第2話 確信
あれから数日が経過した今。俺は『エアリス・オンライン』の中の世界へと転生したと確信していた。
明らかにゲームの要素が多すぎるからである。
まずは初日にも言ったルーフェン語。
あれは世界のどこにもない、『エアリス・オンライン』でのみ使われている言語だ。
まあまだこれだけじゃ確信に至るには程遠いかもしれない。
次に確認したのは魔力の存在だ。『エアリス・オンライン』では魔法を使うために必要な魔力というステータスの欄が存在する。
それがこの世界にも存在するのだという事が転生前からある程度身に着けており、更にこの世界に来てから加速した習得力により俺のルーフェン語力によって母親の誰かとの会話から判明していた。
そして三つ目が問題なのだが、俺の名前がどうやらシュバルツ・エインハルトであるらしいという事である。
これはいつも母親から“シュバルツ”と呼ばれているというのと、やはり母親と屋敷の使用人らしき人? が話している声から理解した。
別に普通の名前ではないか、何が問題なのかとお思いの事だろう。
しかし『エアリス・オンライン』をプレイしていた者は一瞬で何かを察するはずである。
何故なら、この名前が『エアリス・オンライン』に出てくるラスボスと同姓同名であるからである。
シュバルツはその華やかな出自とは裏腹にラスボスに至るまでの過程と、ラスボスになってからのストーリーがあまりにも鬱すぎるため。ファンの間では『悲劇のラスボス』と呼ばれている。
ちなみに『エアリス・オンライン』では様々な分岐ルートが設けられていたが、全てのルートを網羅したと断言できるほどにやりこんだ俺から言わせてみれば、シュバルツのストーリーだけ
どう助けようとしても主人公が手出しのできないところでいつもシュバルツのストーリーが鬱展開へと入り込んでしまい、結局は主人公によって体を真っ二つにされてしまい、幕引きとなる。
同情できるそのストーリー、そしてカリスマ性あふれる立ち居振る舞いからシュバルツはかなりキャラ人気が高く、人気キャラ投票では敵キャラであるのにもかかわらずいつも1位であった。
そう。このキャラはどう転んでも死ぬ運命にあるとかいう絶望的なキャラなのである。
さらに言えばこのシュバルツというキャラクター、邪神から力を授かるという破滅的なシナリオが無ければ最も弱いキャラクターとしても知られている。
実際、主人公と同じ学園に通っていた際には常に最下位という成績を飾っていた。だからこそゲームを始めた当初はただのモブキャラだろうと思われていたのだ。
そこからのラスボスという栄転と言えば良いのか暗転と言えば良いのか、兎にも角にも成り上がったというシナリオからも人気が高い。
しかし、この設定は今の俺にとって非常に都合の悪い物として降りかかってくる。あれはゲームだったから良かったものの、それがリアルになれば厄介なもの以外何物でもない。
以上の三点から『エアリス・オンライン』の世界に転生したこと、そしてその中でも『悲劇のラスボス』として語られることとなるシュバルツ・エインハルトに転生したことを悟った。
そして今、俺がやるべきこととは何としてでもシュバルツの破滅ルートを回避すること。
その破滅ルートに関してはゲームの設定では描かれているものの実際には登場してこないあるシナリオが主に切っ掛けとなっているのだが、それを打破するべく今から行動しなければならないだろう。
なにせ、破滅ルートに行くまでのシュバルツは“最弱キャラ”なのだから。
最弱キャラから脱するためには今のところはステータスを伸ばすしかない。しかしいかんせんステータスを確認することが出来ないため、どう鍛えれば良いのかは謎である。
取り敢えず筋トレをしたいところだが、まだ赤子のためそもそも寝っ転がることしか出来ん。
今できる事、それは筋肉を使わずに鍛えられるステータス、そう、魔力である。
しかしいかんせん魔力など育てかたが分からない。こちとら元はただの現代っ子である。分かる筈もないという悲しき現実。
まったくどうしたら良いものか。分からないなりに頭を使ってみる。
ゲーム内の設定だとどんな感じだったか。確か『目を閉じよ、さすれば道は開けん』とかいう世迷言みたいな文言があった様な気がする……試しにやってみるか。
ゆっくりと目を閉じてみる。しかし当然ながら広がる世界は真っ暗闇だけである。到底魔力など分かりそうもない。
やっぱり何も分かんねえじゃねえか。俺は鬱憤を晴らすべく入れられているベッドを蹴る。
別にそれほど強く蹴ったわけじゃない。しかし、次の瞬間には瞳を閉じている俺の額に何かがコツンッと当たる感触がした。
「だっ!」
突然の痛覚への刺激に俺は思わず声を上げる。誰かの悪戯かと思って周囲を見回すが、周囲に大人は居ない。
何だろうと視線だけを動かすと、そこには上につるしてあった玩具が一つちぎれて落ちているのを見つけた。
摩耗していた糸が今のちょっとした蹴りだけで切れて落ちてきたのだろう。少し玩具が硬かったため額にジンッとした痛みが走る。
そして痛みと同時に何か暖かいものが体を覆っていくのを感じる。それは元の世界では感じることのできなかった不思議な感覚であった。
この世界に来てから初めての痛みという感覚……それに呼応して発生した暖かな感覚。
何故だかその暖かな感覚は俺が痛いと意識した額へと集まっていくような気がする。じゃあ次は手に移動させてみたら? じゃあ次は足に。その次はまた顔とか……。
額の痛みなどすっかり忘れてその感覚で遊んでいる内にとある答えにたどり着く。これ、もしかして魔力なんじゃね?
もしも魔力ならこれを手に集中させて……。
その瞬間、俺の手元がボッと一瞬燃え上がる。
燃え上がった反動で俺は思わず泣き始めてしまう。泣き始めるとすぐに母が駆けつけてきてくれて俺をあやしてくれる。
そして母にあやされながら俺はとあることを考えるのである。『目を閉じよ、さすれば道は開けん』――あながち間違いじゃなかったのかもしれない、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます