3 追手
轟音とともに、上空に巨大な火花が散った。
火花の明かりに、三角形で構成された透明な壁面が映し出される。
王城を囲う、普段は見えない結界だ。
結界を構成する三角形のうち1枚が破れ、周辺の幾つかの三角形が剥がれ落ちた。
そして出来た空隙を赤と緑、二筋の光が通り抜けていく。
◇◇◇
ヴィクター王国マルベルグの街から北東に
放牧地としても使われている草原に、西南方向の空から二条の光が飛来した。
減速し、着地した光は弱く、暗くなって消える。
月が無い夜だから、暗くなるとほとんど何も見えない。
しかし暗視可能な者ならば、光が着地した場所に2人の姿を見る事が出来るだろう。
赤い髪が印象的な10歳位の女の子と、緑色という珍しい色の長髪の、18歳位の女性。
王城を脱出してきた『力の魔女』ストレと『生の魔女』マイナだ。
ストレは飛行魔法用の
「ここで追っ手を迎え撃つわよ。ずるずると後追いさせると面倒だから」
「任せた」
マイナは
空に、光が流れる。
王城方向から、金色の光と銀色の光。
赤髪の少女は空を見上げて、頷いた。
「追っ手はティリカとニラメルか。まあそうだよね」
魔法騎士団で、魔女に次ぐ実力を持つ2人だ。
マイナが呟く。
「追い返すだけなら、ストレなら簡単」
「まあ、そうだけれどね」
ストレは、にかっと笑顔を見せた。
「ただで追い返す気は無いわ。私が教えられる最後の機会かもしれないから」
「面倒見がいいこと」
「先輩としての義務感みたいなものね。それに明日から王国の最高戦力として、2人には頑張ってもらわないとならないし」
そう言っている間も光は近づいて来る。
そして光は、2人から
こちらの光も、2人の少女の姿へと変わる。
10歳くらいに見える金髪の少女と、12歳位の銀髪の少女。
「余裕かましているよね。飛行中に攻撃してこないって」
金髪の少女の言葉に、ストレは頷いて口を開く。
「一応私達の後輩だからね。それにティリカとニラメルには、これから頑張って貰わなければならないし。ヴィクター王国の最高戦力として」
金髪の少女が『光の上級魔法使い』ティリカで、銀髪の少女は『空の上級魔法使い』ニラメルだ。
ティリカが頷いて、ストレを睨みつける。
「もちろんよ。ここで王城の防護結界を破壊して脱走を企てた魔女を倒して、その功績で魔女として認められてね」
「ティリカなら、あと10年もすれば魔女になれるでしょう。ニラメルも。だから焦ることはないと思うわ」
魔法使いや魔女は、見かけでは年齢はわからない。
魔力が強いほど、成長や老化が遅くなる。
魔女や上位魔法使いともなると、事実上は不老。
ある程度の魔力を得た時点の年齢のままだ。
そして女性の方が魔力を持ちやすいとされている。
結果、上級魔法使いや魔女は、10~13歳位の少女という外見であることがほとんどだ。
18歳程度の外見を持つ、『生の魔女』マイナのような例外はあるけれども。
上位魔法使い以上の外見には、もう一つ特徴がある。
持っている魔法の性質が、髪と瞳に色として出るのだ。
ストレの赤色、マイナの緑色。
そしてティリカの金色に、ニラメルは銀色というように。
「10年と言わず、いますぐ魔女になってみせるわ。此処で『力の魔女』ストレと『生の魔女』マイナを倒してね」
「今はまだ無理ね。でもこの先当分の間、稽古をつける機会はないから、今回は特別サービスしてあげる。先攻は譲ってあげるわ。最初は攻撃しない。マイナもそれでいい?」
「任せた」
マイナからは、そう一言だけ。
彼女は低く浮いている
そしてこの場にいるもう一人、銀髪のニラメルは何も言わない。
無表情で、ストレとマイナの方を見ているだけ。
「それじゃあの世で後悔しなさい、『光の上級魔法使い』ティリカの最大魔法を受けて!」
ティリカの右手から箒が消え、代わりに黄金色の魔法杖が現れた。
彼女はその杖を掲げ、魔法の宣言句を唱える。
「此れは魔法、轟天雷!」
直後、まばゆい光が辺りを覆った。一瞬遅れて轟音。
しかしティリカは見た。
目を焼かんばかりの光の中、雷がストレとマイナを避けて、地へと流れた事を。
「何、今のは!」
「雷が流れる道にも重さがあると認識するのよ。それなら力の魔法で動かせるわ。もちろん魔法そのものは、あらかじめ事前宣言しておく。そうすれば意識さえすれば発動できるわ。簡単よね」
「雷を、力の魔法で制御したという事か」
ティリカにとっては予想外だったようだ。
隙なく構えているが、表情は驚愕を隠しきれていない。
「そういう事よ。以前、雷の光る部分そのものに重さがあると仮定した時には、上手くいかなかった。だから雷が通る道を意識する方法にしたの。自分の得意魔法なのに研究が足りないわね。そこがまだ、ティリカが魔女になれない理由のひとつよ」
「くそっ。なら『此れは魔法、球雷!』」
上空に直径
ジー、ジー……
放電音を放ちながらマイナに向けて動き出す。
しかしどの球も、マイナには一定以上近づけない。
全て離れた場所で地に落ち、輝きを失って消える。
「動かせるものなら『力の魔女』が防げない訳ないでしょ。もっと頭を使ったらどう?」
「くそ、ニラメル、援護!」
「意味ない。勝負は見えた」
ニラメルは『空の上級魔法使い』。
その魔法は予知、転移、封鎖、結界といった分野に強く発揮される。
『勝負は見えた』とは、『勝てないと予知した』という意味だ。
「くそっ、ならせめて『生の魔女』だけでも。『此れは魔法、轟天雷!』」
「無駄」
ニラメルのその言葉より早く、ティリカは宣言句を唱えた。
マイナは
最初に見せたのと同じ攻撃が、今度はマイナだけを襲う。
目を焼かんばかりの光の中、確かに雷がマイナに直撃したのを、ティリカは見た。
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