29、依頼文:「赤色」が含まれる五行の詩を書いてください

「お母さん、いま、いい?」


 ソファで詩集を読んでいたお母さんは、ゆうとの声に顔を上げます。

 きょうはお母さんが早く帰る日でしたが、学校の宿題が残っていたゆうとは先にそれを済ませていたのでした。リビングに戻ってきたということは、宿題が終わったのでしょう。


「いいよ。宿題は大丈夫そう?」

「うん。算数はちょっと苦手だけど、問題の数が多いだけで解くことはできたよ」


 ゆうとはそういいながら、お母さんの隣にぼふっと勢いよく座りました。国語が得意なゆうとですが、反面算数はちょっぴり苦手意識があります。お父さんもお母さんも算数・数学はあまり得意ではなかったので、遺伝かもしれないとふたりでよく話していました。今はまだ、お父さんやお母さんが勉強を見てあげられますが、もう少し学年が上がって、難しくなってきたら塾に通ってもらって、わからないところを教えてもらえる体制を整えた方がいいかもしれないとふたりは考えています。もっとも、塾代も安くはないので色々と家計のやりくりを考えなくてはなりませんが。


 そんなことを考えていたお母さんは、ゆうとがもの言いたげにお母さんがもっている詩集を見ていることにようやく気付きました。


「ゆうと、詩集が気になる?」

「うん。でもやっぱり、今日はお母さんと、AIが作った詩を鑑賞する遊びをしたいんだ。最近、お父さんとかれんくんとかとはやっていたけど、お母さんとはやっていなかったなって思って」

「確かにそうだね」


 ゆうとが、AIが作った詩のみならず人間が作った詩に一層の関心を持っているのは喜ばしいことです。この調子で行けば、お父さんがこっそり考えている「誕生日プレゼントに詩集を贈る」計画もうまくいきそうです。といいつつも、AIが作った詩を鑑賞する遊びをゆうとが気に入っているのもまた事実です。ゆうとが遊びたがるのを見越して、お母さんはお父さんからタブレット端末を借りてありました。

 お母さんが机に置いてあったタブレット端末を手に取り、生成AIの入力画面を立ち上げるとゆうとが覗き込みます。


「今日は、なんのお題にしようかな」

「ちょっと前に、お父さんやれんくんと遊んだ時は、お題を二つにしたって聞いたのだけれど。今日もそうする?」


 首をひねって頭を悩ませるゆうとにお母さんが提案すると、ゆうとはこくり、と頷きました。


「うん! お題二個のほうが、ぼくがぱっと思いつかないような内容の詩ができるから面白い気がするんだ。じゃあさ、一個目はお母さんが考えてみて! ぼく、いま考えているんだけどなんかすぐに出てこないんだ。お母さんから先にお題を出してもらったほうが、考えやすいかも」


 ゆうとの言葉に、お母さんは頷き少し考えます。今までゆうととの遊びで出したお題は、家電・虫・鳥などでした。いずれもゆうとにとって身近な存在で、想像しやすいものだったといえそうです。でも、ゆうとは感性が豊かな子です。であれば、もっと抽象的な言葉をお題にしてみても、面白いかもしれない。そう考えたお母さんは、ゆっくり口を開きました。


「そうしたら、光の三原色から、『赤色』はどうかな」

「光のサンゲンショク?」


 身体ごと傾けて、全身で「ハテナ」の意思表示をするゆうとをほほえましく思いつつ、お母さんは言葉を続けました。


「目に見えるものは、すべて光なの。たぶん、来年か再来年かな。小学校の中学年になったら、理科の授業でその辺りのお話があるんじゃないかと思うよ。それで、光の三原色っていうのは、『すべての目に見える光はこの3色からできている』っていう基本の色なの。たとえば昔のテレビは、3原色っていわれる3つの色の小さい点を組み合わせて映像を映していたんだよ」

「ええ、たった3色?」


 ゆうとは傾けていた身体を戻し、目を丸くしてお母さんを見上げます。


「じゃあ、いまぼくが見えているものも、ぜんぶたったの3色でできているの?」

「もうちょっと正確にいうなら、『3色の組み合わせでできた色に見えている』ってかんじかな。詳しくは学校で習うし、それでもわからなかったら科学博物館に行って、こんど一緒に勉強してみよう」

「うん!」


 お母さんが「光の三原色」をお題として思いついたのは即興ですが、ゆうとにぱっと説明するには知識不足だということに気が付きました。あとできちんと説明できるように調べておかなくてはならないと思いつつ、またお題としてはちょっと難しすぎたかなと少し反省しました。しかしゆうとは目を輝かせています。


