此れは魔法 ~魔女と魔女の大陸二人旅~

於田縫紀

プロローグ

第1章 旅の始まり

1 きっかけ

 三月初めの、月のない夜深く。

 ヴィクター王国マルベルグ、北の台地に聳え立つ王城、南の塔最上階の一室。


 木張りの床と天井、黄色い煉瓦剥き出しの壁。

 広さは概ね20スクエム平方メートル位。


 床には本、衣服、魔道具、ノート、筆記具、そしてその他よくわからない物が散らばっている。

 いわゆる汚部屋という奴だ。


 部屋の端、窓と反対側にある扉から、ドンドン、ドンというノック音が響いた。


「閉まってる」


 部屋の端、ベッド上の丸まった布団の中からそんな声。

 完全に布団を被っているので姿はわからない。


 扉の外から声が響いた。


「私よ、入るわよ。『此れは魔法、閂よ動け! 扉よ開け!』」


 木製の扉の閂が上に動いて外れ、扉が自動的に開く。

 扉の前に立っていたのは、赤い髪と赤い瞳が印象的な女の子。


『此れは魔法』とは魔法を使用する際の一般的な宣言句。

 宣言句の後に魔法の種別や実現したい事柄を唱えることによって、魔法が発動する。

 声に出してもいいし、念じるだけでもいい。


 ただし誰もが魔法を発動出来るわけではない。

 可能なのは魔法使い、そして魔女のみ。


 赤髪の女の子は『力の魔女』ストレ。

 ヴィクター王国に2人しかいない魔女の1人だ。

 外見は10歳くらいに見えるが、実際は40歳を超えている。


 なおもう1人の魔女とは『生の魔女』マイナ。

 この部屋で布団をかぶっている当人だ。


 ストレは中へ入ろうとして、そして踏みとどまる。

 物理的にそれ以上入れなかったからだ。

 

「何でもうこんなに散らかっているのよ。1週間前に掃除したばかりでしょ」


 掃除をしたのはストレだ。

 マイナは放っておくと、寝たまま何もしないから。


 魔女は使用人を1人つけられるのだが、2人ともそれを断っている。

 使用人の質が良くない為、物がなくなったりする事が多々あるからだ。


 質がいい使用人に当たった、そう思った時もある。

 しかし1週間後、部屋内の一部始終がノートに起こしたメモまで全て、何処ぞに報告されていた事が判明。


 結果、2人とも使用人の派遣を断るようになった。

 以来、洗濯と掃除はストレがやっている。

 ストレ自身の部屋や衣服については毎日、マイナの部屋と洗濯物についても、3日から1週間ごとに。

 マイナは基本的に何もしないから。


 食事は毎食、騎士団から部屋の壁にある収受口に届けられる。

 食べ終わった食器を置いておけば、後で片付られる。

 これはマイナもストレも同じだ。


 汚部屋の主マイナがベッドの上、布団の中から返答してきた。


「便利な場所に置いているだけ」


 彼女が布団から出てくる気配はない。

 ストレは足をゆっくり持ち上げ、辛うじて何もない場所を選びつつ、一歩ずつ中へと入っていく。


 5歩ほど入ったところで、ストレは再び魔法を発動させた。


「此れは魔法、扉よ閉まれ! 閂よかかれ! 情報封鎖!」


 扉が閉まり、自動的に鍵がかかる。

 更に情報封鎖魔法によって、魔法を使用しようと部屋の中の景色や音声を漏らさない障壁が構築された。


「なにごと?」


 布団の中から聞こえた問いに、ストレは答える。

 

「どうやら戦争をするつもりらしいのよ、この国」


「知ってる。王やバグダス侯の思念が流れてきた」


 やはり布団の中から出てきそうな気配はない。

 ストレは幼い外見に似合わないため息をついて、質問を口にした。 


「知っていたのなら、何故何もしないの。マイナはどうする気? 『生の魔女』として」


「負傷者が送られてきたら、治療する」


 やはり布団に動きはない。


「私はこの国に愛想が尽きたわ。王は馬鹿だし貴族も自分の事しか考えていないし」


「王はルイタ島が属領だった頃の栄華を、取り戻す夢を見ている。他の誰もが無理だとわかっているのに、理解出来ない。貴族は出兵があれば、国庫から金を引き出せる。馬鹿を見るのは税金を搾り取られ、兵士として徴用される平民だけ。それで?」


 布団の中から聞こえた言葉に、ストレは眉をつり上げる。


「わかっているじゃない。その通りよ。どうせバグダス侯あたりが焚きつけたんでしょ、『こちらは魔女が2人いる。ルイタ島は1人。だから攻めれば勝てる』とか言って」


 魔女はこの世界の最高戦力だ。

 魔法使いと精鋭騎士を揃えた騎士団を数個動員しても、魔女1人に抗し得ない。

 大陸を構成する各国でも、在籍しているのはそれぞれ1人か2人。


「無理。ルイタ島には『水の魔女』ワテアがいる。基礎属性を操る『古の魔女』には、ストレも私も敵わない」


『古の魔女』とは、基礎属性である『火・土・水・風・光・闇』を操る存在。

 半数以上は大陸の国々より古くから存在している。

 知識も魔法も豊富で、魔力も強大だ。


 なお『古の魔女』以外の魔女は、あらたな魔女と呼ばれる。

 ストレもマイナも30年程前に魔女となった、あらたな魔女だ。

 一般の魔法使いに比べれば圧倒的な力を持つが、『古の魔女』と比べるとやはり劣る。


「その通りよ。それにこの国は衰える一方。ここにいても未来はないわ。そのうえ私達がいれば、それをあてにして戦争をしようなどと考える始末。なら私達の為だけではなく、一般の国民のためにもこの国を出た方がいい。違う? マイナ!」


「出た後は、ニラメルかティリカが新たな魔女に就くだけ」


 マイナが名前を挙げたのは、『空の上級魔法使い』ニラメルと、『光の上級魔法使い』ティリカ。

 どちらも魔法騎士団所属で、魔女に次ぐ存在として、西の塔最上階と北の塔最上階に個室を与えられている。


「まだ無理でしょ。特にティリカは、魔力も知識も経験も、もう少し必要だと思うわ」


「確かに」


 魔女を認定するのは、国や王といった人間が動かす組織ではない。

 世界そのもの、あるいは世界を統括する神的存在だ。


 前触れなく突然に、目と利き腕に生じる固有の魔法紋。

 同時に世界全体へと響きわたる『世界は○○の魔女を認めた』という魔法音声。


 この『世界の認定』があってはじめて、魔法使いは魔女として認められる。

 この時に響いた『○○の魔女』という称号で呼ばれるようになるのだ。


 ストレは他の魔法騎士団員とともに、大魔物エールドラゴンを倒した直後。

 マイナは流行病対策で、アルダリア地区を浄化し終えた時。

 それぞれ『世界の認定』を受け、『力の魔女』『生の魔女』となった。


 以来、国の戦力の要として、不足無い待遇を与えられているとされている。

 実際は、それほどの待遇ではない。


 部屋は見た通り広くなければ豪華でもなく、住み心地も今ひとつ。

 与えられる食事も一般の庶民よりややまし程度で、王族や貴族とは比べものにならない。


 それでも平民から上がる事が可能な中では、悪くない待遇ではあるのだ。

 外郭とはいえ王城内に、一応は個室を与えられていて、一日三食の食事が出るという点では。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る