4 呪い

 ティリカは即座に次の宣言句を唱える。


「此れは魔法、高速球雷!」


 マイナは魔法が直撃して、黒焦げの生きているとは思えない姿となっている。

 しかし腰掛けていたスコーパェは、地上から浮いたままだ。


 それはスコーパェの使い手が生きているという事のあかし

 ティリカはそれに気づいたのだ。


 上空に光の球が多数出現する。

 ひとつひとつは先程より小さく、直径20シムcm大程度。


 一方で黒焦げだった人型が、みるみるうちに色と形を取り戻していく。

 そして緑色の長髪の全裸の女性となり、スコーパェから立ち上がった。

 

 光る球が、彼女目がけて加速する。幾つもの光球が彼女がいた場所・・・・に殺到し、炸裂する。

 しかしティリカは見た。

 彼女がそれら全ての光球を避けたのを。


 速い! 魔法ではなくただ躱しているだけなのに、高速球雷が当たらない。

 更に彼女は躱すだけではなく、走り始めた。

 まさにティリカがいる方向に向かって。


 まずい。そう悟ったティリカは、すぐに次の宣言を唱えようとする。

 しかし緑髪の魔女の加速が、ティリカの宣言を上回った。


「此れは魔法、迅ら……」


 ティリカが宣言する前に、マイナの右手が伸びて彼女に触れる。


「其は癒し、睡眠」


『生の魔女』独自の宣言句が響く。


 ふっと力を失ってティリカが崩れかけた。

 その小さな身体を、前進したマイナが抱き留める。


 横抱きに抱えなおした後、マイナは銀髪の上級魔法使いのところまで抱えて歩いて。


「返品」


 ニラメルに渡した。


「受領」


 マイナに比べると、ニラメルの身体は二回り小さい。

 ティリカよりは大きいが、それでもティリカを抱えると目いっぱいという感じになる。


「それでニラメルは、どうするのかしら?」


「勝てない戦いはしない」


 銀髪の上級魔法使いはストレの質問にそう返答して、王城の方を向いた。


「引き上げる。『此れは魔法、転移』」


 ティリカを抱えたニラメルの姿が、揺らいで消えた。

 残ったのはストレとマイナ、夜の闇に包まれた草原。


 マイナが服を取り出して、着始めた。

 思わずストレは、こう聞いてしまう。


「その服、スペアがあったのか」


「当然。洗い替えその他に4着は必要」


 ストレが見る限り、焼失した物と靴まで含めて全く同じだ。

 ひょっとしたら、全てはマイナの予定通りだったのだろうか。

 ストレはそう思いつつ、ニラメルが消えた場所と王城の方向を交互に眺めた。


 ニラメルの魔力が、遠く王城方向で瞬く。

 目視は出来ないが、どうやら転移魔法で無事に到着したようだ。


ニラメルあのこ、腕を上げたわね。一人抱えたまま12ケム12kmの距離を、瞬時に転移魔法で移動なんて。魔女の私でもぎりぎりの距離よ、これは」


「確かに」


 服を着ながらマイナが頷く。


「もう上級魔法使いではなく魔女の領域に入りかけているかもしれないわ。案外、昔のマイナと同じかもしれない。実力はあるけれど、本人にまだ魔女になる気がないだけで」


「認める」


 靴の紐を結び終わったマイナはそう言った後、身体と両腕を軽く上に伸ばした。

 着替えを終了し、準備完了のようだ。

 なのでストレは尋ねる。


「それでどうするの? 此処からすぐ移動する?」


「その前にひとつ。この国を離れる前に、縛る」


 縛る?

 そう思ったストレの前で、マイナは右手に杖を取り出し、上に掲げた。


「此れは魔法、此れは宣告。ヴィクター王国の全ての者へ告げる」


 この宣言は、広域条件魔法を発動させる時の定型句だ。

 今回の伝達対象は、『ヴィクター王国の全ての国民』。

 何を行う気だろう、そう思いつつ、ストレはマイナを見やる。


「愚かな国王イーグックは、再び勝ち目のない戦争を起こそうと企てた。そこで我、『生の魔女』マイナは、愚かな国王及びその家臣を縛り、呪うことを宣告する。積極的侵略に対する防衛以外で戦争を起こそうと企て行動した場合、早急にその身に呪いが生じると心得よ。この宣告が虚言でないことの証しは、早急に愚かな国王の頭上に現れるだろう」


 これは条件を満たした時に発動する、条件魔法だ。

 国民を縛っている『宣誓の魔法』と同種の魔法。


 マイナが宣言した魔法は『戦争を起こそうと企て行動した』のが条件で、『早急にその身に呪いが生じる』が発動内容。


 ただしこれだけでは、具体的な発動内容や国王の頭上に現れる証しはわからない。

 だからストレは尋ねる。


「どんな呪いでどんな証が出るか、聞いていいかしら?」


 マイナは頷いた。


「証しは髪の脱毛。国王イーグックの髪は抜けて二度と生えない。呪いは病気。戦争を企て行動を起こした者は、その行動が取り消されない限り、ある成分が体内に取り込まれなくなる。結果、足のしびれ、むくみから始まり、全身がむくんだ後、血液を流す機能が衰え死亡する」


 ストレはこの病気を知っている。

 十数年前、やはりルイタ島に出兵した際に、多数の兵が発病した病気だ。

 なるほど、兵の苦しみを味わえという事か。

 なかなか正しい呪いだとストレは思うが、疑問も生じる。


「呪いそのものは正しいと思うわよ。でもこれだと呪いを解除するため、国王がマイナを狙うなんて事にならない?」


 マイナは頷く。


「それが狙い。現王は愚か者故、敵を作って攻撃しようとする衝動を止められない。戦争の企てもその一環。故に敵をルイタ島ではなく私に固定した。私を敵として認識し攻撃を企てている間は、他の愚かな試みの発生を防げる」


 理屈はわかる。しかしそれでは……

 ストレは疑問点を口に出した。


「そうなるとマイナと私は、ずっと追っ手に狙われる事になるよね」


「私は『生の魔女』。自ら死を希求するか、格上の魔女によって意思を抹消させられない限り死なない。ストレには生の祝福をかけてある。私の魔力が無くなるか私自身が消滅するかしない限り、怪我ひとつする事はない」


 そう言えば、そんな魔法をかけられた覚えがあるな。そうストレは思い出した。

 かなり昔、まだ2人が魔女になる前の事だけれども。


 つまりマイナも私も害される事はない。

 しかし捜索され、見つかると狙われるのは避けられない訳だ。

 ストレは思う。

 これってかなり、面倒臭い事態ではないだろうかと。


「理由はわかったけれど、微妙に気が休まらない日々が続きそうね」


「他国まで遠見が出来る魔法使いは、ヴィクター王国にはニラメルだけ。あの子はおそらく、そんな事はしない。また私達がいない状態では、戦力の要となるニラメルとティリカを国外に出すこともできない。

 故に愚かな国王が出来るのは、中級魔法使い程度の追っ手を出すことだけ。なら万が一追っ手に出会ったとしても、髪色と体型、通常魔力を変えれば充分」


「中級程度の魔法使いでは、私達を私達と見破ることは出来ない。出来るのは魔女か、それに近しい能力を持つ者だけ。だから問題はないって事ね」


「その通り」


 マイナは頷いた。

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