25、依頼文:「ウグイス」が含まれる五行の詩を書いてください

「お父さん、次にうちでれんくんと遊べるのは、まだ先?」

「ごめん。お父さん今月は半休をとるのが難しそうなんだ。来月はお父さんかお母さん、どっちかが必ず半休をとるようにするから、その日にれんくんと一緒に遊ぼう」

「わかった」


 心の底から申し訳ない気持ちで謝るお父さんに、ゆうとは大人しく引き下がりました。れんくんと早く一緒に家で遊びたいのはやまやまですが、そのためにはお父さんかお母さんがいないといけません。お父さんやお母さんが、ゆうとが小学校から帰ってくる時間にいるのは「特別」だということをゆうとはわかっています。だから、駄々をこねてもどうしようもないのだと知っているのです。

 お父さんは、聞き分けのいいゆうとをみて、ますます申し訳なさが募りました。来月は絶対二回以上、半休を勝ち取ると心に決めて、タブレット端末を操作しました。


「今日はお父さんしかいないけど、どうする? もし宿題でわからないところがあったら一緒に見るでもいいし」

「ううん。宿題はもう終わらせたんだ。わからないところは、れんくんとか、他の頭のいい子に聞いたから大丈夫。それよりまた、AIに詩を書いてもらおうよ。れんくんとやるの楽しかったから、またお父さんともやりたい」

「いいよ。そしたらお題は何がいい?」


 ゆうとからその返事が返ってくることを予想していたので、お父さんはすぐに生成AIの入力画面を表示させます。


「うーん。れんくんとやった時は、お題二つでやったよね。あれ面白かったから、今回も同じ感じでやってみたい! ぼくが鳥の名前を言うから、お父さんはちょっと離れてそうなお題を決めて!」

「わかった。『ヒヨドリ』と『宇宙』みたいな感じ、ってことだな」


 前回この遊びをしたときのことを、もちろんお父さんはよく覚えています。そのとき出たお題をすぐに思い出すと、ゆうとは大きく頷きました。


「うんうん、そういうの! であれば鳥は、『ウグイス』とかどうかな? けっこう鳴き声が可愛いけど、実際に見たことないんだよね」

「いいかもな。ゆうとが言う通り、ウグイスは鳴き声が有名だけど、AIがそれを知っているのかも気になるな」


 お父さんは頷きつつ、一つ目のお題「ウグイス」を指示画面に打ち込みます。


「じゃあ次、お父さんの番! 何かお題を考えて!」


 しばらくタブレット端末とにらめっこしていたお父さんは、すこし考えてから顔を上げました。


「であれば、『タブレット』はどうだろう。AIが今お父さんが持っている、タブレット端末のことだと思うのか、小さい食べ物のタブレットだと思うのかはわからないけれど。いずれにせよウグイスからはけっこう遠いお題じゃないかな」

「うん。いいと思う! 食べ物のタブレットって、お父さんが外でご飯を食べた後とかに食べてる、ミントみたいな味がするお菓子だよね?」

「そう、あれ」


 ゆうとはよく見ているなと思いつつ、お父さんは苦笑します。口臭ケアのために、お父さんは外食したあと小さいタブレットをニ、三粒口に含むようにしています。かなり強いハッカの味がするのでお母さんはあまり好んで食べません。一度、お父さんが何を食べているのか気になったらしいゆうとにも一粒あげたことがありますが、ゆうとは顔をしかめて『からい』と言い、その後は食べたいとせがんでくることはありません。


「であれば、『ウグイス』と『タブレット』でやってみよう!」

「オッケー。指示してみるな」


 お父さんが指示文を打ち込むと、ダイヤのようなマークがくるくる回って生成AIが考えています。ほどなくして表示された文章を見て、お父さんは目を瞬かせながら声に出して読みました。


 “ウグイスとタブレット


  早春の木々、まだ芽吹かない枝に

  ウグイスが飛び、さえずり始める

  その声はまるで、春の歌

  タブレットで調べれば

  ウグイスの美しい姿も見られる”


