2 旅立ち
「国を出て、どうするつもり?」
マイナは布団の中から動かないまま、ストレに質問する。
「どうにでもなるでしょ。これでも私達は魔女だし、姿かたちを変えたり魔力測定機を誤魔化したりするのは難しくない。言葉だって標準語が通じる場所なら大丈夫。もしお金が無くなっても、魔法が使えれば何とかなるでしょ。治療師ギルドとか」
「他国のギルドに入ると、後が面倒」
「そんなの気にせず、ぶっちしていけばいいじゃない。どうせそういった組織の宣誓なんて、魔法使いの魔法でしょ。この国への宣誓だってドミナの魔法だし。魔女である私達が力でぶっちするのなんて簡単よね」
宣誓とは、魔術的実効力がある誓いの魔法だ。
ヴィクター王国民は5歳になった4月に宣誓を行い、国の命令に服す事を魔法的に誓うこととなっている。
誓った内容に背く事は魔法的に出来ない。
例えば役人の命令に背こうとしても言葉が出ず、動けない状態になり、それでも背こうとした場合、最悪の場合は死亡する。
しかしこの宣誓は、魔法使いによる条件魔法の一種に過ぎない。
故に関与した魔法使いより上級の魔法使いなら、破る事は充分可能だ。
ヴィクター王国民を縛る宣誓の魔法は、王城の
確かにドミナは、経験豊かで魔力の大きい魔法使いだ。
しかし魔女ほどではない。
故に魔女であるストレやマイナなら、その気になれば宣誓を破る事は充分に可能。
今まではそうしなかった、それだけだ。
ただしその事を、魔女であるストレとマイナ、そして宣誓の魔法を行使しているドミナ本人以外が知っているかどうかは怪しい。
国王すら知らない可能性がある。
「魔女も一般の魔法使いと同じく、国への宣誓を破れないと思われているわ。少なくともこの国の国王はそう思っているでしょ。しかし実際は違う。私達はその気になれば自由にこの国を出ていける。それにこの国に対する義理は、今までで充分果たしたわ。違う? マイナ」
「確かに。ただ……ストレは、無計画過ぎる」
「どういう事?」
ふた呼吸分くらいの沈黙の後。
「国を出るつもりなら、ある程度の準備は必要。他国で使用可能な金貨や銀貨の入手。当座の食料の確保と蓄積。姿かたちを変えるなら、その姿にあった被服と装備一式。最低でもその程度は準備してから出るべき」
「うっ」
ストレは息を詰まらせる。
どうやら何も準備していないようだ。
「ストレは基本的に最終兵器。すべてお膳立てされたうえで出ていき、最大の脅威を潰すのが役割。20年以上そればかりやっているから、計画性がない。行動に移るなら、せめて必要なものを考えて揃えてから」
「う、うう……」
痛いところを思い切り突かれたストレは、次の言葉が出てこない。
「ただ、そろそろ潮時ではある」
「えっ?」
思ってもみない言葉に、ストレは顔を上げて声の方を見た。
ベッド上の掛け布団がふっと姿を消す。
マットの上にいるのは緑色の髪、緑色の瞳、18歳位の全裸の女性。
「どういう事?」
緑色の髪の女性、マイナは身を起こしてストレの方を見る。
「国を出た後も、今までのように無計画では困る。だから今のはお小言。この国に留まるべきではないのは事実。故にストレの分を含め、準備済み」
ベッドの横に散らかっていた本やノート、下着類等が消えた。
おそらくは
そういった辺り、ストレは今ひとつマイナを理解出来ない。
もう30年以上の付き合いではあるのだけれど。
「平民用の三季用標準服上下と旅装一式。サイズはあっている。着替えて」
ガラクタが消えた床に、分厚くやぼったいが頑丈そうな布地の服、そして下着、更にはマントや靴、背嚢まで揃ってて出現した。
秋も半ばを過ぎ、すっかり涼しくなった5月※の旅装としてはちょうど良さそうだ。
「どうしたの、これ」
「準備済み。必要だと思われるものは、ほぼ一通り」
「
「一般人は
ベッドのマット上、マイナの横にも服一式が出現した。
魔法騎士団の制服や支給の平服ではなく、ストレ用に出したのと同じような庶民用の服だ。
マイナは服を着始める。
「いつ頃から準備していたのよ、これ」
「ずっと前から。こんな日が来るのは予測済み」
どれくらい前からかは不明だが、先程言った準備の内、服は用意済みのようだとストレは理解した。
ただ疑問があるので、着替える前にマイナに質問する。
「私の服、今の私のサイズにあっているけれどこれでいいの? 大人サイズの方が便利じゃない?」
魔女なら当然、魔法で姿形を変えられる。
髪色や髪型、目の色といったよくある小変更だけでない。
身長、体型、骨格そのものも変える事が可能だ。
「偽装するより本来の姿の方が動ける。子連れの方が他人の目が甘い」
ストレは悟った。
「事前検討済みってことね、つまりは」
マイナからの返答はない。
返事がないという事は、その通りという事なのだろう。そうストレは理解する。
着替え終わると、外見はほぼ一般庶民と同様になった。
ただし瞳と髪の色は、未だ2人が一般人ではない事を示している。
中級以上の魔法使いや魔女は、得意な魔法属性の色が瞳と髪に現れやすい。
ストレの真っ赤な髪の毛は、力や熱を操る魔法を使う者特有の色。
マイナの緑色の髪は生物や生命を操る魔法を使う者の色。
一般人の髪に多い茶髪等とは大きく異なる。
「髪の色は今のうちに偽装した方がいい?」
「まだいい。脱走後、落ち着くまでは」
「他に食料とかお金の準備はしてあるの? 行き先調査なんかも」
「してある。まだ詳細は秘密」
「それでもう、脱走するの」
マイナは頷いて、立ち上がる。
床に置かれた色々を収納しながら歩いていき、壁際の大窓を開けた。
「今宵は新月。月がないから結界も弱い。これ以上此処にいても事態は良くはならない」
ストレは理解した。マイナはこのまま脱走する気だと。
急だけれど、いいだろうと判断する。元々ストレ自身も脱走するつもりだったから。
「思い立ったが吉日、って事ね」
「それはストレだけ」
「まあそうだけれど」
2人の手元に、それぞれ長い棒状のものが出現した。
中級魔法使い以上が飛行に使用する魔道具、
「なら景気よく結界破壊、行くわよ! 『此れは魔法、
宣誓に反した行為を行った事で、『秩序の上級魔法使い』ドミナによる宣誓の魔法が2人を縛ろうとする。
しかし魔女の圧倒的な魔力の前に、宣誓の魔法は音も無く砕け散った。
更に発動した
力場は歪み、軋み、そして火花を散らし、そして。
一部の力場が砕け散り、光と轟音を発した。
その光に照らされた南塔最上階の室内には、もう誰もいない。
※ ヴィクター王国は、地球で言うところの南半球にあります。なのでここの5月=日本の11月位のつもりで読んで頂けると幸いです。
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