怠惰を貪る悪逆転生~悲劇のラスボスに転生した俺はゲーム知識で破滅ルートをぶっ壊し怠惰ルートを構築する~

飛鳥カキ

第1話 転生

「ふぅ、そろそろ休憩するか」


 俺はヘルメット型のゲームハードを取り外し、ベッドへと向かう。昨日からかれこれぶっ続けで28時間ゲームをしていたため、脳の疲労が激しい。

 しかし脳の疲労があろうと俺の頭の中では常に先程までプレイしていたゲーム、『エアリス・オンライン』での情景が頭に浮かんでいた。

 フルダイブ型VRゲームとして発売されたこのゲームは豊富なキャラクター、数々のイベントによる膨大な分岐ルート。

 そして更には現実世界と同じくらいの広さ、物理法則を持つデジタル空間による自由度の高さから世界中のゲーマーから愛され続けているゲームだ。

 俺はこの『エアリス・オンライン』を発売当初から今日までプレイし続けている。

 このゲームへののめり込み具合と言ったら今までに類を見ない程。

 平均すれば1日十時間くらいはこのゲームの中に居る。いわゆるゲーム廃人って奴だ。


「こんな生活、いつまで続けるんだろうな」


 元々、俺は1日10時間もゲームをする感じでもなかったんだ。それでもゲーム自体は好きで1日3時間くらいはやってたんだけどさ。

 普通の中学高校を卒業して、そこそこ良い国立の大学に入り、そのまま大学院へと進学した。

 しかし、大学院で俺は研究に躓いた。

 あまり外交的な性格ではなかった俺は誰に質問をすることもなく、ただひたすらに一人で黙々と研究を続ける毎日。

 そして家に帰ればゲームをして寝る。自分的には結構充実してたし、かなり優秀だと思っていた。


 しかし、研究の中間発表の日。俺の発表はズタボロにされる結果となったのである。

 完全に理解していると思って挑んだ研究発表は無残にも俺の意識外の場所から質問を次々に切り込まれ何も答えられずに終わったのだ。


 落胆した。プライドが折られた。周囲の俺を見る視線も痛かった。


 普通ならばここで折られてまた強くなるのだろう。しかし、俺は普通よりも打たれ弱かった。最早やる気を失っていたのである。

 大学院を卒業したのちに待っている安泰な暮らし、それを夢見た俺が挫折したまさにその日に『エアリス・オンライン』が発売された。


 最初はそんなにのめり込むつもりもなかった。挫折したとはいえ、研究成果を上げなければいけないという思いは残っていたからだ。

 ゲームはもう少し減らさないとな。そんな思いとは裏腹に日に日に『エアリス・オンライン』へのイン率、滞在時間は増えていった。

 

 そして気が付けば『エアリス・オンライン』内におけるトップランカーにまで上り詰めていたのである。

 対人戦はもちろん、度々行われるレイドイベントでも俺は常に一位を飾っていた。

 

