04.星間遺跡を探してみます。
宇宙港を立ってから二日。
ソフが目星をつけた星域をいくつか回った。星間遺跡らしい影はセンサーにかからない。当たり前だ。そう簡単に見つかったら苦労はない。
三日目を数えたところで、ソフが船長として計画変更の判断を下した。
「今日見つからなかったら、明日はゲートで飛んだ先の星域に移るわ」
「承知しました」とレックスは同意した。
何光年の距離を一瞬で縮める転移門、ゲートの生成は魔術の領域だ。レックスの言によれば、魔術はブラックホール研究の産物であり、瞬間移動は魔術の原点だという。
ゲートがいつ作られたのか、誰が開発したのかは定かではない。
ゲート生成の技術が失われたのは大きな痛手だが、一般人にとっては別段不便はなかった。公的に稼働しているゲートは百を超えており、生存可能惑星に赴く分にはまったく問題ないからだ。公的なゲートは主要ハブとなる宇宙港に設置されており、惑星やコロニーの間を行き来するだけであれば、比較的安全に
一方、この宇宙には調査の手が届かずむき出しのまま漂う野良のゲートが、それこそ星の数ほどある。通常は吸い込まれないよう避けるのが定石だが、誰も訪れないような星域をわざわざ探索する奇特な人間、ようするにマイナーにとって野良ゲートの調査は、仕事の遂行に必須のタスクだ。
「これから行く星域には小型コロニーの目撃情報があるのよ。正体不明の影がセンサーに引っかかったという話は何度か聞いたわ。あとは、半世紀くらい前に訪れたときには人がいたって書いてある体験記もあるわね。まあ、モキュメンタリーかもしれないけど」
「その体験記はどこで読めますか?」
「帰ったら送ってあげる」
*
ゲートを飛んでから四日後。プレイン・ジェーン号が信号を捉えた。探索範囲を広げようかと相談した矢先のことだった。
信号はコロニーの存在を示していた。通常、コロニーや惑星、宇宙船の座標は、宇宙管制局が共有する地図によってリアルタイムで把握できる。
捉えた信号の位置は、地図上は何もないはずの場所だった。
宇宙管制局が把握していない建造物。それは漂流船か星間遺跡と決まっている。コロニーであれば、ほぼ確実に星間遺跡と考えて間違いない。
「見つけたわね」
ソフがぽつりと言う。レックスは相変わらず真顔だったが、目は期待で輝いていた。
「滑り出しは上々ですね。近づきますか?」
「もちろん」
ソフは前屈みになり、星々に混じって漂うコロニーが見えやしないかと目をこらした。だがそれも二、三秒で諦めて、操縦席の背にもたれかかった。
「最初の踏ん張りどころね。ま、どうせ着く前に迎撃機が来るでしょ。攻撃に備えるわ。レックス、着席してベルトを締めて」
「
「
「了解でーす、キャプテン!」
相変わらず楽しげな声とともに、船の主導権がソフに明け渡された。
手動、といっても、操縦桿は本当の緊急時――例えば、宇宙船の基幹システムがまるごと乗っ取られたときに操縦の主導権を力尽くで取り戻す時などに使う。もうずいぶんと触っていない。
代わりに使うのは
センサーが小さな影を捉えた。
「ほら、お出ましよ」
こちらとの距離を急速に詰める小さな飛行物。
迎撃機がすさまじい早さでこちらに向かっている。
影は一つ。
ソフの唇が弧を描いた。
迎撃機に狙いを定めて、正面から立て続けにレーザー弾を放つ。
三発。
それらが届くよりも前に、落ちるように降下。
下から迎撃機の背後に回りつつ、立て続けに追加のレーザーを五発。
迎撃機はプレイン・ジェーン号を追尾するように正面を変えたが、放たれたレーザー弾は避けようともしなかった。迎撃機の周りに張られた
迎撃機がレーザーの射出筒を出し、プレイン・ジェーン号に狙いを定める。
「警告」と
いつものおちゃらけた感じは消え、感情のないシステマチックなアラートに徹している。
「前方に敵対的レーザー活動を検知。狙撃に備えて防御プロトコルを実行してください」
狙撃。単なるレーザー弾であれば、まったく脅威ではないはずだった。
宇宙船の高性能IBは被弾を許さない。宇宙空間を漂流する小惑星は、どんなに遅くても秒速五キロの速度で飛んでいる。豪速の隕石を検知し、軌道を予測し、回避行動を取るのはIBにとって造作もない。
ただし、それは狙撃が物理法則に従っていればの話である。
