発掘者とAIハンターのログ・エントリ
遠野文弓
01.私はAIを追跡しています。
友人から唐突に送られてきた
ファンがごうごうと回っている。星のように散ったLEDが不規則に点滅しはじめ、徐々に空間を照らしていく。配線がツタのように張り巡らされた壁、床に嵌まった無骨なグレーチングの下には底抜けの暗闇が広がっていた。
旧時代のサーバールームといったところか。
サーバールームにいるのはたった一人。年の頃は成人前後かまだ若い。白が基調のしゃれた簡易宇宙服を着て、今は逆さまに浮いて壁の配管をいじっている。どうやら、破損した電気系統を復元しているらしい。褐色の肌に映える鬱金色の眼が印象的な女性だった。
離れていても肌や目が確認できるのは、彼女が頭に何もつけていないからだ。
宇宙空間で顔をむき出して生存する方法は限られるが、いずれにしてもこのような超自然な技は、伝統的に言えば魔法技術――物理法則の書き換えの領域である。
肉体に改造を施す
もっとも、それは本当に生身であればの話だ。立体映像であれば、編集でアバターを合成してそれっぽく魅せていると考えるのが自然ではある。
「AIハンターねえ……」
投影型映像投稿サイト『
親指と人差し指の腹を合わせるとサーバールームの映像が消えて、現実の世界が視界にひらける。
退屈。それが立体映像の第一印象だった。
飛ばしても飛ばしても似たような画角で、どんなに興味の強いジャンルであっても30秒で視聴を切り上げたくなる代物だ。投稿者はよほど動画編集に慣れていないとみえる。一方で、宇宙空間を漂う女性の顔はアバターの合成だと考えるのが自然なのに、どの角度から見てもまったく違和感がない。極めてアンバランスな編集感覚である。
「最近投稿を始めた人なんだけど、〝マイニング〟ガチ勢ってことでちょっとだけ話題なんだよね」
そう言う男性は、立体映像を送ってきた友人Mil(ミル)だ。ミルとはいつも目が合わない。彼は暇が耐えきれないたちで、脳を始終どこかに繋いでいるからだ。今は別の映像でも観ているのだろう。
「へえ、このAIハンターも〝マイナー〟なのね」
「そうだよ。てか、同業者の最新情報くらいは追いなよ」
おっしゃる通り。ソフは肩をすくめた。
星屑ほどある宇宙の遺跡を探す作業は探検というより
物理法則を応用する科学技術はコロニーや宇宙船を生み、人類は宇宙に居住できるようになった。ブラックホール解析後に編み出された魔法技術――物理法則を書き換える魔術は
科学であれ魔術であれ、テクノロジーが発展すればエンターテインメントも変化する。宇宙進出が夢物語だった時代には下火だった探検家という職業も、宇宙に残置された宇宙船や居留地などの「遺跡」が認知されると再燃した。
あるいは、人々の冒険欲を満たすクリエイター。
あるいは、賞金稼ぎ。
あるいは、純然たる趣味人。
それがマイナーである。
「それにしても、AIハンターって名前は良くないわ。馬鹿馬鹿しいけど〝人工知能〟ってもうおおっぴらに言えないのよ」
「AIにつけられたあだ名なのかな。それっぽいよね。相棒も
Intelligent Beings、通称
二世紀前まで、IBのような推論システムはざっくばらんにArtifical Intelligence、
AI黎明期の人間が生きていたら、この事実にさぞ驚愕しただろう。よりにもよって
AIという言葉が狩り尽くされることはなかったが、抵抗運動の影響は根強く、昨今〝AI〟といえば星間遺跡に組み込まれているものを指す限定的な言葉になってしまった。
ミルは飲みきったグラスの氷をストローでかき混ぜながら、話を続けた。
「とにかく、このAIハンターって人は、何らかの目的でレガシーシステムをマイニングしてるらしいよ」
ふうん、とソフはとりあえず相槌を打った。
「なるほどねえ。わたしもチャンネルを作ろうかしら。そしてAIハンターさんとコラボをすると」
「それもいいかもね」
冗談を間髪入れずに肯定されて、ソフは唖然とした。持ち上げたコーヒーカップに口をつけるのも忘れ、そのままテーブルに戻した。
「コラボというか、手を組んじゃえばいいんじゃないかなと思ってるよ。本格的にマイニングしてる人と連絡が取れるのは珍しいからね」