「それじゃあ、『赤色』は光のサンゲンショクのひとつで、3つの色が集まったら全部のものが見えるようになるんだね」

「うん。そうそう」

「いいね! じゃあ一個目のお題は『赤色』で! ってことは今日はあと2つ詩を考えたいね。ほかの光のサンゲンショクも知りたいし」


 思ったよりも乗り気なゆうとにほっとしながら、お母さんは頷きました。


「そうしようか。じゃあ、一つ目のお題のもうひとつを、ゆうとに考えてほしいな」

「だよね。うーんと、あんまり赤っぽい言葉だとおもしろくないよね」


 ゆうとはきょろきょろと周囲を見渡して、ヒントになりそうなものがないかを探しています。


「何を選んでも、『赤色のマルマル』になっちゃうよね。えーっと、あ、そうだ!」


 大声をあげたゆうとの視線は、窓の外へと向いていました。


「球根はどうかな? 球根は、赤いことはないんじゃない?」

「確かに。ピンクっぽい球根はあるけど、赤はあんまりないかもね。お題、『赤色』と『球根』にしてみようか」

「うん!」


 球根は、少し難しい漢字を書きますが、小学校の自由研究で水栽培をしたことがあるゆうとは、球根の意味もどういうものなのかもわかっています。そこでお母さんは、AIに指示文を打ち込みました。やはり二つのお題の意味が遠いからでしょうか。いつもより少し、考えている時間が長い気がします。それでも数秒待つと、返事が返ってきました。お母さんは出てきた文章をゆっくり読み上げます。


 “赤い球根

 

 土の中眠る、赤い夢

 春が来るのを待っている

 そっと掘り起こすと、小さな宝物

 芽を出して、葉を広げて

 太陽に向かって、花を咲かせる”


「うーん、やっぱり『赤色の球根』っていう意味だと思ったのかな。でも、詩の内容を見るとそうでもないね」

「確かに。タイトルっぽいものは『赤い球根』だけど、『赤い色の球根』っていう意味ではないかもしれないね」


 お母さんもゆうとの言葉に同意しつつ、タブレット画面を一緒に覗きます。すると、ゆうとがあ、と声を上げました。


「これ、球根が赤いんじゃなくて、球根から生えてきて咲く花が赤いんじゃない? 夢ってさ、『大きくなったらこうなりたい』みたいなものでしょ。だから一行目の赤い夢っていうのが、『大きくなったら赤い花を咲かせたい』っていうことなんじゃないかな」


 相槌をお母さんが打つ間もなく、ゆうとは言葉を続けます。


「あ、でも夢って、そういうのだけじゃなくて、寝ているときに見るのも夢か。そっちのほうがぽいかも。だって球根って、植物が寝ているときっていう感じがするから。前の言い回しも『土の中眠る』だし。だからこの球根が土の中で寝ているときに、赤い花を咲かせる夢を見ているんだよ、きっと」

「確かに、そんな感じがするね」


 ようやくゆうとがひと呼吸ついたので、お母さんはゆうとの意見を肯定します。ゆうとの言う通り、赤い花を咲かせる夢を球根が見ているというのは、しっくりきます。基本的に今まではお父さんもお母さんも、ゆうとの言葉をそのまま受け入れてきたのですが、こんどはお母さんの視点から、別の考え方も示してみようとお母さんは考えました。


「ゆうとの言っていることが正しいかも。でも、もしかしたら『赤い何か、自分以外の何か』に出会うのを夢見ているのかもしれない。わたしはそんな気がしたな。たとえば、太陽とか」

「太陽に、出会うのを夢見る」


 ゆうとはお母さんの言葉をくりかえしながら、詩をじっくり見つめます。そして、ぽんとと手を叩きました。


「そっか。いま、ぼくは一行目ばかり見ていたけど、五行目に『太陽』って出てくるね。しかも『太陽に向かって、花を咲かせる』だからずっと太陽に会うことを考えていて、花を咲かせてようやく、赤い夢、太陽に会う夢をかなえられたんだ」

「うん。それだったら、ゆうとが気づいた通り一行目とも五行目がつながるし、『夢』が先のことを考える、っていう意味と寝ながら見ている、ていう両方の意味にとれるかなと思って」


 お母さんの言葉に、ゆうとはこくこく頷きました。


「ほんとうだ! お母さんの考え方だと、ぼくが今まで言ったこと、ぜんぶ含まれるんだね。やっぱりお母さんはすごい!」


 ゆうとはそういってお母さんを見上げてから、目線を再びタブレット端末へと向けました。


「でも、この球根、土の中で赤い夢を見て、芽を出して花を咲かせるまでの間に、一回掘り起こされてるよね? せっかく寝てたのに掘り起こされたら起きちゃいそうじゃない? ちょっとかわいそう」

「そうだね。よほどのことが無い限り、一度植えた球根を掘り起こすのはやめたほうがいいよ。あんまり植物を育てたことがない人だと、ちゃんと生えてくるか心配になってやっちゃうかもしれないけど、それはしないほうがいいってゆうとはもうわかっているものね」

「うん!」


 お母さんの言葉に、ゆうとは元気よく首を縦に振ります。


「自由研究はないけれど、また今度、球根を育ててみようか。今からだとチューリップとかがいいかな」

「うん! 赤いチューリップがいいな。ほら、お母さんが言ってた赤い夢が太陽っていうのはすごくわかるんだけど、でもやっぱり、この詩を読んだらぼくが、赤い花が見たくなっちゃった」

「いいよ。今度買ってくるね」

「やった」


 お母さんは仕事帰りにチューリップの球根を買うためには、何時にどのルートで帰ればよいのか考えつつ、笑顔のゆうとを見やります。ゆうとは小さいころから日本語や漢字に興味がある子でしたが、最近は輪をかけてその傾向にある気がします。お母さんとしては、国語的な知識だけではなく、生物や科学にも幅広く関心を持ってもらえたらうれしいのです。

 欲張りかもしれないとお母さんは自分で思うのですが、息子にはいろんなことに興味を持ってもらいたいなと願うのでした。

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