レーザーが射出されると、それは鞭のようにしなって襲いかかった。
プレイン・ジェーン号がすばやく後退する。鞭はすんでのところを掠め、光の粒を散らしながら消えた。
「レーザーの〝書き換え〟ですね」とレックスが冷静に言う。
物理法則を一時的に上書きした、魔術による対宇宙船用の砲撃。
なぜ再現ができなくなったかは諸説あるが、そんなことはどうでもいい。マイナーにとって重要なのは、その〝失われた技術〟が宇宙を漂いながら偏った学習を続けた結果、近づいてくる者を殺すオーバースペックすぎるセキュリティに成り果てているという事実だ。
迎撃機がレーザーを撃った。
「まずい」
ソフは素早くプレイン・ジェーン号を旋回させ、速度を上げた。
迎撃機から放たれたレーザーが膨張し、そのままするすると切り込みが入って――細切れになったレーザー(だったもの)が一斉にプレイン・ジェーン号に襲いかかる。
時間にして十秒。短い時間だ。だが、被弾すれば命はない百以上の小さな追尾レーザーが襲い続ける時間となれば話は変わってくる。
「は、相変わらずインチキね!」
雨あられのようなレーザーをいなしきったソフが叫ぶ。その顔は笑っていた。
「近接戦闘に慣れているようです。やりにくいですね」とレックスが言った。
魔術にとって距離など存在しないも同然だ。したがって距離を詰めて押し切るのが戦いのセオリーである。これには魔術の発現にインターバルがあるという理由も大きい。ジェムにエネルギーを充填し、発動させる場所と現象を演算するのに時間がかかるからだ。
だからこそ、近接戦闘もできる魔術師との戦いは厄介極まりない。しかも、目の前の迎撃機はAIだ。処理速度は人間とは比べものにならず、まるで通常のレーザー弾を撃つみたいに魔術を使ってくる。
レーザーの軌道をゆがめたり細切れにしたりする戦法も、
ちょっと気が散るだけで死にそうだ。
「これは短期決戦よねえ」
ソフはため息を吐きながら、さらさらとディスプレイを触る。プレイン・ジェーン号から五機の小型ドローンが排出された。
五機のドローンが、迎撃機に向かって飛んでいく。
ドローン二機が正面に突っ込み、迎撃機のレーザー鞭をいなした。ハエのようにうっとうしく乱れ飛んで迎撃機の気を引く。残り三機のドローンはそれぞれ左右へ舵を切り、迎撃機の脇腹や背中を撃ち抜こうと画策する。
五機のドローンにまとわりつかれた迎撃機は再びレーザーを放つ。立て続けに撃っては分解して、どんどん数を増やしていく。
星のように散ったレーザーが蜂の大群のように隊列を組んで、ドローンに突撃した。その軌道は、明らかに五機のドローンを一気に落とそうとしている。
よっぽど〝頭〟に自信がなければ取らない戦法だ。相手は人間が遠く及ばない演算能力を有するAIである。自分の強みは重々承知だろう。彼には、魔術を再現できるという自負が感じられる。
ソフのドローンは攻撃を避けながらも、愚直なレーザー弾を打ち続けた。だが、迎撃機はドローンの攻撃を
今のところ、こちらの攻撃は一発も通っていない。
それでいい、とソフは思う。相手の手札は魔術によるレーザー攻撃だけ。戦闘慣れしているとは言い難い。なまじ魔術で押し切れるぶん経験に乏しいと見える。
ふいに、迎撃機のレーザーの放出が止んだ。
だが、十分だ。
五機のドローンが一斉に迎撃機との距離を詰める。AIは咄嗟に、ドローンと接触しないよう停滞する。
その動きをソフは見逃さなかった。
プレイン・ジェーン号がすかさず高出力のレーザー弾を立て続けに放った。
レーザー弾は、迎撃機の脳天――らしき視覚センサーのある部位を貫通し、迎撃機は活動を停止した。
「報告。脅威は去りました。乗員は通常任務に戻ってください」
「……相変わらず腕がいいですね、キャプテン!」
口調を戻した
これまで見入っていたレックスは驚嘆の声を上げた。
「
ソフは漂う迎撃機から目をそらさないまま、小さく肩をすくめた。
「わざわざ脳を増やさなくても、目や四肢を増やした
「
レックスが姿勢を正したのをちらと見てから、ソフは星間遺跡となったコロニーへ着陸する準備に取りかかった。
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