26、ゆうとは、日記を書くようです

 今日は、お父さんもお母さんも帰りが遅い日。ゆうとは、自分の部屋で日記帳を開いていました。


 小学校1年生のとき、夏休みの宿題で「絵日記」がありました。絵を描くのが少し苦手なゆうとは、文章の部分だけ先に書き上げて、絵は少しだけ、お父さんとお母さんに手伝ってもらってなんとか仕上げたのを覚えています。そんな宿題が終わったあと、夏休みの最後の日に、お母さんから日記帳を渡されました。ゆうとが中を開くと、そこには絵を描く場所はなく、ひたすら文字を書くための行が並んでいます。


「ゆうとは文字や漢字の意味を覚えるのが好きでしょう?」

「うん」


 ゆうとがすぐに頷くと、お母さんは日記帳に目をやりながら言葉をつづけました。


「覚えるには、実際に書くのが早いと思うんだ。でも、日記って毎日書くのは大変だから、無理に毎日書く必要はないよ。『夏休みの宿題』じゃなくて『ゆうとがやりたいときにやる』ものだから。もし、ゆうとが一日を過ごして、『今日のできごとは残しておきたい』って思ったときに書くといいよ。書いたら、文字を覚える練習になるし、あとで振り返ることもできる」

「うん。お母さんも、日記を書いているの?」


 日記帳をぱらぱらめくっていたゆうとは、顔を上げてふと気になったことを尋ねます。お母さんはゆうとと目を合わせて、頷きました。


「書いてるよ。今日の仕事はどうだったとか、ゆうととこんな話をしたとか。わたしの場合は、あとで振り返りたいっていう思いが強いかな」

「お母さん、もういっぱい日本語を知っているもんね」


 お母さんは時々、ゆうとが知らない言葉を口にします。そのたびにゆうとが尋ねると、少し申し訳なさそうに意味を教えてくれるのです。たくさん言葉を知っているお母さんのことがゆうとは大好きです。お母さんみたいに、たくさんの言葉を覚えて、いろいろなところで使えるようになりたいというのがゆうとのちょっとした夢なのです。

 尊敬のまなざしでお母さんを見上げると、お母さんはちょっと恥ずかしそうに笑いました。


「わたしが知らない言葉も、まだまだ世の中にはいっぱいあるよ。でもわたしの場合、日記は記録だから。ふと思いついた言葉を書いているから、新しく言葉を勉強して書いてはいないな。でもゆうとは、新しい言葉を勉強しながら、時間のある日にだけゆっくり書いたらいいよ。ほら、去年のクリスマスプレゼントにあげた、国語辞典とかを使って」

「うん。ありがとう」


 そういってゆうとは、お母さんにもらった日記帳を机の棚に立てておきました。ここに置いておけば、思いついたときにいつでも取り出して書くことができます。


・・・


 それからゆうとは、お母さんに言われた通り、「ちょっと面白いことがあった日」や「家族みんなで出かけた日」だけ日記を書くようにしています。それも出来事があった日ではなく、何日か後、時間ができたときに振り返って書いたりしていました。

 面白いことがあった日は、たいていお父さんやお母さんに話をするのでいそがしくて、日記を書く時間がとれないからです。国語辞典を引きながら、数日前にあったことを思い出して書く日記は、けっこう時間がかかります。だからお父さんもお母さんもいない日はねらい目。しかも外に遊びに行くこともなければ、時間はたっぷり余ります。

 今日がチャンスだと思ったゆうとは、この前の休みの日に行ったバードウォッチングについて、辞書を横に置きながら文章を書いていきました。

 音だけ知っていて漢字がわからない言葉は、国語辞典を引きながら書きます。それでもわからないときはひらがなにしますが、まだ小学校2年生で、習っている漢字が少ないゆうとにとってはけっこう大変な作業なので、ゆっくりゆっくり、書き進めていきます。


10月13日(日)

お父さんとお母さんとれんくんと、バードウォッチングをしに行く。前にえんそくで行った自然公園に、いろんな鳥を見られるところがあって、そこに行った。

れんくんは、いつも持ち歩いている鳥のずかんを持ってきていたよ。重くないのと聞いたら、いつも持っているからだいじょうぶだって言っていた。ぼくは重いと思うのだけれど、なんでれんくんには重くないんだろう。ふしぎ。

バードウォッチングは、「鳥を見る」っていう意味みたいだ。「バード」が鳥で、「ウォッチング」が見るっていう意味だってお母さんが言っていた。「そのうち学校で習うよ」とお母さんは言っていた。まだまだ知らない日本語がいっぱいあるのに、英語もおぼえなくちゃいけないのはたいへんだ。なんでお母さんは、日本語も英語もよく知っているんだろう。それもふしぎ。


バードウォッチングをする所は、大きな池が見える広場だった。高いサクがあって最初は見えないと思ったけれど、ちゃんとぼくみたいな子どもでも見られるように、台がおいてある。それに乗って、池を見たら鳥がいろいろいた。

れんくんも、ぼくのとなりに台を持ってきていっしょに鳥を見た。どれが何の鳥かって、いろいろ教えてくれたけどあんまりおぼえていない。ただ、カイツブリっていうほっぺたが赤い鳥は覚えた。池の上に浮かんだ巣をつくる。小さい丘みたいでかわいかった。

カワセミが見たかったけど、ぼくたちは見られなかった。公園の人は「ここでカワセミが見られるのはすごくめずらしい」って言ってた。お父さんは「またこんど来よう。次来たときは会えるかもしれない」って言ってた。


れんくんとは、いろいろしゃべった。最近うちでやってる、AIに詩を作ってもらって、その詩の内容を考える遊びをまたやりたいって言ってたよ。ぼくもまた、れんくんとできたらいいなと思う。お父さんやお母さんといっしょにやるのも楽しいけど、れんくんの考えは、またべつだから。ちがう見え方を教えてくれるのは、おもしろい。

でも、れんくんと詩のあそびをするのは少し先になりそうだから、それまでにぼくも、れんくんにいろいろ教えてあげられるようにしないと。「イン」とか「ヒユ」とか、詩にはいろんな技があるんだってわかってきた。それをもっと知ったら、れんくんと次にあそぶときもっとたのしくなると思う。


「ふぅー」


 日記を書き上げたゆうとは、おおきく息をつきました。長い文章を書くのは時間がかかります。ましてや、漢字を調べながらだとなおさらです。でも、文字を書いたあとはいつも、ふしぎな満足感がありました。


(やっぱりれんくんと次にあそぶときのために、もっと詩について色々知りたい)


 日記帳を閉じたゆうとは、改めてそう思うのでした。

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