第6話 師匠

「本日はよろしくお願いいたします。シュバルツ殿」

「よろしくお願いします」


 そう俺と挨拶を告げるのは一見するとただの老爺だ。しかしこの人こそ俺の師となるローグ・ガラハム先生である。

 父さんに頼むと何とかしようと言われて待っていたらこのとんでもない人を連れてきたのだ。


「まさか魔法聖、剣聖の両方の称号を持っておられる師に教えを乞えるだなんて光栄でございます」


 俺はてっきり冒険者たちに依頼するのだと思っていたら父がまさかの所に依頼していたのである。

 これは俺も度肝を抜かれた。魔法聖は魔法が、剣聖は剣がここリンゼルハイム王国で最も強い者に与えられる称号だ。

 そんな二つの称号を持つローグ・ガラハムと言えば言わずもがな作中最強のキャラクター。ただ、ゲーム本編ではあまり活躍する場面はない。

 何故ならかなりの人嫌いで、主人公が魔法の教えを仰ごうとローグの下を尋ねても門前払いを受けるからである。

 因みにゲーム本編のストーリーを終えた後、戦えるようになるのだがその時の勝てなさと言ったらまあ凄い。

 『エアリス・オンライン』自体、ラスボスを倒すのも難しいと言われているのだが、そのラスボスを倒せた猛者たちですらローグにだけは絶対に勝てないという者は多かったなんて話もあるくらいだ。


「何と知っておられましたか。いやはや勉強熱心というお噂は本当なのですな」


 勉強熱心と言えば勉強熱心か。まあこれに関してはゲームの知識で知ってたことなんだけどな。


「さて、まずは体を慣らすところから始めますか。いきなり体を動かしてもあれですからな」

「はい! ローグ先生!」

「うむ、良い返事ですぞ。では最初にこの鉄球を抱えながらこの訓練場をうさぎ跳びで一周からですな」


 そう言ってローグ先生がパチンと指を鳴らすと目の前に数十キロはあろう鉄の球が生み出される。

 おいおい待てよ。こんなのを持ってうさぎ跳びだぁ?


「もちろんですが魔力の使用は禁止ですぞ」

「は、はい!」


 初っ端からこれはかなり過酷な道のりになるな、そう確信しながら俺はローグ先生の言うとおりに鉄球を抱えうさぎ跳びを始めるのであった。





「はあ、はあ、疲れた」


 鉄球を抱えながらうさぎ跳びを終えた俺は疲労のあまり訓練場で大の字となって寝転がる。

 体を慣らすって言ってやるような訓練がこれなら本番の過酷さなんて想像すらできないぞ、これ。

 いや、だがローグ先生の訓練についていけば間違いなく破滅ルートを回避する最短ルートに繋がる。なら頑張るしかあるまい。


「素晴らしいです。まさか最初からこのトレーニングを完遂できるとは思いもしませんでしたぞ。次からは二周に増やしても大丈夫そうですな」

「に、二周!?」

「ふむ、おかしいですな。返事が聞こえませぬぞ?」

「は、はい!」


 この爺さん、優しい顔して中々に鬼畜である。


「体を慣らすのはこの辺にしていよいよ剣術に入りますかな。シュバルツ殿は今までに剣術を習ったことはありますかな?」

「オフマンさんから何度か教えてもらったことはあります」

「なるほど、ではまずは実戦でお手並み拝見といたしましょうか」


 そう言うとローグ先生が模造剣を渡してくる。


「さあ、どこからでもかかってきてください」

「分かりました」


 剣を握ってローグ先生と対面する。そして今自分が如何に無謀なことをしているのかという事を理解する。

 どこからでもかかってきてくださいとは言うが、どう斬りかかってもこちらの首が飛ぶビジョンしか見えないのである。

 オフマンさんの時には感じたことの無いほどの凄まじい気迫で既に押しつぶされそうになる。


「来ないのならこちらから参りますよ」


 そう言って一歩大きく踏み込んできたローグ先生。俺は慌てて剣を走らせるが、いつの間にか懐に潜り込んできたローグ先生の模造剣が俺の首筋の寸前でピタリと止まる。


「は、はや……」

「動き方がまだまだですな。もう一本いきますぞ。今度はシュバルツ殿から来てください。攻め方も見たいので」


 そう言われたため今度はどんなビジョンが見えようとも斬りかかろうと決める。


「ハアアアッ!」


 俺の底が先程の一合だけで把握できたのだろう。ローグ先生は俺に合わせて剣を振るってくれる。

 真剣での死闘なら最初の踏み込みで首が飛んでいただろうな。

 そうして俺が少しへばってきた頃合いを察したのか、ローグ先生がくるっと体を捻り、俺の剣を弾き飛ばすことでその剣戟は終了する。


「何となく実力は分かりました。オフマンに教わっていただけあって基本の型はある程度問題なさそうですが、剣戟となるとまだまだ未成熟ですな。力任せに剣を振っている印象がします。ですがご安心を。この私が世界最強の剣士にまで育ててあげましょう」


 そう言うと満面の笑みをこちらに向けてくる。しかし今までのやり取りで俺は何となく理解していた。この笑みは決して安心して良いものではなく寧ろ気を引き締めなければならないという事に。


「それではもう一合、参りましょうか」

「は、はい~」


 そうして俺はへとへととなった体に鞭を打って再度剣を握り、ローグ先生に立ち向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る