05.では探索を始めましょう。

 うち捨てられた居住地、コロニーが近づいてきた。


 コロニーは小惑星をくり抜いて作られた球体型で、内側に施設や居住区が構えられている。自然物を活用したコロニーは資材を現地調達できる利点があるが、サイズを小惑星に依存するので小型になりやすい。収容人数はせいぜい百人といったところか。


 ソフはドローンを三機だけ格納し、二機は飛ばしたまま着陸態勢に入った。


 星間遺跡はすでに無人だ。AIが生きていればコロニーを稼働させ続けている可能性が高いものの、AIをハックしようなどという不届き者しか来ないような宇宙港に無駄なリソースを割くわけがない。したがって、ドローンを飛ばして宇宙港をこじ開ける必要がある。


 二機のドローンが、小惑星型のコロニーに吸い込まれていく。ソフは腐ってもマイナーだ。コロニーが稼働してさえいれば、宇宙港を開けさせることは容易である。


 問題なく着陸できそうだったので、レックスに「一応、宇宙服を着ておいてね」と伝えておく。


 レックスが従順に宇宙服を着用し始めたとき、ソフは唯一のクルーにとわざわざ伝えた自分の発言の馬鹿馬鹿しさに笑ってしまった。


 魔術。まったく番狂わせな技術である。


 一方で、魔術はエネルギー消費量が高すぎる。なまじ万能だから全てを魔術で解決しようとすると悪手に陥りやすくなる。演算の失敗パターンが多すぎてトラブルシューティングしにくい。


 そんなデメリットもあるので、ソフはレックスに〝魔術は無闇に使わないほうがいい〟と伝えている。あくまで忠告だ。レックスの私物として持ち込まれているジェムの使い道までは制限できない。


 レックスの様子を伺うと、彼女は宇宙服の外部ポケットに大量のケーブルをしまっているところだった。彼女の小さな片手でギリギリ握り込めるほど分厚い束になったケーブルには、多種多様なコネクタがぶら下がっている。


 画一化されていないコネクタなど骨董品も同然だが、もちろんレックスが勝手に持ち込んだわけではない。星間遺跡をデータベースに登録するだけであれば不要だが、AIのユニークデータを読み取るのに必要ということで持ち込みを許可した荷物だった。


 当時、「ついでにAIのデータベース登録も試してみてくれない?」とソフが打診したときのレックスの回答はこうだ。


「分かりました。星間遺跡データベースの場所を教えていただけますか?」


 つまりレックスは星間遺跡データベースの存在すら知らなかったのだ。ソフが道中でしっかりやり方を叩き込んだが、レックスの経歴についてはますます謎が深まる結果となった。


 攻略された星間遺跡の多くは、AIがIBにすげ替えられた後に宇宙航行時の補給地区として解放されることが多い。民間企業の社会奉仕活動の一環だ。いわば星間遺跡データベースは、宇宙航行の生命線を示す地図でもある。


 補給地すら知らない宇宙航行士? まったくあり得ない話だ。


 だが、ソフは、少なくとも安全に宇宙服を脱げる惑星に到達するまではこの問題を深掘りしないことに決めていた。


 宇宙は今なお死と隣り合わせの危険な領域だ。命に関わらない謎解きで集中を乱している余裕はない。船長がクルーの人生を知りつくしている必要もない。




 ほどなく、プレイン・ジェーン号がコロニーに着陸した。


 ありがたいことに、コロニー内に生命活動ができる程度の窒素と酸素が満たされているようだった。ひょっとすると、何か動物か植物が未だに生き残っているのかも知れない。


 これならコロニー内を生身で動いてもほぼ安全だ。コロニー内には疑似重力があるので、惑星と同じように歩いて探索ができるだろう。


 だが、メンテナンスがAIの手に委ねられた巨大建造物を過信するつもりはない。


 ソフもレックスも万が一に備えて宇宙服を着用し、手元の端末に備わったライトを点けてから降り立った。ボンベ節約のため、宇宙服はオフライン状態だ。そのままだと息がしにくいのでヘルメットだけは外して、宇宙服にぶら下げてある。


 ソフのドローンも二機降ろす。先ほど戦闘をしたドローンとは別のモデルだ。円形の小型ドローンで、飛行しながらついてくる。一機はソフの後ろに、もう一機はレックスの後ろについて、周囲をぼんやりと照らした。


「記録を始めましょう。レックス、貴女のぶんも撮っておくわ」


 そういってソフは飛行しているドローンで録画を始めた。


 正当なマイニングをしたと示すためには、映像処理履歴まで残らず記録した映像をしかるべき機関に提出するのがてっとり早い。圧縮をしてもうんざりするほど重たいデータになるが、これで少なくともソフやレックスがな遺跡泥棒をしていない証拠になる。……つまり、宇宙航行上やむを得ない理由で遺物を持ち去っても咎められにくい。


 着陸したのは個室型の船着き場らしかった。飛び立った宇宙港と似た作りで、丸くり抜かれた壁に半透明のエラストゲートが嵌まっている。システムは生きているらしく、脇に設置されたタブレットがぼんやりと光っている。


「あ、エラストゲートですね」レックスは覚えたての設備知識をちょっと嬉しそうに語った。「材質は……」


 ソフは一人でブツブツつぶやくレックスを放置してエラストゲートの解除に取りかかる。いつもよりも気楽な作業だった。レックスのようにゲートの構成成分を丸暗記している魔術師がいれば、いざとなれば魔術でこのゲートを分解してもらえる。


 ほどなくしてエラストゲートが壁に吸い込まれた。


「それじゃあ、制御管理室コントロールルームを探しましょうか」


 エラストゲートの外は円形の広間のようになっていて、壁には画一的な個室型の船着き場が並んでいた。その中に頑丈そうなハシゴが一つついていたので、おそらくあそこから中に入るのだろう。


