02.あなたをサポートします。
十時にカフェテリアでお会いしましょう、とアポを取って三日後。ソフは改めて、AIハンターからの返信内容に目を通していた。
……ご連絡いただいた日時および場所について、承知いたしました。
レックス。おそらくAIハンターの名前だろう。
定型文だらけのビジネスメールから相手の真意を推し量るのは難しい。だが、即答でOKをくれる程度には興味を示してくれている、と捉えてもよさそうだ。少なくともソフはそう考えている。
ソフは待ち合わせ時間より十分早く、近場の惑星にあるカフェテリアへ着いた。テラス席が充実しており、今日のように雲のない晴天の日は最高に気持ちがいい。まだお昼には早いので、カフェテリアの客はまばらで空席が目立つ。
その中に、見覚えのある女性が一人、背筋を正して座っていた。
アウターもボトムスも白で統一した攻めのファッションだが、浅黒い肌とショートボブに切りそろえた暗色の髪によく合っている。街で見たらふと振り返ってしまうような佇まいと、知性の光がともった鬱金色の目。
この目だ。AIハンターを立体映像で見たとき、この妙に据わった鬱金色のまなざしが印象に残ったのを覚えている。
ソフは、テーブルを挟んで彼女の前に立った。
「おはよう。あなたがAIハンター? レックスと呼んだほうがいいかしら」
呼ばれた女性――レックスが視線を上げて、ソフを見た。
目は二つ。口も一つ。触角はなし。テーブルに載っている両腕は二本、足も二本。外見は女性の
スッと立ち上がったレックスを、ソフは見下ろした。ソフが成人女性の平均よりも頭一つ分は抜きん出た高身長である(しかもヒールまで履いている)ことを加味してもレックスはかなり背が低いほうで、ソフの胸のあたりまでしかない。
レックスは軽く頭を下げて挨拶した。
「おはようございます。私が
若干の緊張がうかがえるものの、冗長で淡々とした言い回し。販促ロボットのほうがまだ愛想がいいだろう。必要以上に丁寧な口調からは黎明期のAIっぽさが多分に感じられる。
もっとも、レックスはAIにしか興味がなさそうだから、AIの口調が移っていたとしても何らおかしくはないが。
おそらくAIを探す過程で発見したであろう星間遺跡を三つも野放しにしているマイナー、という未だに信じがたい情報を思い出し、ソフは一人で納得した。
「座っても?」とソフが確認を取り、レックスが「どうぞ」と返す。
プロトコル通りの会話を済ませると、ソフはレックスに向き合うように腰掛けた。
配膳ロボットが音もなくやってきて、ソフが注文しておいた水出しコーヒーとストローをこなれた動作で置き、テーブルをクロスで一拭きして去っていく。
ソフがコーヒーにストローを差し、口に含むのを見届けてから、レックスが切り出した。
「メールを拝見しました。私と一緒に未発見の遺跡を探したいというお話でしたね」
「ええ、そうよ」
反射的に答えつつも、ソフは面食らっていた。彼女の計画では、まず雑談でもして少し打ち解けてから本題を切り出すつもりだったからだ。だが、相手が本題を切り出すのならば都合がいい。
ソフはストローから口を離した。
「星間遺跡のセキュリティを突破するのは大変だし、ハッキングも成功率が低くてね。かといってAIを壊したらお金にならないし。だから詳しい人と組みたいと思ってるの」
レックスがうなずく。その目はまぶしそうに細められていて、無意識なのかうっすらと微笑んでいた。ソフが疑問に思う間もなく、レックスが口を開いた。
「ええ。星間遺跡AIを無力化するのは、私にとって訳ないことです。問題は貴女のおっしゃるとおり、セキュリティに邪魔されて近づきがたいことですね」
そこで話が止まった。レックスは話の先を促すように、ソフの視線を真正面から受け止めている。
「……」
ソフは何を言おうか迷い、改めてレックスに視線をやって、彼女の鎖骨あたりに載っているペンダントトップに目を留めた。
華奢な
ジェムだ、とソフは断じた。
宝石のような見た目から〝ジェム〟と呼ばれているが、ただの装飾品ではない。ジェムは光や熱などのエネルギーを取り込んで
エネルギーの変換と貯蔵を行う媒体。魔法工学の極致とさえいわれる発明品である。
わざわざ透かしの入ったロケットに入れているのは光エネルギーを取り込むため。複数所持しているのはジェムが消耗品だからだ。
ソフは次の言葉を考えあぐねており、レックスの
「ジェムか。レックスは魔術が使えるの?」
言ってしまってから、わざわざ聞くほどのことでもないことだったなと反省する。日常生活で使うジェムならナノサイズでよく、体内端末に使われているジェムの流用で事足りる。
大量のジェムが貯蔵する膨大なエネルギーを生身で使い切るとすれば、それは魔術を使う人間、すなわち魔術師しかいない。
魔術の発動に膨大なエネルギーを使うのはもちろんだが、魔術師は〝脳〟を拡張しているため、補助脳の動力としてジェムを要する。空間のどこにある何を書き換えるのかという複雑な術式を暗算しなければならないからだ。発動させる場所を数字で理解した上で、書き換える物体ないし大気の構成成分を正確に把握しなければならない。
身体拡張を当たり前にやる現代人にさえ、複数の脳を並行処理するのは難しい。したがって、魔術の〝適性〟がある人間とは、脳の拡張をものにしている人間のことを指す。例えば、複数の顕在意識を走らせて四つの計算を同時に終わらせるとか。
〝魔術を使うのか?〟という見れば分かることを聞かれたレックスは気分を害したようすもなく、ただ「はい」と肯定した。そうしてしばしソフをじっと見つめていたが、思うところがあったのか、再び口を開いた。
「魔術といっても簡単なものですよ。私が投稿した立体映像は観ていただけましたか?」
「ええ。頭をむき出しにして遺跡を探索してたわね」
そう言いつつ、ソフはレックスが投稿したAIハンターの立体映像を思い出す。宇宙空間で生身をさらす意味を改めて考えたところで、ソフはレックスに視線を戻した。
「……あれは後からアバターを合成したのよね?」
「いいえ、編集ではありません。魔術で実現しました」
そう断言して、レックスは胸元のジェムに手を添えた。
「一時間程度であれば、宇宙服なしで生存できますので」
「へえ……」
そんな大技を簡単とはね。
うすら寒いものを感じながら、ソフは心の中で強く否定した。簡単というには考えることが多すぎる。
人間は宇宙空間で数分と生きられない。真空では肺に空気を取り込めず数秒で窒息するからだ。かといって真空状態でうっかり呼吸を止めてしまうと空気塞栓で死ぬ。血管内の圧力が下がりすぎて血液内に気泡ができるからだ。気圧や呼吸をどうにかしようとして周辺に空気を創ったらすぐに凍りつくだろう。そもそも、放射線による被曝はどう防ぐ?
とにかく、魔術を使って生存するにしても複数の現象の書き換えを一斉に管理しなくてはならないだろうし、演算が少し遅れただけでも命に関わることは想像に難くない。
「魔術には詳しくないんだけど、今ここでも使えるものなの?」
「ええ。しかし魔術についてあまりご存じないなら、きっと目に見える形でお見せするのがいいでしょうね」
レックスの視線が、空になった透明のグラスへと落ちる。彼女の指がグラスの縁をすうっとなぞると、レックスの胸元にあるジェムの一つがかすかに発光し、次の瞬間には、グラスはなみなみと水が満たされていた。
ソフが食い入るように見つめるうちにも、グラスはみるみると曇っていく。レックスの創ったものは冷水なのだろうと分かった。
「どうぞ」とレックスがグラスをソフへ差し出す。
冷たい。ソフは手元のグラスを見下ろした。先ほどまで常温で放置されていたグラスは、冷水をなみなみと注いだときのように冷えており、表面からとめどなく水滴が伝っている。
「これは飲料水として使えるの?」
「純水ですので問題ありません」
「そう」
純水。それなら味で分かる。
ソフはグラスを傾けて、水を飲んだ。レックスが驚いて腰を浮かせる前に空になったグラスを置いて、配膳ロボットを呼び出す。配膳ロボットが飛んできてグラスを回収し、テーブルをさっと拭いて、ついでに紙ナプキンを大量に置いていった。
確かに純水だ。配膳ロボットを横目に、ソフはそう結論づけた。
瞬時に水を創るのは、紛れもなく魔術のなせる技だろう。レックスは確かに優秀だ。天才、といってもいいのだろう。凡人なら、いくら高性能のジェムを使ったところで水の一滴すら創れない。だが……。
ソフは唇に人差し指と中指を当てた。これはソフが熟考するときの癖だった。数秒考え、慎重に口を開く。
「……レックスがマイニングする目的はなに?」
レックスは考えるそぶりすら見せずに即答した。
「AIが持つ学習データです」
本当にAIのユニークデータが目的なのか、とソフは内心で驚いた。個人には過ぎた産物だ。そんなものに一体どれほどの価値があるのだろう?
背後に何らかの組織がついているのか。だとすればなぜソロで活動しているのか。そもそも、百年分の非構造データをコピーできる冗談みたいなデバイスが存在するのか?
謎は尽きないが、とにかくレックスの目的は分かった。今はそれだけで十分だ。
「レックスが協力してくれる代わりに、といったらなんだけど、わたしはあなたのデータ収集をサポートできると思う。それなりに場数を踏んでいるもの。今まで攻略した遺跡の数は二十四。セキュリティとの戦闘経験もある」
レックスはうなずいた。
「そうですね。私にとっても魅力的なご提案です」
ソフはゆっくりと片手を差し出した。
「目星をつけている星域があるの。そこで見つけた遺跡攻略だけでも協力してくれないかしら」
レックスはためらいなくソフの手を握った。
「もちろんです。微力ながら全力を尽くしましょう」
「ありがとう。後で契約内容を詰めましょう」
ソフは息を吐き、背もたれに寄りかかった。しばらくはそうしていたが、やおら身体を起こしてテーブルを指先で二度叩く。テーブルの上に半透明のスクリーンが現れ、飲食のメニューがずらりと顔をそろえた。
「まだ時間があるなら、もう少し話さない?」
「はい。構いませんよ」
ソフはレックスにも何か頼むかと聞いたが、彼女は手元のカップを掲げて首を振った。
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