31、依頼文:「緑色」が含まれる五行の詩を書いてください
ゆうとと少し夜ごはんを何にするかの会議をしてから――野菜があるので、天ぷらにすることにしました――、お母さんはタブレット端末を持ち直しました。スマホよりずっと画面が大きいタブレット端末は、手の小さいお母さんが持つにはすこし重いのです。
「じゃあ、ゆうと。今日作る詩はあと1個だね。光の三原色、さいごの一色は『緑色』。ゆうとはどんなお題にする?」
「緑色かー。ちょっと考えてなかったな。黄色とかかと思ってた」
ふと漏らしたゆうとの言葉に、お母さんは目を瞬かせます。
「色の三原色っていうのもあるけど、そっちには黄色が入るんだよ。ゆうと、知ってたの?」
「ううん。何となく、絵を描く時に赤と青と黄色ってよく使うなって思ったから」
「そっか。確かにそうかも」
お母さんは納得しつつも、ゆうとの着眼点の鋭さに驚きました。確かにゆうとは絵を描くことも好きですが、よく使う色まで意識しているのだというのは、こういう話題を振らないとわかりません。やはり、光の三原色をお題にしてよかったと、お母さんは胸をなでおろしました。一方ゆうとは、もうひとつのお題を考えるべく、首をひねっています。
「さっき青色は難しいって思ったけど、緑色はもっと難しいかも。だって給食で考えても、野菜は緑色が多いし。生き物も、緑色の生き物っていっぱいいるよね。バッタとかカマキリとか、あとメジロも緑だった」
バードウォッチングで得た知識をさっそく披露するゆうとに、お母さんは微笑みます。
「そうだね。やっぱり小さい生き物は、自分の身を隠すために葉っぱと同じ色になろうとするから、緑色になりがちなのかもね」
「そっか。森とか芝生とかが緑色だから、生き物も緑色が多いんだ」
ゆうとが納得したようにひとりごちて、視線を床に向けます。
「でも、家の中にあるものも『緑色』にできそうなものはいっぱいあるよね。緑色のソファとか、カーペットとか、お皿とか。えー、何がいいんだろう」
顔をあげたゆうとは、助けを求めるようにお母さんの顔を見ます。お母さんも確かに難しいと思っていたので、思わず見たままのことを口にしてしまいました。
「ゆうと自身、とかはどう? あ、それだと具体的過ぎてAIへのお題にならないか」
すぐに訂正しようとしたお母さんを制して、ゆうとが人差し指を立てます。
「あ、だったら、『小学生』はどうかな? 何か緑色に結びつくことはあるかもしれないけど、あんまりすぐには思いつかない気がする」
「いいかも。じゃあ、『緑色』と『小学生』で書いてもらうね」
お母さんは生成AIの入力画面に指示文章を打ち込みます。出てきた詩を、こんどはつっかえることなく読むことができました。
“緑の校庭
緑の校庭で、遊ぶ小学生
元気いっぱい、かけめぐる
木陰で読書、ブランコで遊ぶ
仲間と笑い合い、夢を語る
緑の校庭、思い出の場所“
「コカゲって、木のかげになってるところ、っていう意味だっけ」
「そうそう。さすがゆうと」
「漢字は書けないけどね。でも、コカゲっていう音を聞いたらわかるよ」
ドヤ顔するでもなく、当たり前のようにそういってのけるゆうとに、やっぱり「好きこそものの上手なれ」だなと思うお母さんでした。ゆうとは目を上下に動かし、何度か詩を読み込もうとしているようでした。
「けっこう、あいまいだよね。緑の校庭っていう言葉。何度か読んでみたけど、校庭のなにが緑なのかがわからないや」
「確かに。『緑の校庭』ってみんなが呼んでいる校庭なのか、なにかが緑色で、それが目立つ校庭なのか、どちらかな気がするけど」
お母さんは、タイトルが『緑の校庭』だったので固有名詞なんじゃないかと感じ取りました。しかし、だとしてもそう呼ぶだけの要素が校庭にあるから『緑の』という接頭語がついたに違いありません。結局はゆうとと同じ疑問に行きつき、一緒に首をかしげてしまいます。
「みんなが『緑の校庭』って呼んでいるならさ、床が全部緑色なのかな。テニスコートみたいな感じで。あ、でもそれよりは芝のほうがいいな。テニスコートって暑いし、固いから遊びにくそう。芝がいっぱいの校庭で、走り回れるんだよ。いいなぁ。そういう校庭があったら」
ゆうとの通う小学校には、砂が敷かれたかたい地面の校庭があります。軽い砂はちょっとした風でも舞い上がり、咳き込む子も一定数いると聞きます。ゆうとは幸いぜんそく持ちではありませんが、友だちのれんくんが少し気管支が弱いようで、「あの砂、もうちょっと飛ばないようにできればいいのに」とよく言っています。
友だちとたくさん外で遊びたいゆうとからすれば、芝で覆われた校庭は理想なのでしょう。
「お母さんが小学生のときって、校庭は緑色だった?」
突然、ゆうとから話を振られてお母さんはうーん、と思い返しました。