「お父さん、一行目ってタイトルなのかな?」

「たぶんそうだろうな。二つのお題が相当遠かったから、あえてタイトルをつけたのかもしれない」

「うん。そっか」


 頷いたゆうとは、タブレット端末に表示された文字を指で示します。


「『ソウシュン』って、漢字どおりの意味? 早い春ってこと?」

「そうだな。春のはじめってことだ。この詩にもあるけど、まだ木の枝に芽が生えてこないくらい寒いけど、でももう冬じゃないっていうくらいの時期のことだね」


 お父さんの解説を、ゆうとはまじめな顔をして聞いています。


「そっか。だったら、木の枝はまだ春を感じてないけど、ウグイスはもう春が来たと思ってるってことかな。だってウグイスが鳴くのって、春なんでしょ?」

「実際は夏にも鳴いてたりするけどな。でも、肌寒い時期にウグイスの声を聞くと『春が来たな』と思うな」

「うん。ぼくもそう思う」


 首を縦に振ったゆうとは、再び視線をタブレット端末に移します。


「きっと、詩を書いたAIもぼくと一緒で、ウグイスの姿はあんまり見たことがないんだよ、きっと。ただまだ春だと思っていない木のあいだを飛び回っていて、鳴いている声だけは聞こえるんだ。あの声がウグイスだってことはすぐにわかるから、お父さんに頼んでタブレット端末で、ウグイスってどんな見た目なのか調べてるって感じかな」

「確かに。その状況はよく想像できるな。そういえばゆうと、ウグイスの見た目ってわかるか?」


 ふと思い立ってお父さんが尋ねると、ゆうとは首を横に振ります。


「ううん。そういえば、見たことないかも。れんくんが持ってる鳥の図鑑には載っているんだろうけど。見せてもらったかなー。でも覚えてないや」

「じゃあ、調べてみようか。ちょうどタブレット端末があるし」

「うん!」


 お父さんは検索アプリを立ち上げ、ウグイスの画像を検索します。ほどなくして、たくさんの小柄な鳥の写真が表示されました。


「メジロが混ざってるな……でもこっちがメジロで、こっちがウグイスだよ」

「へえ。意外と地味なんだね。鳴き声が目立つから、もっと見た目も派手なんだと思ってた」


 ゆうとは目をぱちくりさせています。


「そうだね。でも、鳥は見た目が派手か、鳴き声が目立つかのどっちかのことが多い気がするな。あくまでお父さんがそう思うっていうだけなんだけど。ほら、カワセミってわかるか?」

「うん。カワセミはれんくんの持ってる図鑑で見たのを覚えてるよ。すごい羽根がきれいな鳥だよね。一回本物を見てみたい」


 身を乗り出したゆうとに、お父さんは笑いかけます。


「そうだな。一度カワセミが見られそうな場所に行って、バードウォッチングするのもいいかもしれない。でも、カワセミの鳴き声ってゆうとわかるか?」

「聞いたことないや。聞いても、『これがカワセミ』ってわからないかも」


 ゆうとはうんうんと相槌を打っています。とはいえ「お父さんの言うことはいつも正しい」とは限りません。そこをしっかりわかってもらうために、お父さんは言葉を選びます。


「そうだね。だから、見た目がきれいな鳥が、目立つ鳴き声とは限らないんじゃないかってお父さんは思うんだ。でも、事実とは限らないから、やっぱり今度、お母さんと一緒に鳥を見に行こうか」

「うん。れんくんとも話をしたし、本物の鳥をたくさん見たくなってきた! もしかしたられんくんも一緒に行きたいかもしれないから、話してみてもいい?」


 確かに鳥図鑑を持ち歩くくらいに鳥が好きなれんくんならば、バードウォッチングを一緒に行きたいと思うかもしれません。お父さんは頷きました。


「いいよ。でも、れんくんのお父さんとお母さんが、いいよって言ってくれてからな。そうしたらみんなで見に行こう」

「わかった! 楽しみ」


 ゆうとはにこにこして、ソファで足をぶらぶらさせます。


「じゃあ、今日はこれくらいにしようか。お父さんは夜ご飯を作るから、ゆうとはちょっと待っててな」

「おっけー。そしたらぼく、部屋で漢字の勉強をしてくるね!」


 勢いよくソファから立ち上がったゆうとは、とっとっとっと自分の部屋へと向かいます。その背中を、お父さんは頼もしく見守りました。


(ゆうとは、新しい言葉をどんどん覚えていくな。こうやって、知識の幅を広げていくんだろうな)


 しばらくゆうとが出て行ったリビングの入り口を眺めてから、お父さんは台所へと向かうのでした。

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