30、依頼文:「青色」が含まれる五行の詩を書いてください

「よし、ふたつ目の詩を考えよう! 光のサンゲンショクって、ほかには何色があるの?」

「そうだね。あと2色あるけど、次は『青色』にしようか」


 すぐに話を切り換えたゆうとに、お母さんも合わせます。光の三原色は「赤・青・緑」の3色ですが、緑より青のほうがゆうとにとってなじみぶかいのではないかと考えたのです。ゆうとの好きな「スマイリージャー」にも青の戦士が登場するので。するとゆうとはううむ、とおじいさんのようなうなり声をあげました。


「青って、赤よりもいろんなところにあるから、もう一個のお題を考えるのが難しいね。空も青いし、海も青いし、机にあるセロテープの台も、穴あけパンチも、みんな青いよ」


 どうやら、身近なものすぎてお題を考えるのが難しくなってしまったようです。そこで、お母さんも一緒に考えることにしました。


「小学校にあるものとか、食べ物とかはどうかな。ほら、食べ物で青いものってあんまりないんじゃない?」

「そっか、給食! ちょっと待っててね」


 ゆうとは思い出したようにぴょんと飛び跳ね、自分の部屋へと走っていきました。お母さんが待っていると、手にA4のプリントを持ったゆうとが戻ってきます。プリントの中身は今月の給食のこんだて表です。テーブルの上にこんだて表を置き、ゆうとは一日ずつ指で追ってみていきました。


「給食で出たもので、青とくっつかなさそうなものを探せばいいんだ、たぶん。たとえば……あ、コロッケはどうかな?」


 小さな人差し指が止まった先には、「コロッケ」と書かれていました。確かに、「青色」とすぐには結び付かなさそうです。


「いいかも。そうしたら『青色』と『コロッケ』で詩を作ってもらおうか」

「うん!」


 お母さんは再びタブレット端末に指を走らせ――お父さんに使い方を教わったので、だいぶ早く入力ができるようになってきました――指示文章を打ち込みます。AIはやっぱり少し考えてから、詩らしきものを返してきました。お母さんは一瞬その内容にとまどってから、読み上げます。


 “青いコロッケ


 空の青を閉じ込めた、魔法のコロッケ

 ひとくち食べれば、夢が広がる

 カリッとした衣と、ふわふわのジャガイモ

 心も体も、元気いっぱい

 笑顔あふれる、食卓の風景”


「やっぱり、今までとはちょっと違う感じになったね。ちょっとファンタジーっぽいっていうか」


 「青いコロッケ」というタイトルに違和感がありすぎて、思わずお母さんが先に感想を口にしてしまいました。先にゆうとの言葉を聞くべきだったと反省するより先に、ゆうとが声をあげます。


「青いコロッケって、実際には無いよね?」

「うーん。調べればあるかもしれないけれど。でも、少なくともわたしは作れないな」


 お母さんの回答は煮え切らないものになってしまいましたが、仕方ありません。指示文を打ち込むまでは、お母さんは青色のコロッケなど存在しないだろうと考えていました。しかしAIが『青いコロッケ』という組み合わせを提示してきたからには、本当に存在するのかもしれないという気になってしまったのですから。これは後で調べて、存在するか否かをゆうとに教えてあげないといけないなと思うお母さんなのでした。


 ゆうとはお母さんの答えに納得したのか、うーんと詩を見つめます。


「一行目はさ、確かに魔法の世界にだけあるコロッケなのかなっていう感じがするんだよね。魔法の力で空の青色を閉じ込めたコロッケなんだって言ってるように見えるから。そうしたら二行目から、食べたら空を飛べるとか、ふしぎな力が使えるようになるとかいう話が出てくる気がするんだ。でもこの詩はそうなってない」