「芝は敷かれてなかったと思うよ。ゆうとの小学校と同じ感じで、砂だったかな。緑の要素があるとすれば、校庭の周りが木で囲まれていたかな。フェンスがあって木のほうへは行けないようになっていたのだけれど、誰かが見つけた穴を通って、こっそり木の周りで遊んでいたよ」
「ええっ、先生にないしょで?」
「うん。ないしょで」
先生やお父さん・お母さんの言うことをよく聞くゆうとは、入ったらダメと言われたところには決して入りません。しかし、好奇心が強いお母さんが子どものころは、いかに大人の目をぬすんでやりたいことをやるか、を挑戦していました。話しているうちにそのことを思い出したお母さんは、小さく笑いました。
「今思うと、木登りするわけでもないのになんで、言いつけを破って木の周りで遊んでいたんだろう? て思うけどね。でも、ゆうとと一緒で、砂ぼこりがすごい校庭で遊ぶのがちょっと嫌だったのかも。木の周りの地面はふつうの土だったから、砂ぼこりはあんまり気にしなくてよかったし」
「あー、それはちょっとわかるかも。ぼくも、もし砂ぼこりが立たない場所が校庭にあったら、れんくんとそっちに行って遊ぶかもしれない」
「うんうん。そんな感じ。あと、なんでか木の周りって落ち着くんだよね。よく、みんなでかくれんぼとか、だるまさんが転んだとかをして遊んでいたよ」
思えばお母さんが子どもの頃は、一クラス30人から40人くらいいて、遊び相手もたくさんいました。だから、人数が多いほうが楽しいかくれんぼやだるまさんが転んだができたのでしょう。今でもゆうとたちはそういった遊びをしているようですが、一クラスの人数は20人前後まで減っています。遊び方も変わっているし、子どもたちの考え方――先生の言うことをきちんと守らなければという意識――も変わってきているのかもしれません。
「じゃあ、お母さんにとって『緑の校庭』は、お母さんの小学校になるのかな」
「うん、そうかもね」
思い出せば思い出すほど、木の周りで遊んだ記憶しか出てこないお母さんは、ゆうとの言葉に頷きます。するとゆうとは、視線と意識を詩に戻しました。
「ほら、この詩の最後、『思い出の場所』ってなっているから。思い出の場所って、むかし遊んだ場所っていう感じの意味だよね。だったら、ぼくよりお母さんのほうがこの詩の話があてはまるんじゃないかなって思ったんだ」
「ほんとだね。確かに、今ゆうとと話していて、小学校のころの出来事を色々思い出してきたよ。でもこの詩に当てはまる話でいうと、ブランコで遊びはしたけど、木陰で読書はしなかったかなぁ」
「そうなの? お母さん、やってそうだけど」
読書が大好きなお母さんなら、小学校のときも外で本を読んでいたのではないか。そう思っていたゆうとは意外そうに目をぱちくりさせます。
「本は読んでいたよ。でも、読むなら学校の図書館で、だったかな。外で本を読むことは、あんまりなかったよ。だって日差しがまぶしいと、読みにくいもの。それに木の周りはみんなで一緒に遊ぶ場所で、ひとりで本を読む場所ではなかったから」
「そっか。そうだよね。本を読むときはひとりだもんね」
お母さんの答えに、ゆうとは納得したようです。
「でもさ、詩を読むのはひとりより、何人かでいっしょに読んだほうが楽しいよ。ぼくはお母さんと詩を読むのが楽しいし、お父さんとか、れんくんとかと読んでいっしょに意味を考えたのが楽しかった。だから、みんなで公園に行って、木陰で詩を読んでいろいろ話をするのも面白いかも。あ、でも公園に行くなら、もっと走ったりして遊びたいな」
「よかった。詩を一緒に読む面白さがゆうとに伝わって嬉しい。でもそうだね、公園に行ったらもっといろんな遊びができるものね」
ゆうとの言葉に、お母さんはほっと和む気持ちになりました。お母さんはいまも昔も、読書はひとりでするものだと思っています。しかし、ゆうとが生まれてからは少し、考え方が変わりました。子どもと一緒に本を読むと、新しい発見があるのだと気づいたのです。ゆうとも同じことを思ってくれているのは、母親冥利に尽きます。
そんなことを考えていると、リビングの時計から音楽が流れ始めました。もうそろそろ、夕飯の準備をしなければいけない時間です。お母さんはタブレット端末に開かれていた生成AIの入力画面を閉じて、液晶画面を目の細かいハンカチで拭きました。
「夜ご飯、作るね。また遊ぼう」
「またこんど、お母さんが小学校のころの話が聞きたい!」
「いいよ。次の早帰りの日は、その話をしようか」
ゆうとの返事に答えながら、お母さんはタブレット端末を机の上に置き、台所の方へと向かいます。そういえば、小学校のころの話はお父さんにもあまりしたことがありません。逆に、お父さんが小学校のころの話も聞いた記憶がないことにお母さんは気が付きました。
家族三人がそろっている時に、お父さんとお母さんがゆうとと同じくらいの年頃の時の話をするのも楽しいかもしれないと思うお母さんなのでした。
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