアリですか?」

「そうだな。もちろん魔法はアリだ!」

「了解です。では始めましょうか」


 そう言うと俺はスッと剣を構える。そして目を瞑り、全ての音を聞きとる。

 目だけではない。蜘蛛の巣の様に張り巡らされた魔力が父の一挙手一投足を具に観察する。

 呼吸する度に上下する胸、模造剣を構えるときにスッと後ろへと足を退く動作。


「ほっほっほ、親子の仕合とは中々に見物ですな。それでは、号令を掛けさせていただきます。はじめっ!」


 ローグ先生の合図とともに俺は駆け出す。まだ父は動けていない。

 いや待っているのか? 違う、動こうと筋肉が動いてはいるがまだ踏み出せていないだけだ。

 父が剣を向けるよりも早く、目の前へと到達すると空間魔法を発動する。


 そしてローグ先生の時と同じように後ろを取ると、そのまま一気に剣を振り抜く。


「はやっ……」


 これで終わるわけがないだろう、そう思った直後目の前で炎が燃え上がり、侵攻が防がれる。


「……残念」

「ふっふっふ、まだまだだな(あっぶねー、なんちゅう速さしてやがるんだコイツ。あっ、息子にこいつって言っちゃったよ。すまん)」


 まあこれくらいで終わる筈がないと思った。ローグ先生が魔力なしで後れを取ったとはいえ、魔力を使いさえすれば難なく防げる攻撃だしな。

 ここから更に加速していく。


 現れては転移して別の所から現れて剣を振るう。それが防がれてはまた背後に転移して剣を振るう。


「ちょちょっと、それ連発できるのか!?」

「いえ、流石に魔力消費が激しいので永遠は無理です」


 俺の空間魔法に翻弄されている父が体勢を崩したところで剣ばかりに気を取られているのを逆手にとって、足払いをして倒す。

 そして俺は倒れた父にゆっくりと剣を向ける。


「チェックメイトです」

「勝者シュバルツ」


 ローグ先生の勝鬨を聞いて俺はにっこりと笑う。対する父はどこか落ち込んだような表情を見せる。

 この人は顔に感情が表れやすい人だな。俺が手を差し伸べると父は力強くそれを握って体を起こす。


「くーっ、まさか息子に負けるとはな~」

「それもまだ七歳の、ですね」

「ぐさーっ! まあ長男がこれだけ強いのはエインハルト家にとって良い事だしな」


 まあ今回はたまたま俺の戦術が分からん殺しだっただけで何度か父から鋭い攻撃もあったし、次戦ったら勝てるか分からないな。

 それに辺境伯としての仕事をしてるだろうから全盛期よりは劣っているだろうし仕方ないだろう。


「カイル殿。予想以上に腕がなまっておりますなぁ。もう一度、私の訓練を受けますかな?」

「い、いやだ~! それだけは!」


 過去によっぽどひどい目に遭ったのか、ローグ先生の言葉を受けた父の叫び声が屋敷に響き渡る。

 今日も屋敷は平和であった。

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