 真剣な顔で意見を言うゆうとに、お母さんははっとします。確かに、タイトルに引っ張られて『青いコロッケを魔法で作るお話』を勝手に想像してしまったお母さんですが、ゆうとの言う通り二行目以降はあまりファンタジーな内容ではありません。ゆうとの言葉は続きます。


「二行目から五行目って、ぼくたちが普段食べている、茶色いコロッケの話でもしっくりくるよね。ぼくだったら一口食べて、夢が広がるっていうよりは幸せな気持ちになるけど。でも、外がカリッとしていて、中がふわふわのコロッケを食べたら元気になって、お父さんもお母さんもぼくも笑顔になるっていうのはわかるなぁ。だからやっぱり、この詩を書いたひとは青いコロッケを、ぼくたちが食べているコロッケと同じようなものとしていつも食べているんじゃないかな」

「確かに。もし青いコロッケが本当に存在するのなら、それを食べて家族みんなで楽しく過ごしている様子が思い浮かぶね」


 実際にその様子を想像しながら――でもやっぱり、青いコロッケに対する違和感はぬぐえないのですが――言葉を返したお母さんに、ゆうとは少し身を乗り出します。


「でも、もし青いコロッケが存在しないんだったら、これはやっぱり別の世界の、魔法のコロッケなんだと思うよ。空の青色を閉じ込めて作って、ふしぎな力を使えるひとたちが家族で集まって食べているのかもしれない」

「それはそれで、楽しそうだね」


 お母さんは、本をよく読みますがファンタジー小説がとりわけ好きです。空の色を閉じ込めた、不思議なコロッケをみんなで食べる。そんな作品があったらワクワクするだろうなと思います。その思いが強すぎて、最初からフィクションのお話だと思い込んでしまったのですが。


「でもさ、もしそうだとしても、ふしぎなひとたちもぼくたちと同じように、コロッケは美味しいと思って食べてるし、コロッケを食べるときのお父さんやお母さんは笑顔いっぱいなんだよね。だから、コロッケはどんなひとが食べてもきっと笑顔になれるものなんだ」

「どんなひとでも、か。確かに、コロッケが嫌いっていう人、あんまり聞いたことがないかも」


 お母さんの振り返りに、ゆうとはうんうん、と思い出したように声をあげます。


「給食でもさ、大人気なんだよ。休みの子がいて、一個余ったりするともう、うばいあいのじゃんけん大会。前は早い者勝ちだったんだけど、それじゃあずるいっていうことになって、ほしい人がじゃんけんすることになったんだ」

「ゆうとも、じゃんけんするの?」

「おなかがすいてたらね。ほら、コロッケってけっこうおなかいっぱいになるから。おなかがそんなにすいてなかったら、自分のぶんだけ食べるよ。それに、コロッケって出来たてのほうがおいしいと思うから。給食のコロッケって、ちょっと冷めちゃってるから、ぼくはすごく好きっていうわけじゃないかも。家でお母さんの揚げたてを食べるほうがずっとおいしいよ」

「あ、ありがとう」


 思いがけずゆうとに料理をほめられて、お母さんは胸の奥がじんわりと温かくなりました。お母さんは学生時代から台所に立っていたので、手際のよさをほめられることは多いのですが、味をほめてくれたのは当時付き合っていたお父さんと、ゆうとくらいです。

 お店で美味しいご飯を食べた時は素直に「おいしい」と言えるのに、家にいるとなぜかその言葉が出てこなくなるのはどうしてだろう、と疑問に思ってしまいます。お父さんが作る料理もほとんど美味しいのですが――たまに創作料理に挑戦して失敗することもあります――、いつも「おいしい」と言えているかどうか、お母さんはちょっぴり反省しました。ゆうとやお父さんのようにまっすぐに、「おいしい」と言いたい。今日の料理当番はお母さんなので、明日お父さんが料理をするときは、必ず言おうと心の中で決めました。

 もっとも、明日のお父さんが創作料理に挑戦したくなる日であれば、その限りではありませんが。

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