 研究で躓き、認めてもらえなかった俺が初めて見つけた自分の価値。

 それからというもの、俺は大学院を途中で辞め、ゲーム三昧の日々を送るという怠惰な生活を続けていた。

 もう一人の自分が真の自分なのだと。


 世界で人気のトップランカーであるため、プレイ動画をネットに投稿すればある程度再生され、日銭を稼ぐことが出来る。

 人気って訳じゃないからそれほど大金を得られているわけではないが、それでも日銭は稼げ、こうしてゲームだけする生活を続けられていた。

 そして俺はこの生活に満足していた。


 ただ最近、現実世界の自分に嫌気が差し、逃げるようにしてゲームを起動する頻度が増した。

 今日みたいに一回の滞在時間が24時間を超えることも多々発生していた。


「はあ、こっちの世界は憂鬱だ」


 現実世界に戻り、ベッドの上に転がると俺は溜息を吐く。

 ゲーム内では考えることの無かった不安や焦燥がより一層深く心の中に刻まれていく。


「ゲームの世界が現実だったら良いのに」


 誰しもが一度は考えたことがあるのではないだろうか。そんな欲望をただ思いのままに吐き出す。

 大学院の研究が『エアリス・オンライン』を対象としていたのなら、俺は挫折していなかっただろう。

 そんなあり得ようもない世界をこいねがうのもまた一種の現実逃避である。


 天井に向けて手を伸ばす。ほとんどゲーム内に居るため、必要最低限の食事と水分を取っていない俺の体は骨と皮だけ。

 今にも折れそうな手を意味もなくただ見つめ続ける。眠ることも出来ずただぼんやりと眺めていると、次第に視界が揺れ始める。

 そして最後、ぐにゃりと完全に世界が歪んだ瞬間、俺は意識を失うのであった。



 ♢



 目が覚めるとそこは見覚えのない世界が広がっていた。あれ? 寝てる間に誘拐されたか? いやこんな成人男性を誘拐するなどというもの好きは存在しないか。

 にしても体が縛り付けられているのかってくらいに起き上がることが出来ない。

 声を出そうと口を開けば意味の分からないうめき声のような音しか出すことが出来ない。


 どうなってやがる? 大量の疑問が頭に湧き出した時、部屋の扉をガチャリと開ける音が聞こえる。


 あれ? 俺って独り暮らしだよな? やっぱり誘拐されたのか?

 少し恐怖を抱きながら音のなる方を向くとそこに居たのは誘拐犯とは真反対に居るような温和な雰囲気を醸し出す青髪の美人であった。


「#$%&&&#?」


 何か情報を得られると思ったが、どうやら日本人ではないらしい。まあ見た目からしてそうか。にしても何となく聞き覚えのある言葉なんだけどなぁ。

 取り敢えず声が出せないため、身振り手振りで伝えようとするものの、何が面白いのかその女性はニコニコと微笑むばかりである。


 何なんだこの状況は。俺は何か手掛かりが無いかと目だけを部屋中へと走らせる。

 そしてとある文字を目にして心底驚く。


 (あれってもしかして、ルーフェン文字か!?)


 ルーフェン文字とは俺が散々プレイしていた『エアリス・オンライン』の世界の文字である。要はルーフェン語の文字って事だな。

 『エアリス・オンライン』の世界の住民にとっての公用語だが、まあゲームをプレイする分にはスルーするくらいの設定だ。

 だが『エアリス・オンライン』の魅力にすっかり取りつかれていた俺はそうではない。

 興味を持ったが最後、すっかり言語研究に没頭し、気が付けばルーフェン語である程度の日常会話くらいは出来るようになっていた。


 あれでよくクランメンバーにちょっかいをかけているのだ。

 楽しいよなぁ……ってそうじゃない。


 ってことはここはゲームの中の世界って事になるな。

 だが、ゲームをしながら寝た覚えはないし、今目の前に広がっているこの部屋の景色にも見覚えは無い。


「$%#&%$#♪」


 俺が考え事をしていると、目の前の女性が嬉しそうに微笑みながら俺の方へと手を伸ばしてくる。

 な、何だこのイベントは!? びびびび、美女が迫ってくるではないですか!?


 神運営とはまさにこの事である。ここからイチャイチャが始まる……かと思っていたらそうではなかった。


 何と目の前の女性は俺の身体を軽々と持ち上げたのである。

 いや、嘘でしょ?

 痩せているとはいえ一応成人男性なんですけど。。。

 ていうか今思えばこの美女めっちゃでかいな! それにやっぱり喋ってるのルーフェン語だな。


 (何のイベントだこれ? 取り敢えず運営のメッセージでも見てみるか)


 そうして俺はいつもの様にウインドウを表示させようと、頭で念じる。

 ――あれ? おかしいな。


 いくら念じようと俺の目の前にウインドウが現れない。バグか?

 いやでもウインドウが表示されなくなるバグなんて聞いた事もない。


 おかしい。


 そんなことをしている間にも俺の体は青髪の美人によって抱きかかえられ、連れていかれる。

 ゲームにしてはあまりにもリアルすぎる体温のぬくもり。

 いくら物理法則に忠実に乗っ取っているっていってもこんな仕様あったっけ?


 何が何だか分からん。


 青髪の美人に為されるがままに連れられて行く道中、何気なく目を向けたその先にある鏡を見て映し出された自分の姿に俺は更に驚愕する。


 (え、誰? あの赤ちゃん)


 青髪の美人に抱かれている事からして俺でしかないのだが、それにしても俺のキャラメイクとは程遠い姿をしている。

 そもそもこんなキャラメイクは無かったはず。じゃあ何? 現実世界なのか?

 いや、そんな見た目ではない。

 鏡に映し出された俺の姿は女性にそっくりな青い髪が生えており、まるでこの女性の赤ん坊みたいに見える……。


 その時、俺の脳裏にある言葉が過る。


 (ゲームの世界が現実だったら良いのに)


 俺が寝る前に呟いたその言葉、そして今の状況……もしかして。


 (『エアリス・オンライン』の世界に転生したのか?)


 そんな考えがふつふつと俺の中で湧き上がってくるのであった。

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