第3話 筋トレ
魔力の存在を確認した後、あの感覚を忘れないように何度も俺は手元を燃やしては泣いて母親にあやされていた。
そして何か月も経過したころ、ようやく一人で立ち上がり歩けるようになった俺は本格的に魔力の特訓に勤しむようになった。
魔力の特訓で最も近道なのは本を読むことだ。幸いにも俺は前世で死ぬほどルーフェン語を勉強していた上に赤子というスポンジの様に凄まじい吸収力により、今ではすっかり大人が使う文字ですら把握できるようになっていた。
ま、ここら辺は転生ボーナスみたいなもんだな、なんて思いながら早速親の書斎からくすねてきた分厚い魔法の本を開き、読み始める。
ふむふむ……特定の詠唱をすることで魔法を行使することが出来るようになる。詠唱の内容は炎属性ならば炎を司る精霊へ、水属性ならば水を司る精霊へ祈りをささげる文言でなければならない、と。
でも俺が火をともした時は何の詠唱もしなかったよな? あれ?
取り敢えず詠唱だけしてみるか。まずは初級魔法から。
「だうだうらぬ、だーう」
あ、そうだった。俺、文字を読めはするけど発音がまだ上手くできないんだった。一応、魔法が発動されて辺りが水浸しになったけど。
どうせ詠唱できないんだしもういっそのこと詠唱抜きで魔法が出来るんだったらそっちで練習するか。そっちの方が早いし。
水魔法を使う時は蛇口をひねるイメージで少しずつ魔力を動かしていく。すると思い通りに掌に水の球が生み出される。
詠唱アリだと詠唱した通りにしか魔法が発動できないけど、こうやって想像するだけなら寧ろ自由が効いて良いかもしれない。
うわ~、この世界に自由研究があったら校内1位取れる研究内容だぞ、こりゃ。
これを引っ込めることも出来るのかと念じてみるもそれはどうやらできないらしい。一度発動した魔法は引っ込めることはできないのか。
これも学びだな、と思い俺は掌に浮いている水の球を窓の外へと放り投げて事なきを得る。
そこで俺はふらりと眩暈を覚える。魔力を使い過ぎるとどうやら身体的な影響が出てくるらしい。
全身が気怠く、もう一度魔法を行使してみようと頭を働かせようにも煩雑な思考がそれを阻止してくる。
どうやら今の俺は初級魔法程度の魔法を二回使うと、魔力が枯渇するらしい。一日二回しか魔法の練習が出来ないというのは何とも不便ではあるけど、それ以上は魔法が発現しないから仕方がない。
ふらふらとよろめきながらベッドの上を目指す。赤ちゃんのベッドというのは基本的に高い柵で四方を覆われているため、よじ登るのが一苦労だ。
まったく赤ちゃんに不親切な造りである……まあ、こんな自由に赤ちゃんが出入りすることなんて考えて設計していないだろうけど。
とにかく早く寝ないと意識が……。
ベッドの上を目指して歩いていた筈の俺は気が付けばベッドの外で意識を失ったらしく、その後、母親に抱きかかえられているところで目を覚ますのであった。
♢
「よし、今日の魔力トレーニングはこの辺にしておくか」
長い年月が経過し、俺は五歳になっていた。魔力を使い果たし、ベッド外で意識を失うという失態を何度も繰り返していたおかげか魔力量も最初の頃より格段に成長し、今では初級魔法程度であれば百回は撃てるほどにまでなっていた。
そして五歳になってからというもの俺はとある能力伸ばしへと手を付けていた。
そう、筋力である。
筋力、それすなわちこの世界において攻撃力と防御力を司る極めて重要なステータスだ。
ある程度危険がないくらいの年齢から筋トレを始めようとしているのである。
ただ、幼い頃から過度な筋トレをしてしまうと成長に悪影響が出るなんていう話も聞いた事がある。
ならば話は単純で、適度に筋トレを長くしていれば良いのである。何も見せるための大きな筋肉が必要という訳でもなく単純に筋力が欲しいだけだし、それで良いだろ。
これも将来のラスボスルートを回避するためだ。
そんな思いで生前は絶対にやりたくなかった筋トレを開始することにした。
「あら、シュバルツ。精が出るわね」
「母上!」
筋トレをしていると、青髪の美しい女性がニコニコと笑みを浮かべながら部屋の中に入ってくる。
彼女の名前はリリス・エインハルト。滅茶苦茶優しい俺の母上である。
若干薄れつつあるゲームの記憶では確か出てきてはいないが、物語外の登場人物とは思えないほどに美人なのである。
そして何より優しい。うん優しい!
因みに父親にはまだ会った事は無い。厳密に言えば産まれた頃に会っているらしいのだが、俺の意識がまだ目覚めていない頃であったため、記憶がそもそもない。
「将来は立派な騎士様ね!」
「はい!」
本当の目的はラスボスルートを回避して自堕落で快適な将来を送りたいがために幼い頃から頑張っていこうとしているのだが、そんな事を言う子供は気味悪がられるだろうという配慮の下、騎士を目指しているという事にしている。
この国、リンゼルハイム王国における騎士というのは世界的にもかなり地位の高い職業となっている。
何故ならこの世界には魔物が生息しており、リンゼルハイム王国の騎士はそれらを排除する役割を担っているからである。
そんな騎士の中でも特に誉れ高いのが『紅の騎士団』と『蒼の騎士団』と『漆黒の騎士団』の3つの騎士団。
リンゼルハイム王国には十三の騎士団が存在するのだが、どの騎士団に入るかっていうのでもシナリオが分岐した。
最強の騎士団に入れば順風満帆なルートが、逆に最弱の騎士団に入れば成り上がりルートが味わえる。
まあ、俺は騎士なんて面倒だから入らないけど。いや、でももしかするとその先でラスボスルートに突入する恐れもあるからその選択肢を消しておくのは怖いか。
たま~に自分ではどうしようもない感情が湧きだす時があるし、恐らく世界の設定上、俺の理性じゃ抵抗できない領域もあるんだろうな。
それからというもの、俺は母上に見守られながら筋トレをこなしつつ、いつもの如く魔法の練習で魔力を枯渇させて意識を失い、目覚めた後、しっかりとお叱りを受ける日々を過ごしていくのであった。
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