マイニングの配信は人気のエンターテインメントだが、たとえマイナーと名乗っていても、その実態は星間旅行と大差ない。表だって本格的なマイニング活動を発信する者は限られており、特にAIを攻略するシーンを配信する人間はほとんどいない。
マイニングには命の危険が伴うからだ。
星間遺跡AIのほとんどは好戦的なモデルである。彼らは一定以上近づいてきた宇宙船を迎撃しようとする。星間遺跡に着陸しても執拗に侵入者を排除したがる。一般人が星間遺跡と出くわしたら通報して逃げるのが定石だ。幸い、AIは逃げる背中に追い打ちをかけるほど非道ではない。
だから、星間を旅する配信は、比較的安全な星域を探索したり、AIが稼働停止している遺跡を紹介したり、あるいはほぼ観光地化している遺跡をゆるりと回ったりするチャンネルのほうが多い。IBを旅のおともにして掛け合いをやり、会話を楽しんでもらうスタイルも人気だ。それはそれで、平和でいいことである。
だが、ソフはそうではない。ソフは賞金稼ぎである。冒険家気質が講じて宇宙に飛び出した、根っからのマイナーだ。
ソフは腕を組み、賞金稼ぎらしい理由で渋った。
「でもねえ。組んだら取り分が減るんだから。よっぽどじゃないと嫌よ」
「最終的に決めるのは君だけど、ここからがすごいよ」
神妙な面持ちで語る友人が珍しく、思わず姿勢を正す。
ミルと視線がぶつかった。彼はこんなに力強い目をしていたのかと驚く。ミルは今、ながら会話をしているのではない。身体も、精神も、ソフに話をするためだけに使っている。
「投稿を見て気づいたことがある。彼女まだ始めたばっかりだし、正直ものすごく退屈だから再生回数も少ない。だから、気づいている人はほとんどいないと思うけど……」
そういって、ミルは声を潜めて身を乗り出してきた。ソフもつられて前屈みになる。
「彼女、遺跡をデータベースに登録してない」
「はぁ!? ……え?」
直感に反した内容を告げられ、ソフは思わず叫んだ。カフェテリアの一角にいることを思いだして、慌てて声量を落とす。
本来、遺跡に搭載されているAIをハックし、遺跡の位置情報を登録するまでがマイナーの仕事だ。
AIのユニークデータには価値がある。人類の間で紛争が相次ぎ、一世紀ほど公的な宇宙進出が途絶えたため、コロニーや宇宙機の製造に関する
そうでなくても、破損せず百年以上もひたすら学習し続けているAIのデータは魅力的らしい。そのため、星間遺跡AIのユニークデータは民間企業に高く売れる。
だが、星間遺跡のAI情報を宇宙管制局管轄のデータベースに提供し、追跡可能状態にしなければ商品にならない。百年以上も蓄積された膨大なデータは容易に転送できないし、星間遺跡はすべて宇宙空間を漂っているため、座標が常に変わるからだ。
どれだけお金に無頓着でも、命の危険を伴うマイニングでデータベース登録しないというのはまずあり得ない。
何時間もかけて釣り上げた魚を即リリースする釣り人がいるか?
「彼女が訪れた遺跡をデータベースで探してみた。投稿数は三件。どれもヒットしない。審査中ですらない。似たような遺跡はあるけど、どうも違うみたいだ」
ソフはもはや絶句して、次の言葉を待った。
「たぶん、AIハンターは本当にAIにしか興味がない」
頭イカれてる?
そう言いかけた言葉を呑み込む。代わりに、AIハンターに関する仮説を述べた。
「AIのユニークデータをコピーしてるのかしら」
「百年、二百年の非構造データを端末で処理できるわけないよ。普通は保存すらできないんだから」
AIが持つユニークデータは雑多で、あまりにも膨大だ。容量が大きすぎて保存も転送もできない。データの種類が多様だから、必要なデータだけ持ち帰ることもままならない。
正直、AIハンターの行動は理解しがたいが、これはソフにとってチャンスでもある。
AI。あのレガシーにどれだけ辛酸を舐めさせられたことか。AIに抵抗された末に遺跡を見失ったこともあるし、殺されかけたことだって何度もある。
立体映像を見る限り、彼女はおそらくAI攻略の専門家なのだろう。彼女がいれば、AIのセキュリティを突破して、星間遺跡をもっと楽に攻略できるんじゃないだろうか。
交渉する余地はあるかもしれない。
ソフは眼前にスクリーンを出現させ、メールソフトを開いた。
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