3 追手

 轟音とともに、上空に巨大な火花が散った。


 火花の明かりに、三角形で構成された透明な壁面が映し出される。

 王城を囲う、普段は見えない結界だ。


 結界を構成する三角形のうち1枚が破れ、周辺の幾つかの三角形が剥がれ落ちた。

 そして出来た空隙を赤と緑、二筋の光が通り抜けていく。


 ◇◇◇


 600セク600秒後。

 ヴィクター王国マルベルグの街から北東に3遠12km離れた、ビーンアックと呼ばれる丘陵地帯。

 

 放牧地としても使われている草原に、西南方向の空から二条の光が飛来した。

 減速し、着地した光は弱く、暗くなって消える。


 月が無い夜だから、暗くなるとほとんど何も見えない。

 しかし暗視可能な者ならば、光が着地した場所に2人の姿を見る事が出来るだろう。


 赤い髪が印象的な10歳位の女の子と、緑色という珍しい色の長髪の、18歳位の女性。

 王城を脱出してきた『力の魔女』ストレと『生の魔女』マイナだ。


 ストレは飛行魔法用のスコーパェ収納ストレージに仕舞った。 


「ここで追っ手を迎え撃つわよ。ずるずると後追いさせると面倒だから」


「任せた」


 マイナはスコーパェに腰掛けたままだ。


 空に、光が流れる。

 王城方向から、金色の光と銀色の光。

 赤髪の少女は空を見上げて、頷いた。


「追っ手はティリカとニラメルか。まあそうだよね」


 魔法騎士団で、魔女に次ぐ実力を持つ2人だ。

 マイナが呟く。

 

「追い返すだけなら、ストレなら簡単」


「まあ、そうだけれどね」


 ストレは、にかっと笑顔を見せた。


「ただで追い返す気は無いわ。私が教えられる最後の機会かもしれないから」


「面倒見がいいこと」


「先輩としての義務感みたいなものね。それに明日から王国の最高戦力として、2人には頑張ってもらわないとならないし」


 そう言っている間も光は近づいて来る。

 そして光は、2人から20エム20m離れた草原に着地した。


 こちらの光も、2人の少女の姿へと変わる。

 10歳くらいに見える金髪の少女と、12歳位の銀髪の少女。


「余裕かましているよね。飛行中に攻撃してこないって」


 金髪の少女の言葉に、ストレは頷いて口を開く。


「一応私達の後輩だからね。それにティリカとニラメルには、これから頑張って貰わなければならないし。ヴィクター王国の最高戦力として」


 金髪の少女が『光の上級魔法使い』ティリカで、銀髪の少女は『空の上級魔法使い』ニラメルだ。


 ティリカが頷いて、ストレを睨みつける。


「もちろんよ。ここで王城の防護結界を破壊して脱走を企てた魔女を倒して、その功績で魔女として認められてね」


「ティリカなら、あと10年もすれば魔女になれるでしょう。ニラメルも。だから焦ることはないと思うわ」


 魔法使いや魔女は、見かけでは年齢はわからない。

 魔力が強いほど、成長や老化が遅くなる。


 魔女や上位魔法使いともなると、事実上は不老。

 ある程度の魔力を得た時点の年齢のままだ。


 そして女性の方が魔力を持ちやすいとされている。

 結果、上級魔法使いや魔女は、10~13歳位の少女という外見であることがほとんどだ。

 18歳程度の外見を持つ、『生の魔女』マイナのような例外はあるけれども。


 上位魔法使い以上の外見には、もう一つ特徴がある。

 持っている魔法の性質が、髪と瞳に色として出るのだ。

 ストレの赤色、マイナの緑色。

 そしてティリカの金色に、ニラメルは銀色というように。


「10年と言わず、いますぐ魔女になってみせるわ。此処で『力の魔女』ストレと『生の魔女』マイナを倒してね」


「今はまだ無理ね。でもこの先当分の間、稽古をつける機会はないから、今回は特別サービスしてあげる。先攻は譲ってあげるわ。最初は攻撃しない。マイナもそれでいい?」


「任せた」


 マイナからは、そう一言だけ。

 彼女は低く浮いているスコーパェに腰掛けたまま、特に何することもなくティリカとニラメルの方を見ている。


 そしてこの場にいるもう一人、銀髪のニラメルは何も言わない。

 無表情で、ストレとマイナの方を見ているだけ。


「それじゃあの世で後悔しなさい、『光の上級魔法使い』ティリカの最大魔法を受けて!」


 ティリカの右手から箒が消え、代わりに黄金色の魔法杖が現れた。

 彼女はその杖を掲げ、魔法の宣言句を唱える。


「此れは魔法、轟天雷!」


 直後、まばゆい光が辺りを覆った。一瞬遅れて轟音。

 しかしティリカは見た。

 目を焼かんばかりの光の中、雷がストレとマイナを避けて、地へと流れた事を。


「何、今のは!」


「雷が流れる道にも重さがあると認識するのよ。それなら力の魔法で動かせるわ。もちろん魔法そのものは、あらかじめ事前宣言しておく。そうすれば意識さえすれば発動できるわ。簡単よね」


「雷を、力の魔法で制御したという事か」


 ティリカにとっては予想外だったようだ。

 隙なく構えているが、表情は驚愕を隠しきれていない。


「そういう事よ。以前、雷の光る部分そのものに重さがあると仮定した時には、上手くいかなかった。だから雷が通る道を意識する方法にしたの。自分の得意魔法なのに研究が足りないわね。そこがまだ、ティリカが魔女になれない理由のひとつよ」


「くそっ。なら『此れは魔法、球雷!』」

 

 上空に直径半エム50cmくらいの、放電で輝く球が十数個出現。

 ジー、ジー……

 放電音を放ちながらマイナに向けて動き出す。


 しかしどの球も、マイナには一定以上近づけない。

 全て離れた場所で地に落ち、輝きを失って消える。


「動かせるものなら『力の魔女』が防げない訳ないでしょ。もっと頭を使ったらどう?」


「くそ、ニラメル、援護!」


「意味ない。勝負は見えた」


 ニラメルは『空の上級魔法使い』。

 その魔法は予知、転移、封鎖、結界といった分野に強く発揮される。

『勝負は見えた』とは、『勝てないと予知した』という意味だ。


「くそっ、ならせめて『生の魔女』だけでも。『此れは魔法、轟天雷!』」


「無駄」


 ニラメルのその言葉より早く、ティリカは宣言句を唱えた。

 マイナはスコーパェに腰掛けたまま、動かない。


 最初に見せたのと同じ攻撃が、今度はマイナだけを襲う。

 目を焼かんばかりの光の中、確かに雷がマイナに直撃したのを、ティリカは見た。

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