老兵 第3話:お金がない老兵とお嬢さん

「爺さん。この素材をどこで手に入れたかは知らねえが・・・。

このギルドじゃ一つも換金出来ねえよ」


最初、儂はこの鑑定士が何を言っておるのか理解できなんだ。

だって、あれじゃぞ?この冒険者協会はパルッタ王国で4番目に大きい支部じゃぞ?

一つも換金できないとは思わんじゃろ?!

う~む。食事は野外で獣を狩ればよいし、寝床はそこらで野宿すればいい。

じゃが、家族に手紙を出すには金がいる。困ったのう。

手紙だけはどうしても出したいのじゃが。

次元収納には1等級の魔獣の素材しか入っとらんし・・・ふ~む。困ったのう。

そんな儂の困る姿を見兼ねたのか、優しいお嬢さんがとある提案を儂にしてきた。


「おじいちゃん。お金がなくて困ってるなら、私の家に泊めてあげようか?」


いや、そういうことではないのじゃが・・・。

まあ、お嬢さんの好意に甘えるのもいいかもしれん。

結局は、ドルットに数日程滞在してお金を稼ぐことになりそうじゃしな。

じゃが、お嬢さんがチップを貰った罪悪感から無理して言っておるのなら、

ここは断るのが老人の対応じゃ!


「いいのかい?お嬢さん。でも迷惑ではないかの?」


儂がそう問いかけると、お嬢さんは満面の笑みで首を左右に振りながら

「ううん。迷惑なんかじゃないよ?」と言ってくれた。

うむ、儂の経験からしてもこれは無理している者の雰囲気ではないな。

これはお嬢さんの自由意思によって決めたこと、お嬢さんも成人しておるのだから、

大人としてみてやらんとな!

などと考えておると、鑑定士の奴めがお嬢さんと儂の間に割って入って

「駄目だ!どこの誰かも分からん男を家に上げちゃ!」

と、正論をかましてきおった。

確かに、どこの誰かも分からん男を家に上げるのはいかんことじゃが・・・。

儂をそんなやましい男として見て来たことに、無性に腹が立った。

儂は鑑定士の奴に向かって、左手を見せつけるように差し出しこう言ってやった。


「若造めっ!見くびるなっ!儂は既婚者じゃぞっ!浮気なんぞせんわっ!

・・ごほごほ」


久しぶりに大声を出したせいか、喉を傷めてしまって咽てしまう。

それに、お嬢さんをビックリさせてしまった。

はぁ、年甲斐にもないことをするものではないな。

冒険をやめて、妻と共に儂の故郷に帰ってからも

肉体が衰えないように訓練はしておったんじゃが・・・。

まあ、近い内に仲間や妻、オディッドに会いに行けると考えたら悪い気はせんが。


「お、おい、大丈夫か爺さん?急にボーっとして。い、医務室に行くか?」


鑑定士の奴めが、儂の顔を覗き込みながら心配そうな声で聞いて来る。

こいつも悪い奴ではないんじゃろう。さっきの発言もお嬢さんのことを

心配したからじゃろうし。

それに、自分のことを怒鳴りつけて来た老人のことを心配してくれとる。

じゃが、儂は絶対に妻を裏切らん。その気持ちがあまりにも強すぎて、

つい衝動に駆られてしもうた。

はぁ、ジジイになっても性格ばかりは変わらんな。幼い時のままじゃ。

これでは、師匠やお袋、妻や仲間に顔向けできんわい。

などと考えながら、儂は首を左右に振った。


「いいや。興奮してすまんかったの。儂は野宿で構わんから気にせんでくれ」


儂がそう言ってこの場から立ち去ろうとするのを、鑑定士の奴が引き留める。


「爺さん。あんた、元冒険者だろう?」


その言葉に、儂が反応して振り返ると、鑑定士の奴は続けてこう言ってきおった。


「あんた見たいな奴を俺は何人も見て来た。

結婚して、冒険者をやめて穏やかな生活に戻る。

そういう奴が老人になって、もう一度冒険者になる理由は二つだ。

金が必要になった時か・・・。死に場所を求めている時だ。・・・俺には分かる。

あんたは後者の理由で冒険者に戻ろうとしてるんだろ?」


確かに・・・旅の最終目的は死に場所を定めることだ。

だが。勘違いをされたくはない。

儂はそう思って、何とも言えない顔でこっちを見てくる鑑定士の奴めに、

堂々とこう言ってやった。


「儂には自慢の息子と、綺麗な嫁殿と、元気な孫がいる。

なんら自分の人生に不満があるわけではない。

いや、最高の人生じゃった、と思っておる。

じゃがな、それは最高の仲間達がいてくれたからじゃ。

じゃからの、儂はあの世におる仲間達のために、土産話を作る旅に出たんじゃ!

あの世に行って、皆にこう言ってやるんじゃ

『最初から最後まで、最高の人生じゃった』とな。

若造が考えとるほど、儂は哀れなジジイではないわっ!見くびるなよ!!」


儂はそう言い放つと、ゆっくりと冒険者協会から出て行く。

この冒険者協会は、妻と初めての出会いの場所。妻との最初の思い出の場所。

時が流れ、人や建物が変わろうと、思い出は不変じゃ。

・・・ふははは。柄にもないことを考えてしもうた。歳のせいかの?

はぁ、あの世におる妻と仲間に笑われてないとよいが。

などと考えながら歩いておると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「お~い!おじいちゃぁ~ん!!」


ゆっくりと後ろを振り返ると、小走りで儂のことを追いかけて来たお嬢さんが

視界に入って来た。

お嬢さんは儂の目の前まで走って来ると、息絶え絶えにこう言ってきた。


「おじさんがっ!はぁはぁ。おじいちゃんをっ。

はぁはぁ。家に泊めてもいいって言ってくれたのっ!はぁはぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

老兵 ~最後の旅~ ヒーズ @hi-zubaisyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