 コロニーの収容人数が百人くらいの宇宙港にしては大きすぎるが、理由はすぐに分かった。それぞれのドックに応急処置キット、食料や水、脱出用ポットが納められていたからだ。おそらく、シェルターを兼ねていたのだろう。


 ソフがジュースの入ったパウチを取り出す。どれも宇宙航行用の長期保存が利く食料だったが、それでも消費期限は数十年過ぎていた。


「食料は駄目そうね。応急処置キットはどう?」


「劣化しています。使わないほうがいいでしょう」


 ちょうど応急処置キットを検分し終えたレックスが首をかしげた。


「奇妙ですね。無人のコロニーに食料も脱出用ポットも残っています」


「みんなコロニーで死んだのね。……自然死だといいけどね」


 使えそうな備蓄品は後で載せることにして、二人は先に進むことにした。


 エラストゲートの外に出て、今度はハシゴを登ってみる。頭上はぽっかりと空いていたが、ハシゴを登った先には、見上げるほど大きな円形の跳上扉ハッチがあった。大人が一抱えしてやっと持ち運べそうな、バルブのような手回しハンドルがついている。


 ソフが両手でハンドルを持って力を入れるが、びくともしなかった。レックスが駆け寄って手伝ったが、まるで動かない。レックスが下から押し上げるように、ソフがハンドルにぶら下がるように体重をかけて、ようやく右に回った。


 扉の向こうは、ひらけた円形の空間になっていて、先ほど開けたものよりも一回り小さいハッチが等間隔に五つ嵌まっていた。ソフ達が出てきた扉を合わせると合計で六つになる。


 試しに右隣の扉に近づいてみると、『居住エリア』と彫られたプレートがはめ込まれていた。さらに右には『医療室』、『研究所』、『コントロールルーム』、『貨物室』、そして先ほど二人が出てきた一際大きい『宇宙船ドック/シェルター』。


 どうやらこのコロニーは、宇宙船ドック兼シェルターを中心に、放射線状に部屋が区切られているらしい。


「慎ましいわね。コロニーというより宇宙船だわ。探索はすぐ終わるわね」


 マイニングの映像記録は星間遺跡の事前調査資料という名目で利用されるから、情報は多いほど好まれる。遅かれ早かれすべてのエリアを見て回ることになる。


「でも、何はともあれコントロールルームよ」


 ソフはコントロールルームのハンドルに近寄った。力いっぱい回してみるが、びくともしない。パッと手を離したあとで、ハンドルの中心にテンキーとパネルがついているのに気づいた。


 六桁の数字が入力できるようになっているらしい。古いが強固なセキュリティシステム――パスワードでロックされている。テンキーを適当に押すと、パネルに数字が入る。壊れてはいないようだ。


 とりあえずパスワードを無視して、ハンドルを無理に回そうとしたり、ハッチを拳で叩いたりしてみるが、反応はなし。


 レックスがおずおずと口を開いた。


「大変言いにくいのですが、パスワードを入れないと開かないと思われます」


「そう。それ。それをAIから聞きたいのよね」ソフがハンドルを掴んで引っ張りながら言う。


 レックスが真顔で見つめてくるので、ソフはいったん手を止めた。


「人間がのを見たら話しかけるのがコンピュータでしょ。こういう非合理的なことをすると、普通は話しかけてくるのよね。コロニーは生きているから、AIもちゃんと稼働してると思うんだけど。……スピーカーが壊れてるのかしら」


 レックスは無言で天井を見上げた。彼女が何を感じたのかは分からなかったが、たぶんスピーカーを探しているのだろう。


 レックスは見上げたまま、ソフに訊いた。


「パスワードに入力制限はありますか?」


「ううん。なさそうよ。入力制限をかける意味もないし」


「了解しました。六桁なら易しいほうですね」


 にっこりと笑うレックスに、ソフはため息をついた。


「……まあ、総当たりブルートフォースしかないわよねえ」


「私の得意分野です」


 レックスがハンドルに近づき、テンキーに手をやった。まずは右手の指で一つずつ、確かめるようにゆっくりとキーを押していく。やがてキーの配列が手に馴染んできたのか、どんどんスピードを上げた。最終的に、まったく手元を見ないまま、指だけがひたすら入力を続ける状態になった。


 パスワードを打つ手は止めずに、レックスはソフのほうを振り向いて淡々と喋る。


「六桁の数字の組み合わせは100万通りありますが、人間が設定しているなら偏りが出ます。例えば先頭に0を使うのは稀で、これだけで10万通りは省けます。システムでパスワードを再設定をしていても疑似乱数ランダムのアルゴリズムとシード値の予測はできそうです。手打ちなので遅くなりますが、三日ほどいただければ開けられると思いますよ」


 ソフは苦りきった表情をした。開けるのに三日かかると聞いたからではない(手動によるパスワード総当たりを三日で終わらせるのはむしろ早すぎる)。あり得そうな組み合わせをいちいち予測しようという姿勢に対してだった。


「うええ。そんなこといちいち考えながらやるの?」


「魔術に比べたらお遊びのようなものです」レックスは何食わぬ顔で言った。


「やっぱりわたし魔術は一生やらないわ」


 ソフは首を振って断言した。しばし沈黙した後、「それじゃあ……」と切り出す。


「ここは任せてもいいかしら。その間に他の部屋を調べておくわ。宇宙服をオンラインにして」


「かしこまりました。……無線とバイオモニターは正常です」


「了解。じゃあ行くわ」


「いってらっしゃいませ」


 レックスは薄く笑って、左手を振った。その間も右手はキーを打ち続けていた。

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